第11話 お互い様だろ?
「ふっ……、ふっ……」
自室の床に片手をつき、軽く足を開いて体を伸ばす。
そのまままっすぐの体勢を維持しつつ、腕だけを使って体を上下する。……いわゆるところの片腕立て伏せってヤツだ。
「ふぅ……」
それを数回繰り返した後、一息ついてゆっくりと立ち上がる。
……いやー落ち着かない落ち着かない。
あれからエテリナたちが、いろいろと情報を集めてくれている。
不落の難題、そしてハック……つながりがあるのかもまだ分からんが、どこからどう攻めるにせよ、せめてとっかかりみたいなモンは必要だからな。
俺も荷物持ちなんかでいろんなパーティに随行したもんだが……ほとんどが浅い付き合いで終わっちまったからなぁ……。
もう少し、情報網みたいなもんを構築しとくべきだったかと今さらになって後悔しているところだ。
勇者級の力を持っていても、どうしようもないことってのはあるもんだね。
そんなワケで、その何ともしがたいそわそわを全部筋肉にぶつけていた。
仮にボイドシンドロームなんてモンが無かったとしても、一人でできることなんて限られてくるんだって実感するよホント。
頬を伝う汗をタオルで拭いながらそんなことを考えていると、今日もアイツらがやってきたようだ。
「おはよー! おっちゃん!」
「お、おはよう、おっちゃん、き、今日も…………はわぁーっ!?」
「うおぉ!? ね、ネルネ!? どうかしたか!?」
トリアと共に部屋に入ってきたネルネが突然大きな叫び声をあげる。
いつも通りだらんとぶら下がった袖で顔を覆っているため表情は見えないが、随分と動揺しているようだ。
「おい大丈夫か!? なんかヤバいことでも……」
「あわわわわわ……! お、おっちゃん服ぅ……ふ、服を着てくれぇ……!」
「え? ……あぁそうか、すまんすまん」
そういやトレーニング中で、上には何も着てないんだった。
「……悪かったなネルネ、気分を悪くさせちまって」
ひとまず一枚服を着てネルネに謝罪する。
そりゃ年頃の女の子からしたら、おっさんの半裸なんぞ見たくもないわなぁ。
自分の部屋(暫定)だからといっても、最終的に合鍵を渡したのは俺自身なんだ。もう少し気を付けてやらんと……。
「い、いやその……そ、そういうワケじゃないんだが……。……はふ、えと……お、おっちゃんは結構、き、き、きたえてるん……だな……」
「え? あぁ、まぁな。どっちかっつーと俺は古いタイプの冒険者だからよ」
未だに袖で顔の下半分を覆ったまま、ドンドン尻すぼみになっていくネルネの言葉にそう答えてやる。
最近はあまり、必要最低限以上に体を鍛えたりはしないらしいからな。
その時間があるなら、レベリングやマナコントロールの訓練を重点的に行ったほうが、より成果をあげられるって考えらしい。
「今はスマートな冒険者の方が主流だろ? それはそれでもちろん良いとは思うが……どうにも俺は昔からのやり方が抜けなくてね」
最後の最後、地力がものを言うことだってあるはずだ。
……なんて、そんなことを考えたりしちまうんだよなぁ。ま、他人に押しつける気なんてのは、さらさら無いんだがね。
「なるほどー。……ねね、おっちゃん? ちょっとおなか直接触ってみてもいい?」
「は? いや別にいいけどよ……。トレーニングしたばっかで汗かいてるぞ?」
「だいじょーぶだいじょーぶ! ボクってば心が広いから気にしないよ! ……うひゃーホントにかちかちだ! ほらネルネも!」
腹筋をなぞるようにぺたぺた手を這わせるトリア。
「おいトリア、ネルネは……」
「え、えと……あの……その……。………うん、そ、それじゃあわ、わたしも……。……あ、す、すごい……かちかち……」
……あれ? それは平気なのか?
うーむ、俺には良く分からんが、見るのと触るのとではこう……違うもんなのかもしれんね。しかし……。
「かちかちだねー?」
「そ、そうだな、か、かちかちだ……ふふ……」
……なんなのこの状況?
「んむんむ……ほういえばさ、ほっちゃんがこないだ助けた人って……」
「あーほれトリア、口にアホほど物入れたまま喋るんじゃねぇってのにハムスターかお前は……。んで、なんだって?」
学校に行っているハク以外の四人がそろい、ひとまず昼食をとることにする。
今日は簡単に、ストリングベーコンとポテトのガレットだ。クヨウが準備してくれたフレッシュチーズのサラダも添えてある。
がっつりとしたガレットに、シャキシャキさっぱりのサラダが嬉しいね。
やっぱこいつは良い嫁さんになるよホント。
「んぐんぐ、ごくん。っぷは、えっとそれでね? おっちゃんがこないだ助けた人ってどんな人だったのって」
「こないだ? つーと……」
チャラ男Aのときか。
つってもなぁ、俺も顔なんかはちらっとしか見てなかったし……。
「茶髪で……あー肩までぐらいの髪だったか……? いやもっと短かったような……? だーめだはっきりとは思いだせん。しかしそれがどうしたよ?」
「ま、街で少しだけ、う、噂になってるみたいだぞ……。わ、私達やガングリッドさん達のほかにも、じょ、女性を助けたヒーローがいるらしいって……」
「ヒーローって……んな大層なもんでもねぇだろうに」
大衆ってのはそういうのが好きだねぇホント。
……ま、かくいう俺も、他人事ならもう少し興味を持ったかもしれんがね。
「にゃふふ、オジサンせっかくなら名乗り出てみたらー?」
「『俺があの時の女性を助けたヒーローです』ってか? いやそれはなんつーかこう、逆にカッコ悪いだろ……割とマジでな」
「しかしイルヴィス、今のお前のその……あまり良くない評判も覆るかもしれんぞ?」
「そうは言うがなぁ……」
確かにぶっちゃけ俺の評判はすこぶる悪い。
クヨウはオブラートに包んでくれているが、そりゃあもう俺のこと知らねぇ奴なんかこの街にいないんじゃないの? ってレベルだ。
もちろんそんな評判を良しとしているワケじゃあないんだが……しかしなぁ。
「もーおっちゃん! このままだと手柄を横取りされちゃうよ!」
「いや横取りってお前……。んなふてぶてしいこと誰がやるんだよって話だぜ? むしろそんなヤツがいたとしたら、是非一度お目にかかりたいもんだね」
「――そうです! 私こそがあの時の女性を助けた……」
…………マジかよ、いたわそんなヤツ。
昼食と少しの休憩を終えた後、俺達はいつも通り冒険者ギルドに向かっていた。
んで、その途中なにやら人だかりがあるかと思えば……そんなことを口走る男の姿が目に飛び込んできたってワケだ。
写真やメモをとってるようなヤツもいるみたいだし、どこぞの新聞記者なんかも騒ぎを聞きつけてやって来たってかんじなのかね。
「本当は名乗り出るつもりではなかったのですが……このまま噂が独り歩きしてはと思い、心苦しくも声をあげさせてもらったというワケです!」
「なるほど……。相手は上級冒険者程の力を持っていて、更には正気を失ったかのように相当暴れまわっていたとのですが……」
「はい、ですが……このまま放っておけばさらなる被害が出ると思い、無我夢中で戦いました。そのせいかあまり状況などは覚えていないのですが……そういった私の気持ちが――」
そんなインタビューの様子を、遠巻きから眺めてみる。
「ほぉ、気持ちね。ふてぶてしいだけあって、ニセモノにしちゃ良いことを言うじゃねぇか。オレも嫌いじゃないよ、そういう精神論は」
ま、せいぜいボロが出ねぇように頑張ってほしいところだね。
「……少し、問いただしてくる」
「にゃふふ、そうだねー? ……ウチもちょっとお話聞いてこようかなー?」
「まてまてまてって! いいから! 別におっさん気にしてないから!」
だからほら、そんな怖い顔すんなって。
カワイイ顔が台無しよ?
「で、でもおっちゃん……わ、わたしも正直、い、いい気分はしない……」
「そうだよおっちゃん! ねーほら、今からでもホントのこと言いに行こうよー」
口をとがらせながら腕に絡みついてくるトリア。
「ホントに良いっての……ほれ、俺はお前たちが知っててくれりゃあそれでな?」
「むぅ……お前がそう言うなら私は――」
「――あらぁ? うふふ、イルヴィス君もヒーローさんの顔を見に来たのかしらぁ?」
トリア達をたしなめながらその場を後にしようとすると、覚えのある声が聞こえてきた。振り向けばそこには……。
「あーっと……確か、フーの同期の……」
「ふふ、覚えててくれておねぇさん嬉しいわぁ。あ、そう言えば名前がまだだったわね? マジューリカよ、よろしくねぇ?」
……………………
…………
……
「聞いたでイルヴィス! ええんかあんなふうに手柄を横取りされたまんまで!」
……ここでもかよ。
あれから少しマジューリカさんと話をした後、俺達は予定通り冒険者ギルドへとやってきていた。
トリア達は酒場に残し、俺はいつもの別室でフーと話をしに来たんだが……。
「つか、もうギルドでまで噂になってんのか……」
「ま、そういうことやな。ザーネド・ベルヤン……別の街から来た冒険者みたいや。実力はあるみたいやけどな。レベルもマナも、上級クラスやし……」
「上級か……。念のために聞いとくが……」
「あぁそれは大丈夫や。履歴なんかを見てみてもキチンと段階を踏んで強うなっとる。……あの連中と違てな」
自らを『上級』だと謳っていたチャラ男たち三人組。
ウリメイラの言った通り、ついこの間までは初級が二人と中級下位が一人のパーティだったようだ。
それが突然、上級にまで跳ね上がったってことらしい。
……のだが、事件後に改めて調べたところ、三人とも元のステータスに戻っていたそうだ。
それも恐らくハックの影響ってやつなのか。……いや、むしろ逆か?
あの紋章……あれで無理やりステータスを引き上げた影響で、あんな『暴走』みたいな状態になったのだとしたら……。
どちらにせよ、三人は未だに昏睡状態。
目が覚めないことには話も聞けない、か。
「しかしなんでまたあんなことをすんのかね。もしニセモンだってばれたらそれこそ面倒になりそうなもんだが……」
「ザーネドは確かに上級なんやけど……いまいちパッとした実績はないみたいやからな。次の勇者候補に選定されるために話題みたいなもんが欲しかったんかもしれへんなぁ」
「話題ねぇ……」
「そんで、ホントにええんか? このまま放っておいて……」
「別にいいさ、俺もヒーローって柄じゃあないしな。それよりも――」
「――開示禁止、だと?」
「どうにもな。シーレが言うようなそれっぽい事件の報告もギルドにはあがっとったみたいなんやけど……。詳しく知りたいー言うても『不確定情報につき開示を禁止されてます』の一点張りや」
……不確定情報、ね。
こっちとしちゃあ、だからこそ知りたかったワケなんだが……。
「もしかしたら上……どこまで上かは分からへんけど、冒険者ギルドん中にもハックと関係あるモンがおるんかもしれん。もちろん確証があるワケや無いんやけど……すまんなぁ、下っ端のウチではこれ以上は……」
「いや、十分だよ。ありがとな」
礼を言いながら、フーの頭を撫でてやる。
「ふえ!? な、なんやのん急にこんな……」
「……っと、悪い悪い、つい最近の癖でな」
俺は言い訳をしながらパッと手を引っ込めた。
いかんね、どうも緩い線引きの影響が出ちまってるみたいだ。気をつけねぇと……。
「べ、別にまぁええけど…………やめろーとは言うてへんのに……」
「ん? 今なんかぼそっと言ったか?」
「なんも言うてへんわ! ばか! あほう! 唐変木朴念仁女たらし!」
えぇ……そりゃ勝手に撫でちまったのは悪かったと思うが……。
ちょっと怒りすぎじゃないすかね……?
「ふん! ……そんで、そっちはどうやったんや?」
「え、あぁ。……昨日会いに行ってきたよ。あいつにな」
確かに俺はエテリナやフー達みたいに情報を集める手段が多いわけじゃない。
……が、だからと言って何もしていなかったわけでもなかったりする。
その証拠に、昨日はとある人物をたずねていた。
それは――。
「――それでは、少々こちらでお待ちください」
俺は案内された部屋へと入ると、備え付けられていた椅子へと腰を下ろす。
辺りを見渡しても目に入るのは、殺風景な壁や天井ばかりだ。
珍しいものと言や、目の前にある魔法の障壁ぐらいだが……まぁ似たようなモンをうちのピンクも使えるしなぁ。
なんとなく、新鮮味は感じられんね。
しかし重苦しいっつーかなんつーか……まぁこういう場所だからな、当たり前っちゃあ当たり前なんだが……。
そんなことを考えていると、障壁の向こう側にある扉がガチャリと開き、一人の男が俺と同じように連れられて入って来た。
違うことと言えば……マジックアイテム『犠牲者の嘆き』。
罪人の腕に装着することで、恩恵、スキル、マナの使用を制限するマジックアイテムだ。
随分と昔は戦女神『システィマ』との契約魔法で同じことを行っていたらしいが、今じゃあシスティマとの契約魔法を使えるヤツなんかいないらしいからな。
……ま、そんなことは今は良いか。とりあえず――。
「よぉ、久しぶり……ってほどじゃあねぇか」
「…………ふん、誰かと思えば、貴様か……」
「まぁな。っつーわけで、少し話を聞かせてくれよ」
現れた男も、備え付けの椅子へと腰を下ろす。
これで、お互いが対面する形になったワケだ。
「……僕としては、じっくりと見たいような顔ではないのだがな」
「そいつはお互い様だろ? 俺だって事情がなけりゃこんなとこ来てねぇさ。 ――なぁ? ケイン・マクラードさんよ?」




