第10話 理《ことわり》の外
「あ、おっちゃーん! おししょー!」
気絶したままのチャラ男Aを担ぎながら、チャラ男Bが暴れていた場所に戻ってみると、トリアが手を振りながらこちらに走ってきた。
どうやらこっちも問題なく制圧できたようだな。
…………ん? おししょー?
「ほっほ、久しぶりじゃのうトリア? 元気にしておったか?」
……えーと。
「うぇ!? トリアが言ってたおししょーっての、あれシーレのことかよ!?」
「えぇ!? おっちゃんおししょーの知り合いさんなの!?」
ちょっとした衝撃の事実に、お互い驚いたような声をあげてしまう。
……エテリナやフーのことといい、世間って狭いもんだねホント。
「知り合いっつーか……あれだ、ガングリッドと会った時に昔なじみのフェアリーがいるって言ったろ? あれコイツだよ」
「ふえ~……偶然ってすごいんだねぇ」
確かにシーレのヤツは、昔からあちこちふらふら足を延ばしたかと思えば、月単位で帰ってこないことなんてざらだったからなぁ……。
その内のどっかでトリアのおししょーとやらになってたってワケか
……そういやさっきの『チャネリングチャット』でも、普通に名前呼んでたな。
「なんじゃイルヴィス、昔なじみなどと照れずともよいのじゃぞ? ……もっと深い仲だと言ってやればよい」
「深い仲って……うえぇ!? おっちゃんとおししょーってそういう……!?」
「ほほほ、当たり前じゃ。ワシがコイツに惚れておるというのに、コイツがワシに惚れておらぬ道理なぞあるワケが無いからの?」
「いやその理屈はおかしいだろ……」
相変わらずに不遜なヤツだ。
「ほ、惚れ……!?」
「おっちゃん! ボクたちがいるのにおししょーにまで……!」
「いやそれ時期的に逆だろうが! ……違う違う逆でもねーよ! なに街中で人聞きの悪いこと言っとんだ! んな事実はねぇっつの!」
……まーたおっさんの評判が地に落ちる流れよこれ。
「それにしても……この男はなんだったのだ? 私とエテリナに声をかけてきた時には、これほどまでに異常な様子ではなかったが……」
「う、うん……。お、おっちゃんにジャマをされちゃった逆恨み……なんて言うには、あ、あまりにも……」
確かに常軌を逸していたな。
狂化の状態異常とも違う、言うなれば『暴走』とでも呼べばいいのか……。
「……あの紋章、一体何だったんでしょうか?」
「にゃむぅ……。ウチもちらっとしか見えなかったけどー、基本的な強化魔法って程度にしか思えなかったんだよねー」
「つっても、明らかに奴らの様子はおかしかっただろ……。お前の見立てが間違っているとは俺も思えんが……」
しかしただの魔法だと言われても、正直納得はしかねるのは事実だしなぁ……。
「ふむ、そうじゃな。……心当たりがまるで無いわけでもない」
「……シーレ? コイツらのこと、何か知ってんのか?」
「知っておる……と、言い切ってしまうには、いささか抵抗があるのじゃがな。……ガングリッドのヤツも呼んで、少し、話をしようかの」
その後、やって来た衛兵たちによって、チャラ男達は取り押さえられることになった。……と言っても、抵抗するどころか気絶したままだったがな。
ヤツらが暴れまわっていた周辺も、周りの通報もあって取り返しがつかなくなるような被害も出ていなかったそうだ。
怪我人は出ていたようだが、アンリアットは冒険者が多いからな。必然、ヒーラーなんかの数も多くなる。
ネルネもスライムで協力し、ひとまず大事に至ることは無かったらしい。
あのチャラ男達のこと、……いや、正確には、あのチャラ男たちを豹変させた『何か』のことを、シーレは少し知っているようだ。
となれば情報の共有は重要になってくる。それはもちろんわかる、けどな……。
「……なんで俺の部屋でやるんだよ!!?」
このクソ狭い部屋に八人も……。
どこぞの収容所かな?
「……ム、まぁ落ち着けイルヴィス」
「『……ム、まぁ落ち着け』じゃねぇーよ! だいたいお前の図体が一番かさばってんだよこの部屋の中じゃあよ!!」
「あ、じゃあボクおっちゃんの膝にすわろーっと。そしたらスペースも確保できるしおっちゃんも嬉しいし一石二鳥だよね?」
「にゃふー! それならウチもウチもー!」
「あ、そ、それじゃあハクも……」
いやおっさんの膝ベンチかなんかだと思われてんの?
おっさんの膝はまごうことなくただの膝だよ?
潰れるわ。
「ほっほ、まぁそうかっかとするでない。……あまり、大っぴらに話さぬ方が良いと思ってな、こういった場所の方が都合が良いのじゃ」
「……そんなに、ヤバい案件なのか?」
「ふむ……ワシ自身、信頼のおける者にしか打ち明けぬと決めておる程度にはの」
さっきの現場には、通報を受けた衛兵たちが駆けつけていた。
そいつらには話をしなかったってことは……それ相応の理由があるのだろう。
「どこから話せばよいか……ワシがこの数年間、様々な場所を訪れていたことは知っておるな?」
「そりゃ知ってるが……」
「あ! もしかしておししょー! あの紋章のコトとかを調べるために世界中を駆け回ってたとか!?」
「いや完全に趣味じゃよ」
「あれー?」
まぁそうだわな。
コイツは昔っからそんな調子だし。
「ともかくとして、その旅先での。今回のように原因不明の出来事の……言うなれば、『起こるべきでは無い』ような話をたびたび見聞きしたのじゃ」
「えと、起こるべきではない……ですか?」
「うむ、例えば今回のように、異常な行動を起こす者や魔物、他にも、急激に大きな力を手に入れた権力者や、突如、奇怪な挙動を見せ始めるマジックアイテムなど……ことの大小はあれど、様相はさまざまじゃ」
そういえばウリメイラが言っていたな。あのチャラ男たちはついこの間まで初級だったはずだって。
もしかするとそれも……。
「起こるべきではないことを起こす、すなわち理の外の力……ワシらはそれを古代の言葉になぞらえて、『ハック』と、そう呼んでおる」
理の外の力……『ハック』、か。
もし本当にそんなもんがあるとすれば……下手をすると世界中が混乱することにもなりかねんな……。
……さっきのチャラ男どもみたいに、アーアー叫んでるヤツらが増えただけでも、そこそこのレベルで地獄絵図だぜ?
「ちなみに……誰かが裏で手を引いてる、なんて可能性は……?」
「言ったじゃろ? 知っていると言うには抵抗がある、と。それぞれの事象が偶然なのか意図して起こされたものなのか……それはまだワシにも解らぬ。……だがいずれにせよ、あまり良い結果を生んではいないようじゃがな」
……なるほどな、衛兵にも話さなかったのはそれが理由か。
良くて与太話とあしらわれ、悪くて……例えば役人の中にも『ハック』と何らかの関係があるヤツがいたりなんかしたら……まぁあんまりいい想像はできねぇな。
「ハック……、異常な行動をする魔物、にゃむぅ……」
「……エテリナ? 何か気になることでもあるのか?」
「にゃ……、これは完全にウチの予想だし、ある程度確信ができるまで黙ってようと思ったんだけど……、こないだの夢幻の箱庭もどき、ホンモノと信じ込ませるには随分お粗末だった気がしない?」
……確かに、それは俺も気になっていた。
あんな回りくどいやり方をせんでも、やろうと思えばもっとうまくやれたはずだろうし、そもそもただの魔物があんな演出をするもんかとな。
「あのニセモノはひょっとして……『解き明かされること』を前提で作り出されてたんじゃないかなーって」
「と、解き明かされることが前提……? で、でも、な、何のためにそんな……」
「にゃふふ、これもまたウチの予想になっちゃうんだけどー? ――多分あれは噂の……『夢幻の箱庭』の真相なんてこんなものだと思わせるためのモノなんじゃないかな?」
「? えーっと……」
「仮に『ハック』なんて力を使える人がいるとしてー、とりあえず『ハッカー』とでも呼んじゃう? ……んでんで、その『ハッカー』にとって、ホンモノの不落の難題を解き明かされるのが不都合なことだったりしたら……?」
「……ふむ、あえてわかりやすく偽物をあてがうことで、本物の信憑性を薄れさせるというワケじゃな?」
「おいおいまてまて……! そんじゃあなにか……? 不落の難題とそのハックには、何か関係があるってことか……?」
「うにゃぁ、もちろんまだまだぜんぜん、もしかしたらって話だけどね?」
なんつーか、それが本当だとしたら随分ときな臭い話になってきたぞ……。
「なるほどな……不落の難題を追えばまたハックに、あのような危険な奴らに出くわすかもしれんと言うことか……」
「……にゃふふ、まぁ、そういうことになっちゃかなー?」
そう返事をするエテリナの顔を見る。
いつもと同じ表情に見えるが、ほんの少しだけ陰りが差しているようだ。
……ああそうか、コイツは――。
「え、じゃあ不落の難題の手がかりが増えたってコト!? やったじゃん!!」
そんな中、まるで空気を読まないようなセリフが飛び出した。
発言者はもちろん……。
「トリアお主な……」
「あれ? だって、そのハック? ハッカー? ってのが不落の難題に関わってるかもしれないんでしょ? だったら逆にそういう原因不明な出来事を調べていけば……。え? そう言う話じゃないの?」
「――くくっ、はははは……!」
「い、イルヴィス?」
……あーくそ、まったくコイツはホントによ。
だが……!
「いいやトリア、まったくもってその通りだ。良く分かってんじゃねぇか」
「でしょー!? ふふん、まぁボクってば可愛くて優秀だし、これくらいはねー?」
「イルヴィスお主まで……。聞いておったじゃろう、不落の難題を追えば、またハックに出くわす可能性があると。つまり……」
「おいおい、俺達は冒険者だぜ? 危険が怖いなら、はなっからこんなことなんてやってないって話だ。……なぁ、そうだろうエテリナ?」
「……え?」
俺の言葉に目を丸くするエテリナ。
……お前のことだ、自分の好奇心に俺達を巻き込んで危険に晒しちまうかもしれない、なんてことを考えてたんだろう。けどな――!
「謎めいた敵も、不可解な危機も、まだ見ぬ未知も……冒険ってヤツにはには良いスパイスだ。だがいかんせん、俺は頭の方には自信がなくてね。……お前みたいなヤツがいてくれると助かるんだがな?」
「……! オジサン……!」
巻き込まれる? 危険に晒す? 馬鹿を言えって話だね。
見くびってくれるなよ? これでも俺は冒険者なんだぜ?
「……にゃふふ! にゃーっもっちろん! ぜーんぶこのエテリナちゃんに任せておきたまえよう!!」
エテリナの目にキラキラと光が戻る。
……やっぱりお前には、その顔の方が似合ってるよ。
「しかしま、もちろんシーレの言うことももっともだ。自ら危険に飛び込むなってんなら、もっと力をつけんとな。俺も――」
「ボイドシンドローム、のう。……まったく仕方がない、ワシの方でも少し調べてやるとしよう」
「助かるよホント。……ん? どうしたガングリッド?」
「……ム? いや、『ハック』か……。唐突な話で、少し噛み砕くのに時間がかかってしまってな……」
そう言いながら、首のあたりをさすりだす。
まぁ気持ちは分からんでもない。
「あれ? そんなふうに首の後ろを気にして……はっ!? ま、まさかガングリッドさんにもあの紋章が……!」
「トリアお前な……」
「……ム? ……ばれてしまっては仕方ない。そのまさかだ、俺もその、なんとなくこうアレげな感じになると、こう……アレな姿に……」
「ふわっふわじゃねーか。お前もテキトーにのるんじゃねーよコイツ信じかねんぞ」
つか、昔っからの癖だろうがよそれはよ。
……トリアのヤツも気を付けてやらんとなぁ。
コイツのことだ、たまたま首の後ろを掻いてるような奴を見つけただけで突進して行きしかねんぞ。
イノシシかな?
……昔から、か。
昔から……それこそ冒険者になってすぐ、スーパー大器晩成の効果に気付いた時からずっと、俺は現実的になったもんだと思っていた。
蔑まれても、嗤われても、それでも俺が強さを求めたのは、『成功者』になるためだと、そう自分に言い聞かせてきた。
――だが今ならわかる、それは違ったんだってな。
だいたい考えてみれば、本当に現実的になったってんなら、そもそも初めから冒険者以外の道を探せばよかったんだ。
フラれた後だってそうだ。
トリア達の言葉に耳を貸さず、淡々と引退書類を書き上げて、とっととギルドをやめちまうこともできたはずだ。
だが俺はそれを、無意識のうちにしなかった。
オレが強くなりたかったのはきっと――。
……およそ二十年、蓋をしていた感情が溢れそうになる。
血が滾るようで、心が騒ぐようで、体中が落ち着かない。
――この感情はそう、『ワクワク』とでも言うべきか。
年甲斐もなく、コイツらと一緒に『冒険』をするのが楽しみで仕方がないってワケだ。……いいおっさんが恥ずかしげもない話だがね。
そしてその先にはきっと、コイツらが勇者として立ち並ぶ姿も……。
あぁくそ、本当に、楽しみが多くて仕方がない。……照れくさくて、とてもじゃないが口にはできんがな。
『――それでもずっと、しっかり前を向いて歩いていたって思うよ』
ふと、そんな言葉を思い出す。
……ねぇちゃん、俺、冒険者をやめなくてよかったよ。
……
…………
……………………
「トリアとエテリナさー、大丈夫? あのおっさんに変なこととかされてない?」
「え? おっちゃんのこと? ううん、別に変なことなんてされてないよ?」
「にゃふふ、むしろウチとしてはー、もっとヘンなことしてくれてもいいんだけどなーってカンジ?」
「あんたねぇ……。まぁそれならいいんだけど、何かあったらちゃんと言うんだよ? 私達もできるだけ力になるからさ?」
…………。
「すごいハクちゃん、ホントに冒険者みたい!」
「えへへ、そうかな……?」
「でもママが言ってたよ、男はオオカミみたいなものだから気をつけないとって。ハクちゃんもネルネおねぇちゃんも、あのおじさんに食べられないようにしなきゃだめだよ?」
「た、食べられ……!? えと、その、う、うん……」
…………。
「ほらクヨウちゃん、これうちでとれた野菜なんだけど、もっていきな?」
「え、いやしかし……こんなに沢山のものをただ貰うわけには……」
「いいのいいの、色々と苦労してるんだろう? ……だったら決別すればいいなんてことおばさんは言わないからさ、頑張るんだよ?」
「は、はぁ……」
…………。
「……なぁおかしくない? おかしいだろこの状況はさー」
あれから数日。
もともと有名だったトリア達は、チャラ男Bから街を守った姿を目撃されたこともあり、すっかり良い意味で評判になっていた。
夜がどうだのなんてゲスい噂話も、俺の魂のシャウトによって無くなったしな。
しかし……。
「ヒモだのダメンズだの、取り入ってる情けないヤツだの……好き放題言いやがって」
「ふふ、君の噂は相変わらずみたいだね?」
どうやら俺達の姿は、『社会不適合者気味のおっさんと、ワケあってそれを支ええてあげている少女達』なんて構図になっているようだ。
……いやいいんだよ? あいつらが変な噂にさらされるよりはよっぽどね?
けどさぁ……愚痴ぐらいは言ってもバチは当たらんよね? ね?
……つらい。
「にゃふー! ほらほらオジサン拗ねない拗ねなーい!」
「おわっと、……エテリナ、急に飛びついてくるんじゃないよまったく……」
「にゃふふまぁまぁ! ……でもでもー、不落の難題ぜーんぶ解き明かしちゃったら、きっとオジサンも勇者なんて呼ばれてちやほやされちゃうんじゃない?」
「全部って……お前それどんだけかかると思ってんだよ。仮に二十年で済んだとしても、そん時俺もう60手前だぜ?」
いくらデカい功績を残したとしてもそいつは流石に――。
「――勇者になるには遅すぎる」




