第7話 黙って話を聞きながら
「――にゃふふ、どうしたのオジサン黙っちゃって? ……もしかしてー、メガネっ娘なエテリナちゃんに見惚れちゃった?」
パタンと本を閉じ、いつものいたずら笑顔を二割増しにしながら眼鏡とクイっとあげる仕草と共に、そんな言葉が飛んでくる。
「……ま、そうだな。うちの子たちはみんな美人さんだからなぁ。そりゃあ男からしたら見惚れちまうのも無理はないって話だ」
「にゃむぅ……びみょーにはぐらかして答えるんだからー」
さて何の話やら。
寝起きのおっさんにはわからんねホント。
「しかしまぁなんだ、ホントにただ目が覚めちまっただけだよ。……ちょっとだけ、眠くなるおまじないでも飲んじまうかね」
「あれあれいいの? 今日はご飯の時にもう飲んでたよねー? にゃふふ、ネルネルとクーよんに言っちゃおっかなー?」
ぐ……コイツ……。
こないだモッコモコにしてやったアレの仕返しのつもりか……。
「はぁ……言いつけられるのは勘弁だしな、なんか別のもんでも飲むとするか。お前も何かいるか?」
「あ、じゃあコーヒーが良いなー。目が覚めるくらい黒くてにがーいのをね?」
はいよ、と一つ返事をしてキッチンの方へ向かう。
コンロに火をつけ、カチャカチャと準備をしてはい完成ってな。
「ほれ、特製のオリジナルブレンドだ」
「にゃーいありがとー……にゃ!? なんだかすっごい白くてほんのり甘いにおいがしてるんだけど……」
「ん? 言ったろ特製だって。ちょっとお湯の代わりに温めた牛乳を使って、ドライコーヒーの代わりにはちみつを入れただけだよ」
「……知ってるオジサン? それ世間一般ではホットミルクって言うんだよ?」
「マジかよそいつは知らなかったな。初耳だ」
自分の分のそれを一口含みながらそんな風に答えてやる。
酒のように刺激的じゃあないが、こういうのも嫌いじゃない。眠るためのまじないとしちゃ上等だ。
「……その本、また新しいのか? 勤勉なのを悪いとは言わんが、あんまり根を詰めるなよ?」
魔導書なのかそうじゃないのかも俺には良く分からんが、少なくとも難しい本であることには間違いないだろう。
その証拠に、以前別のを少し見せてもらったこともあったが……控えめに言ってさっぱりわからんかったからな。
コイツの優秀さなんかを改めて実感したもんだ。
エテリナはこうして、夜中の空いた時間に学習や研究なんかをしているらしい。
……感心して良いのやら悪いのやら。徹夜はお肌にもよくないらしいぞ?
「にゃふふ、心配ごむよー! ウチってあんまり寝なくてもだいじょーぶなヒトだし?」
「そりゃ若いうちだけだ。年を取るとあっという間に体がついてこなくなるぞ」
実体験に基づく忠告だ、信頼度はお墨付きだぜ?
……あれ、なんだかホットミルクが苦く感じるよ? おかしいね。
「……ねぇオジサン。オジサンはさ、不落の難題なんて噂話が、本当に実在すると思ってる?」
かちゃりと眼鏡をはずしながら、ふと、いつもよりも幾分かしおらしい様子で、そんなことを呟くエテリナ。
「なんだよ唐突に。つーか、あるって言ってたのは他でもないお前だろ?」
「にゃふふ、そうなんだけどねー? ……ウチはさ、99%あるって思ってるよ。ううん、確信してる。――でもね、残りの1%が怖くて怖くてたまらないんだー」
伏せ気味のまつげを揺らしながら、マグカップに小さく口をつける。
猫舌のコイツにあわせた温度にしてやっているので、火傷なんかの心配はないはずだ。
「ぷはぁ、おいし……。ウチね? 自分で言うのも何なんだけど結構デキる子でさー。周りの人たちからも、結構期待とかされちゃったりしてたんだよねー」
マグカップから口を離したエテリナが、ぽつりぽつりとこぼすように語りだす。
「期待されるのはキライじゃないよ? ……でもね、その度に理想像を押し付けられるのは窮屈でたまらなかった。『もっと真面目になれー』とか『ちゃんとした格好をしろー』とか『ふしだらな真似はやめろー』とかね?」
「……真面目、ね。他の二つは置いとくとして、俺はお前がそういう部分で不真面目とは思えんが……」
実際今だってこうして難しい本を読み更けていたんだからな。
だからと言って夜更かしは感心せんぞ? おっさん自分のことは棚にあげちゃうけども。
「にゃふふ、オジサンはやさしーね。……ウチはさ、世界中の、もーっといろんなことを知りたいんだー。知らないことを知るってすっごくワクワクするでしょー?」
未知への好奇心。
俺も端くれとはいえ冒険者だ。そいつが全く分からんほど無粋じゃあない。
「不落の難題だってそのうちの一つ。……でもね、みんなが言うの。『そんな在りもしないおとぎ話にかまけていないで、もっとちゃんと普通に魔学者として貢献しろ』ってね」
……『普通』か、なかなかどうして曖昧な言葉だ。
「ママやパパ、フー姉なんかは気にするなって言ってくれて……もちろんウチもそんなの気にしてないつもりだったんだけど……ある日ね、ふっと何かが途切れちゃってさ。……普通ってなんなんだろうとか、そんなことを考えてたのかな?」
黙って話を聞きながら、俺もまた一口、マグカップの中身をあおる。
「それからは何をしてても……興味があって、のめり込んでるはずなのに、でもどこか楽しめなくて……退屈に圧し潰されそうだった。……にゃふふ、アンリアットにたどり着いたのも、そんな環境から逃げてきたからなんだー」
いつもの特徴的な笑い方にも、どこか力無いように感じちまうのは……俺の気のせいだったりするといいんだがな。
「……ウチね、今すっごく楽しいの。みんなと一緒にいろんなことしてー、クーよんにはたまに小言も言われちゃうけど……それだってあの人達とは全然違う。もちろんオジサンもね?」
「そうかい、じゃあもう少し言ってやってもいいのかね?」
「にゃふふ、それはヤダー! ……夢幻の箱庭の時ね、最初からホントの目的を話さなかったのは、みんなにもあの人たちと同じことを言われたらどうしようって……否定されるのが怖かったからなんだぁ」
「…………」
「不落の難題……もしウチの思う1%でそんなものが無かったとしたら……やっぱり、あの人たちが正しかったってことなのかな? ――ねぇ、オジサンはどう思う……?」
「ん? 俺もお前はがっつり変わりモンだと思ってるけど?」
「あれー?」
エテリナのそんな質問に、俺は包み隠さずきっちりと応えてやる。
「にゃむぅ……そこは『そんなことないよ』とか『気にしなくていいよ』とか、そうやって慰めてくれてもいいのにー……」
「何言ってんだ、どっからどう見ても変わりモンじゃねぇか。奇抜な格好でウロウロして、あげくのはてには『襲われたくて襲いました』ときたもんだ」
クインカーバロウの時の話だぞ。
少なくとも、今までの人生でお前みたいなやつはいなかったよ。
ただ――。
「ただ……そうだな。お前が変わったヤツじゃなかったら、今ここにはいなかったワケで、そいつはまぁ、今となっちゃ物足りねぇよ。だから――」
俺はマグカップとは反対の手で、エテリナの頭をくしゃりと撫でてやる。
「――だから、変わったヤツでいてくれて良かったよ」
普通でいる必要なんかどこにあんのって話だ。
……ま、その恰好なんかは、もう少し落ち着いてくれてもいいとは思うがな。
「……え、えと、にゃぁ……あ、あれ? なんだろこれ……なんだかほっぺがすごくあつくて……」
「ん〰〰エテリナー!!」
何か言おうとしていた様子のエテリナを、突然飛び出してきた何者かが飛びかかるように抱きしめる。
まぁ何者かっつーか……。
「トリニャー!? お、起きてたの!?」
「えへへー、まぁねー? というか、お話が聞こえて目が覚めちゃった!」
……まぁ結構がっつり話してたからなぁ。
当然と言えば当然か。
「トリアまったく……私も気をきかせて寝たふりをしていたというのに……」
「く、クーよん!?」
「えと、ごめんなさいエテリナさん……! 盗み聞きするつもりじゃなかったんですけど……」
「け、けど……エテリナも結構、さ、寂しがり屋さんだったんだな……」
「ハクちーにネルネルも……!? にゃ、にゃ、にゃ……、にゃーーーー!!!」
次々と起きてくる一同……というか、起きていた一同を前に、叫びながら布団へもぐりこんでしまうエテリナ。
「あ! エテリナがめずらしく赤くなってた!!」
「ほ、ほらエテリナ、あ、暑苦しいのは苦手だろう……? お、お布団から出るのを手伝ってやろう……」
「にゃー!? まってまって今はダメー!」
……………………
…………
……
「くっそぅ……またダメだったか……」
翌日、最近の日課となっているお部屋探しをしていたが、相変わらずいい結果は得られなかった。
どーこ行っても『あっ、噂の……』みたいな顔されちまうからなぁ。
「あ、おじさまー!」
そんな風にやさぐれている俺の元に、てててと走ってくる二人の少女。
「お、ハク、トリアも一緒か」
「うん、さっきそこでね! ネルネは先に行ってるよ!」
「そうかい、そんじゃあ俺達も……」
いつもの酒場へ向かおうかと振り向いた瞬間、一人の男の姿が目に入る。
黒い肌と、決して身長の低くない俺より一回りは大きい体……オークの特徴だ。
筋骨隆々のその男は、今まさに俺達の前に立ちふさがるように佇んでいる。
その様子に、ハクが少しうろたえながら俺の手をぎゅっと握りしめてきた。
そして俺は――。
「……おいガングリッド。お前は存在感がエグいんだから、んなとこで思わせぶりにつっ立ってんじゃねぇよ。うちの子が怖がってるだろうが」
そう言いながら、軽くつま先でそいつの足を小突いてやった。
「……ム、そうか。……すまなかったな、怖がらせようとしたわけでは無かったんだが……」
「え? え、えとあの……はい大丈夫です! ハク……じゃなくて、私のほうこそ良くない態度をとっちゃってすみません」
小さくぺこりとお辞儀をするハク。
うーむ良い子だねホント。よしよし。
「えっと……おっちゃんの知り合いさん?」
「……ム? あぁ、ガングリッド・アールディムだ。イルヴィスとは……」
「ま、昔なじみってヤツだよ。……随分古くからのな」
ガングリッドも早くに両親を亡くしたらしく、俺達は同じ孤児院で育てられた。
そう考えるともう三十年は付き合いがあるのか。実感がわかんもんだね。
「しかしお前、今回は随分と遅かったじゃねぇか。勇者検定の前には帰ってくる予定っつってなかったか?」
コイツのパーティはアンリアットを拠点にしているが、仲間たちの意向やらなんやかで、遠征するクエストを引き受けることが多い。
今回も、たしかエンフォーレリアの方へ行ってたんだっけかね?
「……ム、そうだったんだがな。いろいろとあって、随分と時間がかかってしまった。フーとウリメイラにも後で顔を出すつもりだが……アイツの方は帰ってきているのか?」
「いや、相変わらずどっかをフラフラしてるみたいだよ」
「アイツ?」
「あぁ、俺達のなじみにな、もう一人フェアリーのヤツがいるんだよ」
「フェアリー……! おじさまのお友達にはフェアリーの方もいるんですか……!」
ハクがキラキラした目でこちらを見上げる。
そういやいつだったか、フェアリーの『羽』の話をしていたな。帰ってきたら会せてやるのもいいかもしれない。
「ボクのおししょーもフェアリーだったよ! おししょー元気にしてるかなー?」
「……そういえば、アルティラ達も元気にしているのか? 姿が見えんようだが……」
「――っ!」
……久しぶりに聞いたその名に、ほんの一瞬だけ心臓が跳ねる。
「あーいや……そうだな。……フラれちまったんだよ、少し前にな。今は一緒に行動してねぇんだ」
「……!? まさか……!? ……いや、そうか、すまん。知らなかったとはいえ、気分を害することを言った……」
「気にすんなって。……もう随分と整理はついてるよ」
「そうか……。言い逃げになってしまうようで悪いが、俺もそろそろもう行く。パーティの仲間も待たせているからな。……それとイルヴィス、たまにはばーさん達にも顔を見せに行った方がいい」
「わかったわかったって。……ま、近いうちにな」
「……ねぇおっちゃん、アルティラさんって……?」
「あぁ、まぁなんつーか……冒険者だよ。――俺の、元いたパーティのな」
「…………おじさまの……昔のパーティ……」
トリアは俺の情報を集めてた、なんて言っていたが、まぁ知らないのも無理はない。あんまり周りの奴らには話してなかったからな。
知ってるのはガングリッドたち……それこそ昔なじみの四人ぐらいだ。
当時の俺の評判は……まぁ今も違うとは言えんのだが、決して良いもんじゃなかったからな。
変な勘繰りなんかで迷惑をかけねぇようにと、俺からそう提案していた。
――ふと、あの日のことを思いだす。
拒絶されて、耳を塞ぐように逃げ出した。
……あいつらのことだ、きっと何か理由があったはずなのに、俺は怖くてそれを聞こうともしなかった。……ガキだねぇ全く。
もし本当に愛想を尽かされたのであっても……まぁこれは希望的観測ってやつだが、例えば俺のために何か嘘をついていたのだったとしても……食い下がって、食らいついて、きちんと話し合うべきだったんだ。
そう思えるようになったのはきっと――。
「お、おっちゃん……! た、大変だ……!」
そんなことを考えている俺の前に、息を切らしたネルネがやって来る。
「ネルネ……!? どうした一体、何かあったのか……!?」
「はぁ、はぁ……、え、エテリナとクヨウが……!」




