第6話 柄にもない
――不落の難題。
少なくとも数百年、長いものでは千年以上も前からある、冒険者の中では知らないヤツはいない噂話たち。
そんな噂話……ともすればおとぎ話とさえ思われてるモンが、これほど長い間廃れずに受け継がれて残っているのには理由がある。
十ある噂のそのどれもが、冒険者の心をくすぐってやまないからだ。
――例えば『夢幻の箱庭』。
『どこにでも在ってどこにも無い、ただこの世のどこより楽園に近い場所』。
そんな謳い文句と共に受け継がれてきたその噂は、数千年前の文明によって作られた壁画にはもう記されていたらしい。
ありふれた表現だが、やはり『楽園』という言葉は甘美的だ。
……だがそれだけじゃない、遥かな昔からある伝説ってのは、なんつーかこう……浪漫みたいなもんがあるからな。
ただそれだけで、どこかの誰かは冒険者を志したりするのかもしれない。
――例えば『ジレンマの鍵』。
とあるダンジョンで見つかった『錠前』と、同じくそれに対になる『鍵』。
日の高さと共に形を変えるため、一方が真昼の形になった時、もう片方がそれに噛み合う形になるのは真夜中だって話だ。
近くにあれば噛み合わず、噛み合うには星の裏側まで離れなければならない。
『まるで永遠に報われぬ恋人の様だ』なんて、詩的な表現をしたやつもいるらしいが……なんとなく、わからんでもないと思ってしまう。
そんな、まるで物語のような部分に、心を動かされるヤツってのもいるだろう。
冒険者であれば一度はそういった『未知』に胸が躍ったりするもんだ。
もちろん誰も彼もがというワケじゃあないかもしれないが……それでも、今尚追い求めるヤツってのも少なくない。
『どうせ単なるおとぎ話だろ』なんて言われながらも、今でも語り継がれ続けているのがその証拠だ。
『にゃふふ……! ウチらみーんなで紐解いてみない? ――この世界の謎ってヤツをね?』
……エテリナの言葉が頭に浮かぶ。
そしてその度に、胸の奥がざわついていくのが自分でもよく分かる。……いや、ざわついてるってのはちょっと違うか。
これは、この感情はそう――。
「……不落の難題かぁ。そういえば、イルヴィスくんも昔は言ってたね? 『ぜったい俺が解明してやるー』って?」
「昔って、いつの話してんだよねぇちゃん……」
あれから数日後、俺はリィンねぇちゃんの店でアイテムなんかの補充をしながら、そんな他愛もない話に花を咲かせていた。
ちなみにあの時の……ケインを追ってパニティンサイドへ向かった時のアイテムや装備品なんかの精算も、少しずつではあるが終えていっている。
このままいけば完済もそう遠くないって話だ。
レクイエムシープの素材を換金した金も、あいつらからいろいろ理由をつけられてほとんど俺が受け取る形になっちまったからなぁ……。
情けないが、ありがたい話だねホント。
あれ? はたから見たらこれってヒ……いやいや、深く考えるのはよそう。
……昔、それこそ冒険者になりたての、まだペーペーだった時の話だ。
青臭い万能感とでも言えばいいのか……多分にもれず、俺も自分が特別なヤツなんだってむやみに信じていた。
誰もが解き明かせなかった謎も自分なら……なんてな。
ま、それからしばらく後にはもう、スーパー大器晩成の効果でいろいろと現実的にならなきゃいけなくなっちまったワケだが……。
今さらながら、せちがらいもんだね。
「夢を追って前だけ見つめて……いつからか、そんな生き方もできなくなっちまったなぁ……」
「……ふふっ、ほんとにそうかな?」
そんな風に呟いた俺の言葉に、リィンねぇちゃんが反応する。
「こういうお店をしているとね、たくさんの人の顔を見るの。立ち止まってしまう人や、そのまま諦めてしまう人……それと、『諦めたんだ』って自分に言い聞かせている人なんかも、ね?」
目を伏せながら、カウンターの机を指でなぞる。
「確かにイルヴィスくんは、いろいろあって『夢』って言葉からは少し離れたところにいたかもしれないけれど……それでもずっと、しっかり前を向いて歩いていたって思うよ」
耳障りがいいだけの言葉じゃない。
しっかりと心のこもったその声が、俺の中にすとんと降りて来る。
「少しだけ……ほんの少しだけ心が折れちゃったときもあったみたいだけど……今はまた前を向いてるみたい。それが嬉しいなって言ったら重荷になっちゃうかな?」
「いや、そんなことは……」
……なんとなく照れくさくなってしまい、返す言葉が見つからない。
「ふふ、それでもまた辛くなっちゃったときは……今度は元気が出るように、昔みたいにぎゅーってしてあげようかな?」
「いやねぇちゃん、そいつは流石に……」
「――む、なんだイルヴィスお前も来ていたのか」
「ぼわーーっ!!!???」
「きゃあ!? い、イルヴィス!? なんなのだいきなり!?」
突然背後からかけられた声に、心臓がバキンバキンに反応する。
振り向けばそこには、涙目になったクヨウの姿があった。
「く、クヨウか……いや驚かしてすまん。……ひょっとして今の話聞いてた?」
「は、話……? ……こほん、いや、私も今来たところで何も聞いてはいないが……。しかし、どうしたというのだそんなに慌てて……」
年下に見える女性に向かってねぇちゃん呼びをしながら、昔と同じような子供扱いされてました。
……いやー、言えるかい。
かろうじて残ってる……かもしれない威厳みたいなもんが消し飛ぶわ。
「うふふ、ほんとですねぇ? 一体どうしたんですかイルヴィスく――」
「おわーっと忘れてたー!! り、リィンさん!! その……あーそうだカタログ! 装備品の新しいカタログってありますかね!?」
「ふふっ、はいもちろんありますよ? 少し待っててくださいね、イルヴィスさん?」
そう言い残すと、ねぇちゃんはくすくすと笑いながら店の奥へと向かっていく。
そういや昔もこんな風ににからかわれてりしてたっけな……。
「ほ、本当に大丈夫なのかイルヴィス……? なにやら随分と疲れてるようにも見えるが……」
「いやまぁなんつーかアレだ……。俺は一生あの人に……というか、そもそも女ってモンには敵わんのかもしれんなぁと思ってな……」
「……?」
「……うわっ!! これすっごいおいしい!!」
もぎゅもぎゅとほっぺたを膨らませながら料理を頬張るトリア。
コイツはホントにうまそうに食うからなぁ。作っていて気分がいい。
「だろー? いや結構苦戦したんだぜ? 試しに切れ端をそのまま焼いて食ってみたらえらい目にあったからな……」
好みはさておき、羊の肉ってのは独特のにおいがするもんだが……俺が受けたダメージはそんなもんの比じゃあなかった。
……なんせ比喩とかじゃあなく、おっさんリアルに体調を崩しそうになったからね。
一口含めば、青草で育った草食動物のあの匂いとも、羊の脂肪が持つ特有のあの匂いとも違う、えぐみというにも臭みというにも言葉が足りない何かが、俺の味覚と嗅覚を襲った。
レクイエムシープは人の欲望を食らう魔物だからな。
もしかしたら、そういったモンが影響していたのかもしれん。
「そこでこう、ふと閃いたわけだ、イノセントリーフを使ってみたらどうかってな?」
「イノセントリーフっていうとー、衝動系の異常状態なんかを解除しちゃうマジックアイテムだよねー?」
エテリナの言う通り、睡眠、飢餓、狂化などの衝動系異常状態を解除するコイツを使えば、人の欲を食ってた肉もほぐせるかもしれん、なんてとんち的な考えでやってみたんだが……これがなんとまぁうまくいった。
そこそこのお値段はするもんだが……まぁ残った分は背中の一坪にでも突っ込んでおけば無駄にはならんだろう。
料理に使えるとわかったってのも大きいしな。
「名付けるならば、『レクイエムシープの純真風香草焼き』って所か。ま、結局作り置きのミックスハーブにイノセントリーフを混ぜ込んだだけなんだが……」
「でも、その方法を見つけたおじさまはやっぱりすごいです! ……それにちょっとだけ安心しました」
「安心? っつーと……?」
「えっと、おじさまなんだか上機嫌みたいですから……新しいお部屋探しの方も順調なのかなって!」
「……あぁ!? おじさまがベッドでふて寝を!!」
笑顔で落とされた爆弾が、俺の心に突き刺さる。
忘れていたワケじゃない、忘れていたワケじゃあないが……。
「……モウスグ オウチ ナクナル」
……忘れていたかったワケじゃないと言えば嘘になる。
つらい。
「あーあー、おっちゃんとうとうカタコトになっちゃった」
「ほ、ほらおっちゃん……す、スライムまんじゅうだぞ……。え、えと……あ、あーん……?」
「あーむぐむぐ……はっ!? 俺はまた……ごっはぁ口の中まっずい!!」
目覚めた瞬間の俺の意識を、スライムまんじゅうが追撃する。
いやホントダメだって、これマジで作っちゃいけないレベルのヤツだよ? 製造者の頭ん中スライムでも詰まってんの? ねぇ?
「ご、ごめんなさいおじさま、ハク……」
「いやいや、別に謝ることじゃねぇよ。だから気すんなって、よーしよし……」
しかしホント、そろそろ何かしらは考えとかねぇとなぁ……。
「ねーねーおっちゃん、今日おっちゃんちに泊まってって良いー? お腹いっぱいになったら帰るのめんどくさくなっちゃった」
「お前ね……」
食事が終わった途端、トリアがそんなことを宣いだす。
相変わらずに自堕落な奴め。
「にゃ! それならウチもウチもー! どうせならー、みんなでお泊りすればいいんじゃない? にゃーん名・案!」
「いや『名・案!』じゃねぇよだめだっつの。……つか、年頃の女の子がこんなおっさんちに泊まろうとすんじゃないよ」
「えー? 前は泊めてくれてたじゃん!」
「だからそーれが問題だったっつってんだろ? だいたいこのクソ狭い部屋で五人も六人も寝れるワケねぇだろが……」
ただでさえ最近はこう……結局いろんな線引きみたいなもんがふわっふわになってる感があるからな……。
ここいらで一度、びしっとしとかねぇと――。
「……はぁ~、そういえばおっちゃんにはいろいろと見られちゃったなぁ……。あー、思い出したらなんだかしゅーんてしてきちゃったかもー?」
「わ、わたしも……ぱ、ぱんつだけじゃなくてむ、む、胸までみられた……。つ、つらいなぁ……?」
「ぐっ、お前ら……ここでそれを出すのはなんつーかこう……卑怯だろ……」
「えー? ボクはそんなことがあったなーって言っただけだけどー?」
コイツ……。
というか、それなら尚更そんなおっさんちに泊まろうとすんじゃないよ。
「ほらトリア、ネルネも。あんまり無理を言うもんじゃない」
お、よーしいいぞクヨウ!
もっと言ってやってくれ!
「……だがまぁ私もその、イルヴィスがお詫びにと言うのであればやぶさかではないのだがな」
……ん?
なんだかちらりとこちらを横目で見ているね?
「ん、ん、こほん……。まぁ私も? イルヴィスがお詫びにどうしてもと言うのであればその……や、やぶさかではないのだがなー……?」
……あ違うわコレ。
ただの敵軍の援護射撃だったわ。
「はぁ……わかった、わかったよ。んのかわり、狭いだのなんだの文句言うんじゃねぇぞ?」
「やたー! えへへもー、最初からそう言ってくれればいいのにー!」
「あ、それじゃあハクもじいやに電話を……」
俺もたいがい意思が弱いねホント。
……どうせ弱いついでだ、とっといた酒でも開けちまうかな。
――深夜、静かに聞こえる寝息のなかで、なんとなく目が覚めてしまう。
ふとその中に、ぺらりぺらりと紙のこすれるような音が混じっていることに気付く。
背もたれから軽く体を起こして見渡せば、ベッドで寝ているハクとネルネ、ソファで寝ているトリアとクヨウ。
そして……窓枠に体を預けながら、静かに本のページをめくるエテリナの姿があった。
「……にゃふ? あれオジサン……ひょっとして起こしちゃった?」
窓から差し込む月明かりの中に浮かぶその姿は、随分と様になっていて、いつものいたずらっぽい微笑みも今はなんとなく違って見える。
それはきっと、エテリナが眼鏡をかけているせいだけじゃないんだろうな。……なんて、柄にもないことを思ったりした。




