第4話 スパルタが過ぎない?
「ふへぇー……」
「おいおいこいつは……ホント一体どうなってんだよ……?」
……本日二度目のこのセリフだが、この光景を見れば誰しも同じような感想をいだくことだろう。なにせ――。
「村……っていうか、街? って言っていいのかな……?」
「それにしちゃあ随分とアレだが……まぁ、集落であることに間違いはないだろうな」
看板の矢印に乗せられて進んでいた俺達は、やがて街のような場所へとたどり着いた。……と言っても、ただの街だと断ずるには、いささか抵抗を感じるね。
どの建物もきらびやかな装飾が施され、ぎらぎらと輝きを放っている。
豪華で、豪奢で、まるでどこぞのリゾート地……いや、こう言っちゃなんだが、それよりだいぶ趣味が悪いと感じるのは、俺の感性が貧相だからなのか?
「しかしなんなんだろねこの場所は……でたらめというかなんというか……」
「……お、アンタたちも冒険者かい?」
目の前の光景に圧倒されていると、一人の男が声をかけてくる。
二十……いや二十五歳ぐらいか? 冒険者の様には見えないが……。
「おや、その顔……、アンタ、イルヴィス・スコードか?」
「うにゃー? ひょっとしてオジサンの知り合いさん?」
……うーむ、特に見覚えは無かったりするぞコレ。
また俺が忘れてるだけなのか?
「知り合いというワケじゃないが……まぁなんだ、俺もアンリアットを拠点に冒険者をしていたって言えば察してもらえるかい?」
……あぁなるほど。俺の噂や評判を、どこぞで耳にしていたってワケだろう。
なんというか、力が目覚める前にも後にも、良くない方向に評判になっていたからなぁおっさん。
……いや、むしろそれは現在進行形か。つらい。
「おっと気を悪くしたなら謝るよ、すまなかった。……けれどアンタは運がいい! ここじゃあもう、そんなもんも気にしなくてもいいんだからな!」
男は申し訳なさそうに少し頭を下げるが、すぐに明るく切り替えてくる。
「いや、それは良いんだが……その『気にしなくてもいい』ってのは?」
「レベルだのマナだの実力だの、そんな煩わしいしがらみなんかに縛られずに自由に生きれるってことさ! なにせ――」
そして続けざま、大げさに身振りを加えながら、高らかにこう口にした。
「――なんてったって、ここは『夢幻の箱庭』なんだからな!」
「ほらほらおっちゃん! はやくはやくー!」
「ええい、急かすんじゃないよ。……ま、とりあえずやってはみるか」
俺達は集落のはずれにやってくると、何もない空間を前にひとまず足を止める。
そしてそのまま、頭の中で一つのイメージを形作るように、ムムムと念じたりしてみた。……別に頭がおかしくなったわけじゃないぞ?
その証拠に、念じる俺に呼応するかのように、周囲のもやのようなものが少しずつ集まっていき、徐々に形を成していく。
それはやがて、俺の頭の中のイメージとまったく同じ形へと変化していった。
「……なるほどね、確かにあの男の言った通りってことか」
さっきの冒険者……いや、元冒険者らしいが。ともかくソイツの話によると、ここじゃあ望めば大抵なものは手に入るらしい、こんな風にな。
……望めばどころか、望むだけでと言った方がいいのかもしれんが……。
「お、おっちゃん……? えっとこ、これは……な、なんだ……?」
「ん? なにってお前……どこをどう見てもぬいぐるみだろうが」
俺は目の前に現れたそれをポンと片手で受け止めると、何故か頭に疑問符を浮かべるネルネにそう返す。
「にゃっ!? にゃー……どこぞの邪心像って言われたほうが、よっぽど納得できちゃうんだけど……」
なんだとコイツ。
「あ、あの、おじさま? ハクは、ハクはちゃんとわかりましたからね? その……か、かわいいねこさんですね!」
「…………ウサギなんだけどなぁ」
「はうっ!? えっと、ちょ、ちょっと言い間違えちゃいました、えへへ……」
うん、言い間違えたのなら仕方ないね。
仕方ない……。
「あぁほらイルヴィス、こんなことで気を落とすんじゃないまったく……。しかしこれが『夢幻の箱庭』……少なくとも彼らがここをそう呼ぶ理由か」
――夢幻の箱庭……『どこよりも楽園に近い場所』か。
俺はクヨウに背中を撫でられながら、……別にへこんでるわけじゃあないが、とにかく先程の男との会話を思い出していた。
「夢幻の箱庭……!? ホントにここがそうなのか……?」
男の言葉に、俺は思わず耳を疑う。
なんせ数多くの冒険者たちが、それこそ何百年、下手をしたら何千年と見つけられなかった場所なんだ。
それをこんなにもあっさり……。
「ああそうだとも! ……まぁ見たほうが早いか、『どこよりも楽園に近い場所』と言われれば、まさにこれ以上の場所は無いだろうからな!」
同時に男がパチンと指を鳴らすと、どこからともなくワイングラスが現れる。
男がそれを手にすると、またもどこからか一本のワインボトルが現れ、ふわふわと浮いたままグラスにワインを注いでいく。
「うえ!? なにこれ手品!?」
「ははは手品か! いーや違うさ、ここはそういう場所なんだ。望めば何でも……とはいかないが、大抵の物は手に入る。たとえば……」
今度はワイングラスとは反対の手をかざす。
すると、手のひらから小さな鳥が現れ、ぱたぱたと空へ飛び立っていった。
「こんな風に生き物でもな。……まぁそういう性質をキチンと理解していないと思わぬものなんかを呼び出してしまったりもするが……アンタらも覚えがあるんじゃないか?」
……あぁ、あのホラー軍団。
つまり俺達はこのポンコツ娘のフラグ発言に振り回されていたというワケか。
つか俺は言葉通り、物理的にも振り回されたけどね? 主に腰周辺を。
「にゃー? だったらウチはバッチリってカンジ? ちゃーんとああいうのが出てきたらいいなーって思ってたからねー?」
……お前はもうちょっと反省した方がいいな。
おかげでおっさんの評価はまた地を這うことになってるんだぞ? ん?
「しかしそうだとしたらイルヴィス、装備品に残されていた文字というのは……」
「ん? なんだいその文字ってのは……?」
俺達はその男に、教会で相次ぐ復活や装備品に刻まれた文字のことなど、ここへ辿り着いた理由、というか、きっかけを話してみた。
「なるほどな……。俺達のパーティがここにやってきたのは二ヶ月ほど前のことなんだが、それより少し前、すでにここへ来ていた奴らがいたんだよ。三組程で……まぁ十数人っていったところか」
十数人……エテリナが収集した情報と合致するな。
「ところがそいつら、気付けば忽然と姿を消しちまっててな。たまたまそのうち一人と気が合ったりもしてたんだが……唯一残されていたのは書置きだけだった」
「えと、書置き、ですか?」
「あぁ……そうだな、落ち着いて聞いてくれよ? 確かにここは楽園だが、一つだけ覚悟しなけりゃならんことがある。まぁ言ってもたった一つ、一つだけだ」
男はどうにもばつの悪そうな顔で、重そうに口を開く。
「――――この場所からは、この『夢幻の箱庭』からは帰れない。ただ、それだけのことだ」
「はぁ~すごい……。もふもふでふかふかで……持って帰りたい……」
「こ、こっちもぷ、ぷるぷるぺたぺたで……す、すてきだ……」
それぞれ作り出したクッションにうずまりながら、ご満悦のお二人さん。
……つか、ネルネのそれはどう控えめに見ても、ちょっと大きめのスライムに取り込まれそうな冒険者の少女って感じだぞ? ホントにだいじょぶ?
結局あの後、俺達は街を探索して、他の奴らからも情報を集めてみたが、特にこれといったような新しい収穫は無かった。
……もちろん、ここから帰る方法なんかもな。
ので、とりあえず集落の端っこに軽く部屋のようなものを作りだし、そこで一度休息をとることにしたわけだ。
……俺が作るって言ったら何故か猛反発されたけどね? なんでかな?
しかしコイツら……使いこなしとんなこの状況。
「……エテリナ、一応言っとくがお前、さっきみたいな触手のバケモンはもう二度と想像したりすんなよ?」
「えー? やるなーって言われるとー、なんだかやりたくなっちゃうよねー? にゃふふふふ……」
おいホントにやめんか。
ほら見てみろ? トリア達も怖い目で睨んで……あれいやお前らなんで俺の方を睨んでるんだよ、おかしいだろ。エテリナを責めなさいエテリナを。
「でも、本当にここからは帰れないんでしょうか……?」
そんな中、ハクが少しだけうつむきながら不安をこぼす。
実際、ためしに踵の道標を使ってみたが、結果はまぁこの状況の通りだ。
ここから去ったという冒険者が残した書置き。
そこには『家族に会いたい』と、そう記されていたそうだが……。
「ち……近づくなっていうのは……、やっぱり、か、帰れなくなるからってことだったのかな……?」
「……そいつがなぁ、どうにも腑に落ちん」
家族に会いたいから、ここを離れて出口を探すってのはもちろんわかる。
そして、それが叶わなかったから復活後の自分、もしくは他の冒険者へのメッセージとして、あの文字を残したというのであれば考えられん話じゃあない。
……あくまでも、文字を刻んだのが持ち主本人である場合に限るがな。
そもそも注意喚起にしちゃあ情報が足りなすぎるんだよなぁ。
やはり装備品の文字は、別の第三者が刻んだと考えるべきか……?
だとしたら一体誰が何のために……?
「……いやまて落ち着け、とりあえずその辺のことは後回しだ。まずは何とか、ここから帰る方法を考えねぇと……」
「そうだよね! このクッションも持って帰りたいし!」
……お前はとことん順応するね?
いや良いことだよ? 特になんも考えてなさそうって点に目をつむればね?
ま、下手にへこまれるよりはよっぽどマシか。
「うにゃーでもでもー、そもそもここってホントに現実なのかなー?」
「うーむ、それは間違いないと思うんだが……」
俺のパッシブスキル『バッドステータス無効』はその名の通り、あらゆるバッドステータスを跳ね除ける。
そんなわけで、仮にドリームシープが強力な催眠魔法なんかを使ってきたとしても、少なくとも俺だけは無事でいるはずだ。
現にエルダースライムと戦った時、つまり初めてこのスキルが発動した時も、ネルネのスライムマンによる毒を無効化していたみたいだし……。
「……ん?」
「? どしたのおっちゃん?」
「いや……」
なんだ? なんか引っかかるぞ?
初めてスキルを手に入れた時……たしかあの時に俺は――。
「………………あ」
頭の中で唐突に、いろいろと噛み合う音がする。
いやいやまさかそんな、確かに試したりはしてなかったが……。
「ほ、本当にどうしたんだ……? お、おっちゃんもスライムクッションいるか……?」
「いやそいつは遠慮しとくよ……。あー、なんつーかハク、お前が最初に言ってたことが、どうやらたぶん一番正解に近かったみたいだ」
「え、最初ですか? えと……」
何が何だかわからないといった表情で、首をかしげるハク。
俺はと言えば、耳たぶを少しつまんだりしてみるが……ま、やっぱりこれだけじゃだめだよな、うん。
「つまりだ、まぁ……こういうことだ」
……
…………
……………………
「メ゛エ ェ エ ェ エ エ ェ エ ェ エ !!!!!」
耳をつんざくほどの濁った鳴き声が、辺り一面に響き渡る。
……目覚ましと代わりしちゃあ、最悪の部類に入ると言っていいだろう。
どうやら俺の体は、綿のようなものにすっぽりと覆われちまっているようだ。
それをブチブチと引きちぎりながら外へ這い出れば……その鳴き声の主と、感動のご対面ってワケだ。
――レクイエムシープ。
ドリームシープの上位種で、巨大な体を持つ羊のような魔物。
で、そのランクはと言えばS+ときたもんだ。
……いやここウィーグルモールだぞ? 『初心者向け』にしちゃあ、随分とスパルタが過ぎない? ねぇ?
まぁ初心者向けだのなんだのは、人間が勝手に言ってることだが……それにしたって最近、おっさんたちのイレギュラー遭遇率は異常だよ? 呪われてんの?
そんなことを考えながら辺りを見渡すと、同じような綿の塊が、幾つもそこいらに転がっていた。
……あの一つ一つに冒険者たちが梱包されてるってワケだ。
レクイエムシープは催眠魔法をかけた対象をそうやって保管するらしいからな。
現実の俺達は催眠にかけられた後、ここに運び込まれていたのだろう。
「……そりゃ踵の道標を使っても効果が無いはずだね。なにせ――」
あそこは、あの世界はぜんぶ『夢』だったんだからな。
転がる綿のどれかに、トリア達も梱包されちまってるんだろうが……。
探している間に時間切れなんてことになれば元も子もないしな、もう少し眠っておいていただこう。
ふと見てみれば、綿の中には他の冒険者の成れの果てが覗いているものある。
レクイエムシープは人の欲を食らうらしい
……あの場所にいた奴らは、死して尚、夢にとらわれ続けていたってところか。
「しかしなんつーか、あんまり気分のいい話じゃあないねホント。……お前もそう思うだろ? ……思わない? あ、そう、見た目よりも随分冷たいんだねぇ」
そんなモコモコと温かそうな見た目してんのによ?
俺はナイフを引き抜くと、巨大な羊を相手にそれを構えた。
「さてと、そんじゃまぁ……そろそろお目覚めの時間といこうかね――!」




