第3話 なんなのこの場所?
『ウィーグルモール』
舗装された道と、街路樹のように並んだ木々が特徴の、まるで遊歩道を思わせるようなダンジョンだ。
あの後ハク、エテリナの二人と合流した俺達は、『夢幻の箱庭』の真相を確かめるためにこのダンジョンまでやってきていた。
……なんやかんやで、結局押し切られちまったなぁ。
もちろん念のために、万全の準備をしてきている。階層図だって最新のものを購入し、懐は痛かったが踵の道標も用意してきた。のだが……。
「おいおい……こいつは一体どうなってんだ……?」
――気付けば俺達は、階層図にも載っていない奇妙な場所へと迷い込んでいた。
ウィーグルモール第???階層。
「……とりあえずあれだ、ひとまず一度状況を整理しよう」
真っ白な地面に薄紅色の空。
うっすらとたちこめるもやの様なものに阻まれて、あまり遠くまで見渡すことはできない、そんなウィーグルモールとは似ても似つかないこの場所だが……。
「えっと、まずボクたちが来たのはウィーグルモールで間違いないよね?」
「うむ、それは間違いないはずだ。現にドリームシープやモックソルジャーなどの魔物達とも鉢合わせになったしな」
モックソルジャー。
マネキンのような見た目のコイツらが、冒険者の装備を勝手にレンタルしていたおかげで現在俺達はこんなところまでやってきている。……皮肉だぜ?
念のため、倒した魔物の装備品を確認してみたが……残念ながらとでも言えばいいのか、今回は文字が刻まれているようなことは無かった。
何か法則性があるのか、それとも……。
「えとえとそれからー、最下層付近でハクちーが言ったんだよねー? 『なんだかもやもやする』って」
「う、うんそうだな……。そ、それで舗装された道を外れて、ハクが何かを感じた方向に向かっていったら……」
いつの間にかこんな場所に足を踏み入れていたってワケだ。
……本来のウィーグルモールであれば、舗装されたルートを少し外れたところで、見えない壁にぶつかってそれでおしまいって筈なんだがな。
「あ、あの、ドリームシープさんは催眠魔法なんかも使ってくるんですよね? そういうのにハク達みんながやられちゃったって可能性は……?」
「いや、俺もそれは考えたが……もしそうなら俺には効果が無いはずなんだよ」
俺のスキル『バッドステータス無効』は、そういった効果を軒並み跳ね除ける。
となれば催眠魔法とて例外じゃあないはずで、そもそもランクCのドリームシープにこんな集団催眠みたいなマネができるなんて話も、まず聞いたことが無い。
そうでなくても、ここの魔物はいつかのデルフォレストに比べ、一枚どころか数枚は格が落ちるからな。上級含む、俺達全員がまとめて眠らされたってのは考えづらい。
「ではやはり……ここが『夢幻の箱庭』ということなのだろうか……?」
「どうかねぇ。『どこよりも楽園に近い場所』なんていう謳い文句にしては、いささか殺風景に感じるよ俺は」
それとも、楽園ってのはこんな寂しい場所だったりするのかね。
「とりあえずさ、少し進んでみない? ここで立ち止まってても仕方ないし」
「そうは言うがなお前、こんな得体の知れん場所で軽率に動くってのは……」
「だがイルヴィス、私もトリアの言う通り、ここで二の足を踏んでいたところで状況が変わるとも思えんが……」
うーむ、まぁ確かにそれはそうなんだよなぁ……。
「でしょー? もーおっちゃんは怖がりさんなんだからー。ま、いざとなったらボクが守ってあげるよ! ゾンビとかスケルトンとか、そういうのが出ない限りはね!」
「まーたお前はそんなフラグめいたこと……を……?」
「……? どしたのおっちゃん?」
その光景を前に、若干硬直してしまった俺と、それにつられるように後ろを振り向くトリア。
――その目線の先には、今まさにわらわらとひしめきあいながらこちらへ向かってくる、大量のゾンビやらスケルトンやらの魔物達の姿があった。
「…………えーっと。…………ひゃわあぁあぁぁっ!!!!!???」
一瞬、状況を飲み込めずフリーズした様子のトリアが、せきを切った様に悲鳴を上げる。
「おっちゃん!? ねぇおっちゃんあれなんでぇ!!? ねぇおっちゃんてば!! おっちゃんってばぁ!!!」
「のごぅっ!? ……ええい! 気持ちは分からんでもないが腰に飛びついて揺さぶってくるんじゃない!! おっさんの腰は飴細工のように繊細で……」
「そんなんいいから!! だってあれ……わぎゃー!!? こっちくる!! こっち向かってきてるよ!!?」
そんなんとはなんだそんなんとは! もっと労われよ! 俺を!
つか言われんでも見ればわかるっての!
「エテリナとネルネはひとまず温存! この先何があるかわからんからな! ハクは援護を頼む! 俺とクヨウで前衛を……っておいトリア! せめて腰から離れろ!」
「やだぁーっ!! 見捨てないでおっちゃん!! 見捨てないでぇ!!」
涙と鼻水でぐしゅぐしゅになりつつ、この世の終わりのように懇願するトリア。
コイツさっきまでの威勢はどこいったんだよ!?
「いや見捨てたりしねぇから大人しくしてろ! ……あーもう! とりあえず蹴散らせー!!」
「……はいトリアさん? 怖い魔物さんは全部退治しましたからね? もう大丈夫ですよ?」
「ぐしゅ……うん……」
現れた魔物は数こそ多かったが、ランクは良くてC+、結果的には軽く蹴散らすことができた。
……結局俺は、ぐずるトリアを小脇に抱えながら戦う羽目になっていたがな。
「ほらトリア聞いたろ? もう片付いたからとりあえず離れろって……」
「ひぐっ、やだもん……。このままずっとおっちゃんにくっついてるもん……。そんで一生養ってもらうもん……」
おいどさくさにまぎれてなんつーこと言っとんだコイツは。
「ホラー属が苦手とは聞いていたがここまでとはな……。しかしあの魔物達はなんだったのだ? まるでトリアの言葉に呼応するかのように現れたみたいだが……」
「にゃふふ、もしそうならー、女の子の服を脱がしちゃうようなえっちな魔物が出るかもーとか考えたら、その通りになるのかなー?」
「いやお前、流石にそれは――」
瞬間、べちゃり、と背後から不快な音が耳をなでる。
……おいおいよしてくれよ、嫌な予感がマッハなんだが……?
「うわー!? おっちゃん!? おっちゃーん!!」
「あ、あ……! しょ、触手が服を……!」
「にゃははははは! あーれー!」
「エテリナ!? なんでこんな時まで楽しそうなのだお前は!?」
「おじさま……!! ハクは……ハクは……!!」
突如として現れた触手状の魔物は、恐ろしいまでの速さで女性陣をとらえると、装備品や衣服に向かってその触手を伸ばし始める。そして……。
「いだだだだだ! おいコイツなんで俺にだけ関節キメてくるんだよ!?」
おっさんだからか!? おっさんだからなのか!?
そのまま触手は俺の態勢を固定し、まるで目の前の光景を見せつけるかのように首や瞼にまで手を伸ばしてきた。
つか、なんだコイツの力!? ホントに半端ないんだけど!?
こっちも『ステータス』を引き上げるか……!?
一度リミッターを外すとインターバルが必要になる以上慎重にならざるを得ないんだが……いやしかし、今はそんなこと考えてる場合じゃ……!!
「うにゃー、これはとんでもない光景ですなー?」
「エテリナお前何を冷静に……ッ! …………あれいや待てお前、ホントになんでそんなフツーにつっ立ってんの?」
ふと隣を見ると、素っ裸のエテリナがまるで何事もなかったかのように傍観者を気取っていた。せめて隠さんかい。
……いやいやそうじゃなくて!!
「にゃふふ、あの触手さんたち服を脱がすのだけが目的だったみたい。するするーっと脱がされちゃったウチはー、もうぽーいってされちゃったってカンジ?」
「うおーい!? だったら見てないでなんとかしてくれ!!」
このままだとちょっとヤバめにヤバい状況になっちゃうよ!?
おっさんの信用的なアレも含めてな!!
「にゃー? でもウチとしてはみーんなでハダカになってー、それでオジサンの理性がトんじゃえばいいなーって思ってるんだけど……?」
いやコイツホント何言ってんの!?
「……わぁーっ!!? ちょっとダメダメそこは流石にダメだから!! ホントにダメなヤツだからぁーっ!!」
そんなやり取りの最中、真っ先につかまったトリアが、そのヤバめの状況にさしかかったようだ。……端的に言えばアレだその……パンツ的な?
いくら何でも流石にそれはマズい、マズいのだが、もし本当に服を脱がすだけで終わるならここで力を使っちまってもいいものか……!?
何せ上級冒険者ですらやられちまってるんだ、判断を誤れば俺達も……!
「……分かったエテリナこうしよう! 今こいつを何とかしてくれたら、なにか一つ願いを聞いてやる! 俺にできることならな!」
「え、ホント!?」
ぴょこんと反応をしながら、エテリナが杖を構える。
「……にゃふふ、仕方がないですなー、今回はそれで手を打ってー……しんぜよー!!」
エテリナの魔法により、ボロボロと朽ち果てていく触手の……改めて確認してみると、まるで見たことの無い魔物だ。
テンタクル系統にこんなヤツがいるのか……?
「…………見た……見られた……。おっちゃんにぜんぶ……」
……そんなことを考えていたのは、別に現実逃避ってわけじゃあない。
ホントだよ?
結局トリアの……その、なんだ、あられもない姿ってヤツを防ぐのは、ギリギリで間に合わなかった。
……あれだな、先に俺の拘束を解いてもらうべきだったな……。
「あートリアそのなんつーか……。あれだ、ほれ前にも言ってたじゃねぇか、パンツがどうのって……」
「ぱんつとぱんつの向こう側じゃぜんぜん違うでしょー!? えっちばか!! 責任とーれー!! お嫁さんにしろー!!」
そんな風に叫びながら、トリアはポカポカと抗議をしてくる。
……相変わらずガントレットを装着したままでな。
そりゃ悪かったとは思うが、もうそれポカポカとかかわいいもんじゃないからね? ガインガインとかゴツンゴツンとか、そんな感じのヤツだからね?
つかなんだよパンツの向こう側って。……いや意味はなんとなくわかるけども。
「ま、またおっちゃんにぱんつを見られた……。し、しかも今度は上まで……。こ、これはもう、本当にせ、責任をとってもらうしか……」
「責任か……。トリアほどではなかったが、わ、私だってこんな風に見られたのはイルヴィスが初めてなんだ……! それなら私も……」
こっちはこっちで不穏な会話をしとるな……。
いやホント、なんとか勘弁してくれませんかね……?
「にゃにゃにゃー? ハクちーはけっこー冷静さんなんだね?」
「え? えっとはい、恥ずかしかったのは確かですけど不可抗力ですし、それにハクは……、ハクはおじさまになら全部見られても構いませんから、ふふ……!」
「……にゃふふ~、将来ゆうぼーだねぇハクちーは!」
結局その後、何とか謝り倒して場を収めることに成功した。
……こんなこと口にしたら怒られるんだろうが、おかしいなぁとは思わないでもないよ? 俺の意思でやったワケじゃないんだしね?
けどまぁいろいろと見ちまったのは確かだしなぁ……。
「しかし、これからどうするか……」
どこかへ進むにしても行動の指針というか、闇雲に動くのは避けたいからな。
とはいえ、目印になるようなモンなんて何も……。
「あの……おじさまひょっとして、あっちに何かあるんじゃないでしょうか……?」
「あっち? ……まさかハク、なにか感じるのか!?」
亜人であるハクは、魔素の流れなんかを感じられる能力を持っている。
ウィーグルモールでこの場所を探し当てることができたのもそのおかげだ。
それならもしかして……!
「いえその………あそこに看板が……」
「えぇ……?」
いやもうホントなんなのこの場所?
さっきまでそんなん無かったろ? ……うーわ、ご丁寧にでかでかと矢印までついていやがる。
「なんつーか、これでもかってくらいには怪しいが……とりあえず、他にあてもないしなぁ……」
いざとなれば踵の道標もある。
それにこの場に留まったとして、またあの触手の魔物に襲われでもしたらかなわんからな……。
……仕方がない、少し乗せられてみるとしようかね。




