第2話 道連れにしてやろう
「しかしエテリナから聞いたで? まーた厄介なことになっとるんやってな?」
翌日、冒険者ギルドのいつもの別室でフーがそんな言葉を口にする。
……どうやら俺がホームレス間近だと言う情報をを耳にしたようだ。
「そんでその対策が『夢幻の箱庭』か。うんうん、ええやん夢のある話で! やっぱ冒険者ならそうやないとな!」
「また他人事だと思いやがって……。というか俺もエテリナから聞いたぞ? 冒険者ギルドでも、噂のことは把握してるんだろ?」
「……まぁそれはそうやな。けど上は正直、『不落の難題』なんてモンはおとぎ話程度にしか考えとらんからなぁ……」
「おとぎ話ねぇ……」
つまり冒険者ギルドは、今回の件で少なくとも公募クエストの発注なんかをするつもりはないってことだろう。
情報を開示したとしても、まぁ注意喚起程度が関の山ってところか。
「ま、組織なんてのは、大きくなればなるほど現実的にならねぇと仕方ない部分はあるわな。特に今回は犠牲者……教会で復活した冒険者も少なくねぇみたいだしよ」
「それはウチかて分かっとる……せやけどや! そんなんで勇者を選定しようなんておこがましいにもほどがあるわ! 勇者ってのはもっとこう……開拓精神やフロンティアスピリットってもんがなあ……!!」
それどっちも同じ意味だろ。
ま、文句を言いながらも冒険者ギルドをやめないのは、コイツ自身が一番、冒険者や勇者なんてもんの可能性を信じているからなのかもしれんな。
「……なぁフー? 少し前に『勇者を名乗るならせめてマナプール三万まで~』みたいなこと言ってたよな? あの『せめて』ってのは、お前の中じゃどういう意味で出た言葉だったんだ?」
「どういう意味って……ははーん、その顔はまーたなんか悩んどるみたいやな?」
ぐ……相変わらず鋭いヤツだ。
……うん、コイツが鋭いだけであって、俺自身が分かりやすい人間というワケでは決して無い。決してな。
「まったく、アンタも難儀な性格しとるわ。……せやなぁ、これはあくまでウチの個人的な意見やけど……」
フーは少し態勢を整えると、真面目な顔で口を開く。
「ウチもいろいろと言うてはおるけど、勇者検定のために努力しとる人らを否定するつもりはないんよ。もちろん、それが私利私欲のためやったとしてもな?」
……確かにそれは見ていてわかる。
コイツは『勇者検定のシステムなんかは認めへんー』なんてことを言っちゃあいるが、それを目指すヤツを悪く言ったことは無かったからな。
「けどなぁ、ウチが思い描く勇者像ってのは……言うなればそう、生き様や。何を成して、どう生きるのか……言葉にしてまうとありきたりやけど……」
生き様、か。なんとなく分かる気がする。
……それはきっと、俺も同じようなことを考えているからなのかもしれない。
「それが自分のためでも、誰かのためでも、そういうもんにぐわっと心を鷲掴みにされた人達が、自然と認めてしまう。……それこそが、ウチの思い描く『勇者』ってところやな」
「なるほどな。……なんというか、お前らしいよホント」
「な!? なんやのんそれ、もぅ……。あーなんや恥ずかしいこと口走ってしもたわ! ……ほれ、頼まれとったもんも出来たでまったく」
顔をパタパタと仰ぎながら、フーが冒険者カードを差し出してくる。
「これでアンタの望み通り、この冒険者カードにはボ、ボ……ぷふっ、ボイドシンドロームの影響も反映されるようになったはずや」
「あ!? お前今鼻で笑っただろ!?」
「いいえー? わ、わろてませんけどー?」
「隠しきれてねぇじゃねぇか!? こんの……そんなに笑いたきゃ好きなだけ笑わせてやる!」
「せ、せやかてぷふっ……! うひゃー! いーやーおそわれるー!」
「人聞きの悪いことを言うんじゃねぇよ! ただちょっとくすぐり倒すだけだ!」
「似たようなもんやろーが! 立派なセクハラ! セクハラですー!」
フーの恩恵である『乙女のヒミツ』は、隠ぺい系のスキルと抜群に相性がいい。おかげで、俺の能力なんかのことも上には報告されてないようだ。
今回もそれを頼ってきたワケだが……いやホント、毎度頭が上がらんね。
……だがそれとこれとは、話が別だ! おっさんは心の狭い人間だからな!
別室を後にし、酒場で待っているはずのトリアたちのところへ向かう。
……結局、満足いくまでくすぐってやることはできなかったな。アイツ見てろよ次の機会があったら……。
「きゃっ!?」
「あっと、すんません!」
そんなことを考えながら歩いていると一人の女性とぶつかってしまったようだ。
……うーむ、良くない癖だぞコレは。前にハクとぶつかった時も同じような状況だったし、気を付けねぇと……。
「いえこちらこそ、ついよそ見をしちゃってて……あらぁ? アナタ、イルヴィス・スコードさんねぇ?」
ぶつかった相手は柔らかな物腰と共に、俺の名前を言い当ててきた。
しかしなんで……?
「ふふ、だって有名だもの。噂はいろいろと聞いてるわぁ」
噂っつーと……まぁろくでなしだのなんだの言われてるアレか。
「いやそいつはその……」
なんとなくきまりが悪く、そんな風に軽めに否定をしようとした瞬間、ふわりと女性が身を寄せてくる。そして……。
「……ケイン・マクラードの事件のこととか、ね?」
「――ッ!?」
耳元でぼそりと呟かれるその一言。
……あの事件に俺達が関わっているのは公にはなってないはずだ。
協力者とやらの存在が不確定な以上、むやみに名を晒すのは危険だからな。
「アンタ、何者だ……!?」
「あらぁ、ふふ、そんな顔されたら怖いわぁ? うふふふ……」
彼女は言葉とは裏腹に、余裕の表情を崩さない。
これは……。
「うふふ、うふ、うふふふふ……」
……うん?
「うふふふふふふふ……けほ、けほ、ちょ、ちょっとまってねぇ……? うふ、うふふふふふ……」
いやめっちゃ笑うね!?
そんなむせるほどツボることあった!?
「ご、ごめんなさいねぇ、ちょっとからかうつもりだっただけなの。おねぇさんの悪い癖ねぇ」
「おねぇさんて……」
どうみても俺よりは年下に見えるが……。
「あらぁ? ふふ、嬉しいけど、イルヴィスくん三十代ってところでしょう? 少なくとも、おねぇさんよりは年下よぉ?」
「うえっ!?」
まじかよ、見た感じヒュームに見えるが……ひょっとしたら他の種族とのハーフだったりするのかもしれない。
というか、さらっと君付け……。
「いやいやそんなことよりだ。さっきのは――」
「あぁそうそう、おねぇさん冒険者ギルドの人間でね? アンリアットとは別の場所で働いてるんだけど……」
女性は口元に指をあてると、ゆっくりと語り出す。
「あの事件、おねぇさんも担当だったのぉ。それでほら、あのハーフリングの受付の子、わかる?」
「ハーフリングの受付っつーと……フーのことっすか?」
「そうそうフーちゃん! なんだぁ、知り合いだったのぉ? あの子とおねぇさん同期でね、いろいろと心配になって様子を見に来たってわけ、こっそりとね?」
なるほど、よそ見ってのはそういうことか。
……それなら悪いことをしてしまったな、そう思い、俺は先程まで別室で一緒にいたフーの様子を彼女に伝えてみた。
「ふふ、良かった元気そうで。……あ、そうそう、フーちゃんには、おねぇさんが来たってこと内緒にしておいてねぇ? 『余計なおせっかいやくなー!』っておこられちゃうもの。……それじゃあね?」
……確かになんとなくその光景は目に浮かぶ。
そして最後まで柔らかな物腰を崩さないまま、彼女はこの場を去っていった。
「……あっ、そういや名前聞いてなかったな。……しかしなんだ、綺麗な人だったねホント」
「た、確かに綺麗な人だった……」
「おわっ!? ね、ネルネか、いつの間に……」
突然隣に現れたネルネに、心臓が小さく跳ね上がる。
「い、いつの間に、か……。べ、別にいいんだ、おっちゃんはあの綺麗な人に、む、夢中だったみたいだしな……?」
そしてそのまま、ネルネはじとりと俺を睨み付けてきた。
「いやそういうワケじゃ……」
「……ふ、ふふ、冗談だ……。お、おっちゃんのことだからな……またこんなことになってやしないかと思って、わ、わたし一人で様子を見に来たんだ……」
「なんだよホント勘弁してくれって……。でもまぁ、確かに助かったよ」
相変わらずネルネは気が利くなぁ。
確かに、例えばトリアなんかに今のを見られたらまためんどくさいことになることは目に見えてる。
……いや、まずそんな風に思われてるってのもどうなのって話だけどね?
「…………け、けど、やっぱりおっちゃんも、あ、ああいう人がいいのかな。……い、いざとなったらスライムで……いやいやそ、それは流石に……」
「……ん? どうしたネルネ、胸に手を当てて……どっか痛いのか?」
なんだかぼそぼそと独り言をつぶやいていたみたいだったが……。
「え!? い、いやなんでもないんだ、なんでも……。というか、な、なんでそんなことを考えてるんだわたしは……うぅ……」
……?
「あ! やっと来た! おっちゃんおそいー!」
ネルネと共に酒場へ向かうと、トリアとクヨウが座っているのが見えてきた。
どうやらハクとエテリナはまだ来ていないみたいだな。
「悪かった悪かったって、色々あったんだよ色々と」
「そのいろいろとボクたちとどっちが大事なの! まったくー、こっちはヘンな人たちに声かけられて大変だったってのにさ!」
なんだよその三文芝居みたいなセリフは……。
まぁそれはそっと受け流しておくとしてだ。
「変な人たち?」
「うむ、最近よくあるのだ。まぁ勧誘というか……」
「じ、実はわたしも……お、おっちゃんのとこ行く途中で声をかけられたんだ……。む、無害なスライムを盾にして、い、いそいで逃げてきたけど……」
なるほど……。クヨウが言葉を濁しているあたり、恐らく『あんな男と一緒にいるより、俺達と組もう』的なことを言われたってとこだろう。
勇者検定にこそ落ちちまったが、その前後でコイツらはそこそこの難易度のクエストもこなしている。その上容姿も良いときたもんだ。
……まぁ中身はちょっと、アレな部分が無いとは言いきれんが……パーティの勧誘に乗じて、そういうことを目的とするヤツらも少なくないのかもしれない。
「む!? おっちゃん、またしつれーなこと考えてたでしょ!?」
……いやもう怖い。
ホントお前のその鋭さなんなの? もっと別のことに活かすべきだと思うね俺は。
しかしそれは置いとくとして、これは少し考えてやらんといかんなぁ……。
「あ、でも一人だけ少し様子が違う人がいたよね? あの五十歳ぐらいのおじさん」
「ああ確かに。今のパーティは充実してるか、とか、イルヴィスはどういう人なのか、とか……そういったことをたずねてきていたな。他とは違って、随分と紳士的な印象だったのを覚えている」
「俺のことを?」
「うん! だからちゃーんと『ちょっとエッチだけど面白くてすっごく楽しいよ』って褒めておいたよ! あ、あとお酒が好きだって!」
「うおーい!!? それのどこが褒めてんだよ!?」
つか、なんでお前はそうおっさんをエロおやじに仕立て上げようとするんだ!?
「えー? ちゃんと楽しいとか面白いとか言ってるじゃん」
「ならせめて『いい人』だとか『頼れる』だとか、そういう言葉を付け加えろよ! 今の情報だけじゃ、おっさんただのスケベで陽気な飲んだくれだぞ!? 遊び人か!!」
こうやってまたおっさんの社会的信用が失墜していくんだよ?
そこんとこホント、よーく理解してほしいもんだね。
「むー、ちゃんと褒めたのに……。あ、そういえば最後に、おっちゃんによろしく伝えておいてって言ってたよ? もしかして知り合いだったりしたのかな?」
俺に? うーむ、五十代の紳士的な男性か……。
長年冒険者をやってりゃ、そりゃ心当たりが全くないワケじゃあないが……流石に情報が少なすぎるな。
「ま、ホントに俺に用事があるっつーなら、その内むこうから出向いてくるだろ。……そんなことよりだ」
俺は指をワキワキと蠢かせながら、トリアに近づいていく。
「あ、あれ……? あのおっちゃん……ほらボク、ホントに褒めたつもりだったんだよ……? だからほら、ね? その手をゆっくりおろして……」
「ああ、大丈夫だちゃんと分かってるからな? だからこれはお仕置きとかそいうアレじゃない。……ただの腹いせだ」
「うわっ! 大人げない!! おっちゃん大人げないよそれ!!」
なんとでも言うがいい……。
どうせ俺の信用はストップ安を更新中だからな……。ついでにお前の腹筋も道連れにしてやろう……。




