第1話 『箱庭ニ近ヅクナ』ってね?
「それでは第三回、『夢幻の箱庭見つけておっちゃんをホームレスから救い出そう』会議を始めます!」
……いやなにコレ?
人数分のコーヒーやらココアやらを用意して部屋に戻ると、何やら良く分からん会議が開催され始めていた。
つか三回も続いてんの? おっさん当事者っぽいのに全然知らないんだけど?
「あ、おじさま! はい、ここがおじさまの席ですよ?」
ハクがポンポンと、空いているソファーを叩くので、とりあえずそこに腰を掛けてみる。
「ああ……いやいやまてまてなんだこの会議は。つか、俺あの後ちゃんと別の部屋探すっつったはずだよな?」
まぁ、その候補すらもまだ見つかってはいないんだが……。
流石に『不落の難題』なんて呼ばれる噂話よりは、見つけるのに苦労はしないはずだ……たぶん。
「はふぅ~、おっちゃんも無粋なんだからー。せっかくエテリナが情報を集めてきてくれたのに、そんなんじゃ勇者になんてなれっこないよ!」
「だからならねぇって……。お前もしつこいねホント」
少なくとも俺はな。
「ま、まぁまぁおっちゃん……。と、とりあえずほら、エテリナの話を聞いてから判断しても、い、いいんじゃないか……?」
「にゃふふ、おまかせあれー。ウチがこの話を聞いたのはー……」
ネルネに促されると、エテリナはベッドからぴょんと立ちあがり、俺達みんなに向かって説明を始めだした。
……勇者、か。
俺はコイツらを、コイツら全員を勇者にしてやりたいと思っている。
だからこそ、勇者検定の時も一人で動いたりしたワケだ。
まぁ結局、検定の途中に俺を助けに来たせいで失格になっちまったんだが……じゃあその行動が勇者なんてもんにふさわしくないかと聞かれれば、間違いなくそんなことは無いはずだ。
自分以外の誰かのために動いたコイツらを否定すれば、『人々を守る』なんていう謳い文句も否定することになっちまう。
……だったら勇者ってのはなんだ?
称号であり、象徴であるなんて分かった気でいたが、実際には本当に分かった気になっていただけなのかもしれん。
俺はコイツらをどんな風に――。
「……あーん、かぷっ!」
「うぉわ!!?」
つらつらとそんなことを考えていると、突如として片耳に、湿ったようなみずみずしいような、そんな感触が襲い掛かる。
……どうやらソファの後ろから、エテリナのヤツが咥えついてきたらしい。
「エテリナ、お前な……」
「にゃふふ、だーってオジサン全然話聞いてないんだもーん。耳たぶへの刺激はー、眠気なんかを覚ます効果があるんだよ?」
「確かにそりゃ悪かったが……別に寝てたってワケじゃねぇし、それなら指で摘めばすむことだろうが……」
「にゃふーん、そこはほらー? ……ウチのお口の感触をー、オジサンに味わってもらおっかなーって?」
ぺろりと唇をひとなめするエテリナ。
まーたコイツはこういうことを……。
「は、はしたないぞエテリナ! そういうことはその、きちんと段階を踏んで……いやいやそういう話ではなくてだ! まず人前ですることがだな……!」
お、良いぞクヨウもっと言ってやれ!
「にゃふふー? そんなこと言ってー、クーよんもきょーみしんしんなカンジ? ほらほらーもう片方のお耳空いてるよー?」
「なっ!? べ、別にそんなの、私は隣にいられればそれで……いやそうではなくて! えっとあーもう!! イルヴィスはどうなんだ!? 私にそういうことをさせたいのか!? させたくないのか!?」
「えぇ……?」
嘘だろ矛先の方向転換が急すぎない?
つか、エテリナもそっち方面であんまりクヨウをイジるんじゃないよ。また真っ赤になってぶっ倒れるだろうが。
「あの、おじさま? ハクのお口も、おじさまの好きなときに使ってもらっていいんですからね?」
いや言い方言い方!
「目覚まし代わりに」って言葉が抜けてるせいでエライ台詞になっちまってるから!!
…………いや抜けてなくても大問題だよ!!
「……さてさて、お話を聞いてなかったイルヴィスくんのためにー、エテリナせんせーがもう一度説明をしてしんぜよー。にゃふー、デキの悪い生徒ほどカワイイものですからなー」
誰が出来の悪い生徒だ。
「まったくイルヴィスくんはー。ボクみたいにちゃんとしてくれないとー」
「んふ……、は、反省しないとだぞ、イルヴィスくん……」
コイツらもここぞとばかりに……。
しかしまぁ、俺が話を聞いてなかったのは確かだからなぁ……。
「こほん、それじゃー最初からね? ウチがこの話を聞いたのはー、ママに頼まれて知り合いの蘇生屋さんのところに顔を出した時なんだよねー」
確かエテリナの母親は魔学者だっつってたな。
恐らくその関係でってところか。
「まず前提としてー、最近この近くの教会で、セイヴさまの加護で復活した人が相次いでたらしいんだよねー? でもみんなどこのダンジョンでやられちゃったのかは……うにゃあ、わかんなかったんだー」
「えと、教会で復活された方は半年分の記録……記憶やレベルなんかを失ってしまうからですよね?」
戦女神セイヴによる教会での復活。
その代償はハクの言う通り、死の直前から半年分の記録の消失だからな。
自分が死んだ場所どころか、その原因すら分からないことがほとんどだ。
「うんうん、ハクちーそのとーり! ……でーもー? とある理由で、彼らがどこのダンジョンでやられちゃったのかってのが判明しちゃいましたー! その場所はなんとあの『ウィーグルモール』!」
「とある理由?」
「ウィーグルモールにはドッペル属の魔物も出現するでしょ? んでんでー、最近復活した冒険者たちの装備品なんかを使ってたのがたくさん見つかったらしいんだよねー」
ドッペル属の魔物の中には、冒険者が落とした装備品を拾って使うようなヤツも少なくないからな。
今回はそれが、皮肉にも功を奏した……と言っていいのかは分からんが、ともかくそういうことだろう。
「しかしまた何故ウィーグルモールなどで……。私はまだ直接行ったことは無いのだが、あそこは随分と初心者向けのダンジョンだと聞いているぞ?」
クヨウの疑問も無理はない、俺も同じようなことを感じているからな。
というか、その話と夢幻の箱庭に何の関係が……。
「にゃふふ、むしろそれがねー? やられちゃった冒険者の中にはー、上級の冒険者さんたちもいたんだって。流石に最上級までの冒険者ははいなかったみたいだけど……」
「え!? 上級の冒険者までやられちゃってるの!?」
そいつはまたなんと言うか……。
唯の初心者向けダンジョンで起きたとは思えん出来事だな。
「うんうん、そんでもってここからが最重要! 見つかった冒険者の装備品にはー、みーんなとある言葉が刻まれてたんだー。……――『箱庭ニ近ヅクナ』ってね?」
――ぞくりと少しだけ、背筋にうすら寒いもんが走る。
死ぬ前に装備品に遺書のようなモンをしたためるヤツは珍しくないが、どうやらそういった話でもなさそうだ。
……どうにも、穏やかな感じじゃないねホント。
「にゃふふ、どーお? けっこう信憑性出てきたでしょ?」
「た、確かに、ただの噂だって切り捨てるには……、ちょ、ちょっと話が出来すぎてる気はする……」
「でしょでしょー? ちなみにー、フー姉に確認したら冒険者ギルドでもこの話は把握してるみたいなんだけどー、まだ公にするつもりはないみたいだよー?」
おいおい、それ俺達に言っちまっていいの?
まぁ大方、実力の伴わない冒険者が手柄をたてようとして、同じ轍を踏むのを防ぐためってことだろう。だが……。
「しかし、どうしたって人の噂に戸は立てられぬからな。……広まるのも時間の問題だろう」
「だったら急がないと! 勇者検定は落ちちゃったけど、ここで夢幻の箱庭を見つけちゃえば、最小限の苦労で一発逆転! みんなそろって勇者ってね!」
おい末期のやばいギャンブラーみたいなこと言いだしたぞコイツ。
「でも、上級の冒険者さんたちまで被害にあってるんですよね? 危険なんじゃ……?」
「だいじょーぶだいじょーぶ! ここには勇者候補が三人もいるし、いざとなればかわいいボクたちのこと、ほっておけないつよーい味方がいるし? ……ね? ね?」
トリアがぱちぱちとウインクで合図をしてくる。
「……どうしたトリア? 目にゴミでも入ったか?」
「もーおっちゃん違うでしょ! そこは『全部俺に任せておけー』なんてこと言ってくんないと!!」
コイツいざとなればどころかガッツリ寄りかかる気まんまんじゃねぇか!
……まぁいい、ひとまずそれはおいておくとして、どっちにしろその期待に百パーセントは応えてやれそうにはない。
なぜなら……。
「それなんだがな……お前らに少し、話しとかなきゃならんことがあるんだよ」
「……?」
「「「――ボイドシンドローム?」」」
俺の説明に、全員が声を合わせて聞き返してくる。
「ああ、最近どうにも調子がおかしくてな。ウリメイラのつてで、そういったことの専門家に診てもらったんだが……」
「そういったこと、っていうと……」
首をかしげながら頭に疑問符を浮かべるトリア。
「調子が悪いっつうのは……まぁ端的に結果を言えば、俺のステータスなんかにリミッターのようなもんがかかっちまってるみたいなんだよ」
今のとこ原因は不明だが、恐らくケインとの戦いの際、肩代わりの依代や魔法薬なんかのマジックアイテムを、むやみやたらと使用したことが関係しているんじゃないかと思っている。
現在の俺のレベルは70、マナプールは33000程だ。
フーの言う、最低限の勇者のレベルってヤツは超えちまってるんだが……。
「普段の俺は中級上位……上級冒険者に届かない程度の力しか発揮できん。もちろん意識すればもっと上の力も出せるんだが……使う力が大きい程、その時間も限られちまう」
試してみたところ、上級の力を常に発揮できるのは三十分が限界だった。
30000をフル、つまり勇者級の力ともなれば、五分も持たないだろう。
「り、リミッター……。え、えと……か、体には、他に影響はないのか……?」
「ああ、とりあえずそれは大丈夫だ」
これは嘘じゃあない。
本当にそれ以外の影響は皆無なワケで……。
「だからこそ、過去に前例のない症例、というわけか……。確かに私もそんな話は聞いたことが無いが……」
まぁそういうことだ。
魔法や呪法なんかで似たようなこと……いわゆるデバフスキルなんてもんは存在するが、どうしたって他にも影響が出てくるからな。
「にゃーん? でもでもー、過去に前例がないのに『ボイドシンドローム』なんて病名はついてるんだねー?」
「え……? いやまぁ、そいつはだな……」
エテリナの言葉に、俺はほんの少しだけの動揺をしてしまう。
「……おっちゃんまさか」
「いやその………………病名はほら、自分で…………」
目をそらしながらそこまで口にしたところで、はぁとため息のような声が聞こえてくる。
「はぁ~、おっちゃんはホント子供なんだから~」
「なんだよいいだろ!? 『原因不明のなんたらー』なんて毎回説明するより、名前でもつけておいた方がよっぽどわかりやすいじゃねえか!」
「ま、まぁそれはわからなくもないけど……。で、でも、やっぱりそういうとこだぞおっちゃん……」
「どうせ『その方がかっこいいから』とか何とか考えていたのだろう? まったくお前と言うヤツは……」
ぐっ……!?
なんで俺の周りの奴らはこう、俺の考えを見透かしてくるんだよ……。あれか? おっさんそんなにわかりやすい性格してるのか……?
俺はそんなことを考えながら、トリアが買ってきたパンにかじりついた。




