第二章 プロローグ
バチンとコンロに火をつける。
ポットに張った水がお湯になるまではしばらくかかるが、最近はそんな時間をぼーっと待つのも嫌いじゃない……なんて言うと、おっさん臭いとか言われちまうのかもなぁ。
「おはよー!! おっちゃーん!!」
バーンとドアを開きながら、勢いよく飛び込んでくるポンコツ娘。
ま、もう慣れたもんだよホント。しかし……
「……相変わらずお前は呼び鈴とか鳴らさずに上がりこんでくるね?」
「えーいいじゃーん、ボクとおっちゃんの仲でしょー? えいえい!」
そう言いながら脇腹をつついてくるトリア。
やめろってのくすぐったい。
「ほらほら、新作のパンが売ってたからさ! みんなの分も買ってきたよ!」
得意気に差し出された紙袋からは、香ばしいにおいがただよってくる。
あの店の新作ってことは……まぁまず間違いはないだろうね。
「お、なんだよめずらしいじゃねぇか。ま、そこは素直に礼をと言っとくよ、ココアで良いか?」
「うん! ちゃんと甘めにしてくれなきゃだめだよ? 」
へいへいっと。
「あ、でも甘めって言っても甘すぎてもダメだからね? しっかりボクのことを考えて、ボクの好みの甘さにしてくれないと……」
「わかったわかったって、あーもうほれ、向こうで座って大人しくしてろっつの」
勇者候補になろうがなるまいが、コイツのこういうところは変わらんのなまったく……。
「お、おはようおっちゃん……」
「お、ネルネも来たか、おはようさん。……というか、今日はトリアと一緒に来なかったんだな?」
トリアとネルネはルームシェアをしているからな。
普段はだいたい二人で一緒にやってくるんだが……またスライム的な論文かなんかに時間をとられてたってわけでもなさそうだ。
「う、うんえっと……、こ、これを買いに行ってたんだ……。お、お土産……新作で……『銘菓スライムまんじゅう2』がでてたから……」
「ツー!? ツーだと!? うぉホントに『2』がついとる!!」
いや2とかでてんのコレ!?
どんな需要だよ!? 思わず二回聞き直しちゃったよ!?
「……なんつーか、ホントどこで売ってんのこういうの。おっさんついぞ見たことがないんだが……?」
「そ、それはまぁ、す、スライム的なネットワークというか……。こ、今度おっちゃんにも紹介しよう……」
そりゃまた随分とベタついてそうな繋がりだねホント……。
おっさんちゃんと馴染めるか不安だよ?
「おはようございますおじさま!」
礼儀正しくぺこりと頭を下げながら、ハクがかわいく挨拶をする。
何度家に来てもこういうことは疎かにしないあたり、ハクの真面目さが見てとれるってもんだ。
「ん、おはよう。……しっかしせっかくの日曜だってのに、毎週こんなおっさん家に来ても退屈だったりするんじゃないか?」
「そんなこと……! えっとあの、ひょっとしてご迷惑でしょうか……?」
俺の言葉に、少し不安そうな顔で聞き返してくるハク。
……しまったな、今のはちょっと失言だった。
「あっと、悪い悪い、そういうつもりで言ったわけじゃねぇんだ。……俺もハクに毎日会えて嬉しいに決まってんだろ?」
口先だけじゃなく、ホントにそう思ってるんだぜ?
それが伝わったのか、ハクは途端にほころんだ顔を見せた。
ポンと頭を撫でてやれば、目を細めてまるで猫の様だ。可愛らしいもんだね。
「本当ですか!? えへへ、おじさまぁ……そんな風にされたらハク、とっても感じちゃいます……」
……うん、幸せとか喜びとか、そんなかんじのアレをね?
そういうのを感じちゃうってことだね?
いやでもホント、お外ではもう少し気を付けようか?
おっさん今度こそつかまっちゃうよ?
「にゃーん、オジサンただいまー! そんでもってぽいぽーいっと」
挨拶もそこそこに、早速上着を脱ぎすてると、いつもの下着のような格好になるエテリナ。
コイツ部屋にいる間はいつもこれだからな……。
「お前なぁ、今さらアレだがもう少しこう、恥じらいというかだな……」
「にゃう? だいじょーぶだいじょーぶ! 恥ずかしいって気持ちもー、慣れてくると結構癖になっちゃうもんだよ?」
「おいもうつっこまんぞ」
相変わらずの淫乱ピンクめ。
「……それにぃ? 『この姿でいて良いのは俺の前だけだ』っていったのはオジサンでしょ? ウチはけなげにそれを守ってるのになー?」
う、いやまぁそれは確かにそうなんだが……。
あのカベドンとやらの時、もう少しセリフを考えるべきだったか……。
「にゃーん、それともー? ……これも全部とっちゃった方がー? オジサンは喜んでくれる? にゃふふ……?」
「……それやったら合鍵没収するからな」
「うにゃぁ!? むーむー! オジサンのへたれいけずー!」
なんとでも言えい。
変な勘繰りをされて通報なんかされるよりはよっぽどマシってもんだね。
「……イルヴィスお前、今日は燃えるゴミの日だと言っていただろうが」
「あ!? すまん忘れてた……」
最後にやってきたクヨウが、キッチンにまとめたままのゴミを見てたしなめるように口を開く。
いやー、なんでかこういうのってつい忘れちまうんだよなぁ……。
「まったくお前というヤツは……。ほら、今ならまだ間に合うだろう、持っていってやる。だがこういうのはきちんと普段から意識してだな――」
う……まーずい、こうなると結構長いぞ……。
しかも正しいことを言ってるのは間違いなくクヨウだったりするワケで、おっさんとしてはどうにもこう、ばつが悪い。
「いやまぁなんだ、そう言うなって、な? ……ほれ、その分クヨウがしっかりしてるだろ? それでまぁあれだ、二人あわせて±ゼロってことでここはひとつ……」
そんな感じに、自分でもなんだか良く分からん理屈をぶつけてみる。
しかし……
「ふ、ふたりで……!? ふ、ふたりでか、まったく……それなら少しぐらいは仕方ないが……。だが少しぐらいだぞ! あんまり甘えるのはダメなんだからな!」
クヨウは急に態度を軟化させると、赤い顔でごみを捨てに外へ向かっていった。
……なにがトリガーだったのかはよくわからんが、ひょっとしたらいつものチョロさを発揮したのかもしれん。
別におかげで説教が短くてラッキーなんてことは思ってないぞ?
俺はそんなダメ男みたいなヤツでは断じてない。断じてないはずだ。
ま、そんなこんなで、いつものメンバーがそろい踏み。
相変わらず、このクソ狭いおっさんの部屋によくも毎日来るもんだねホント。
……おっと、どうやらお湯も沸いたようだ。
さてと、そんじゃあトリアが買ってきてくれた新作のパンでもかじりながら、今日も騒がしい一日を始めるとしようかね。




