第29話 俺にとっちゃ十分だ……!
――パニティンサイド第二十五階層。
少し開けた場所にはなっているが、もともとダンジョン自体が水路のように入り組んだ構造になっているため、死角や邪魔な装飾なんかも多い。
その上階層図によれば、落とし穴なんかのトラップも少なくないときたもんだ。
そこにずらりと並ぶ、大量の魔物達。
……おいおい、ランクSどころか、S+の魔物までいるじゃねぇか。
とてもじゃないが戦いやすいとは言えんこの場所で、俺がケインを待ち受けていたのはもちろん理由がある。
……ここが、第二十四階層へと続く唯一のルートだからだ。
ここを守り切れば俺の勝ち。そうでなければ――。
「……ふ、はは! 確かに恐ろしいまでのマナを感じるが……知っているぞ? 貴様が魔法などの技術には疎いということはな……! まさかそのナイフ一本で、これだけの数の魔物と戦うつもりか?」
「……さてね、そのつもりだって言ったらどうすんだ?」
「変わらんさ、……ただ捻りつぶすまでのこと!!!」
ケインの声に呼応するかのように、魔物が同時に襲い掛かってきた。
手にしたナイフにマナを注ぎ込む。
強度、硬度、切れ味が増したそれを振りかざしながら、魔物を捌いていく。
確かにケインの言う通り、良いものとはいえナイフはナイフだ。そのままでは、与えられるダメージなどたかが知れている。
だが……!
「――っな!?」
バギンと音を立てて、魔物に与えた傷痕が炸裂し、弾け飛んだ。
その光景に驚いたように声をあげるケイン。
『くすぐりスイッチ』で培った指先のマナ操作。
それと合わせてナイフ滑らせれば、たとえ小さなものでも確実に相手に傷痕を残すことが可能だろう。
そうしてできた亀裂や傷痕に、大量のマナを叩き込んで内側から破壊する。
特殊なプログラムを組まれたマナは、そのまま破壊によって生じた別の亀裂をめがけ、自動的に同じことを繰り返す。
「浸透していく連鎖的な破壊によって、爆発的な斬撃を生みだす。……コイツが俺のスキル、『バッシュクラック』だ。……どうよ? ナイフ一本でもなんとかなりそうな気がしてきたろ?」
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「けどあれやなぁ、ほれ、これでアンタもわかったやろ? ウチの言った通り、勇者候補だの勇者検定だのがいかにあてにならんか……」
「いや、流石に今回のは稀なケースだろ……」
ひとくくりにしてやるのは、真面目にやってる他のヤツらが気の毒だって話だ。
つーかコイツはギルド側の人間だってのに相変わらずだなホント……。
――――しかしまぁ、『勇者』、か。
「ん? どないしたんイルヴィス?」
「……なぁフー? 少し頼みたいことがあるんだが――」
俺が要件を口にしようとすると、フーが見透かしたようにため息をついた。
「はぁ~……。わかっとる、ほれ、コイツやろ? ……そろそろな、そんなことを言い出すんちゃうかなと思っとったんよ」
呆れたような顔をしながら、机の上に一つのマジックアイテムを取り出した。
……間違いなく、今オレが頼もうとしていたアイテムだ。
マジックアイテム『肩代わりの依代』。
EXP現象を自分の代わりに引き受けてくれることで、これ以上のレベルアップを抑えるアイテムだ。
本来であれば、高レベルの冒険者が引退する際に渡されるようなものだが……。
「フー、俺は……」
「あーもう、わかっとるって言うとるやろ? ほんと、どんだけ一緒におると思ってん……。こいつを着けとるうちはレベルは上がらへん。……せやから、じっくり考えるとええんやないの?」
そう口にしながら、ぷいっとそっぽを向く。
情けない話だが、フーの言う通り、少し立ち止まって考える時間が欲しかったのは確かだ。
なんせ『成長率+999』のせいで、考える時間もなくここまで……英雄級なんて呼ばれる力を持つようにまでなっちまったからな。
力の事、勇者の事、この先の事……そして何よりアイツらの事。
じっくりと考えて、自分でも納得がいく答えを出したいと、そう思っていた。
……完全にお見通しってワケか。
「知っとるとは思うけど、魂に直接干渉する以上、コイツを使えるのは一回限りやで? そんで一度壊せば、肩代わりしたレベルはお前に戻っていく。つまり……」
「あぁ、大丈夫だ。……コイツを壊す時は、俺も覚悟を決めた時だ。そん時はきっちり、この力と一生向き合っていくさ」
「うん、分かっとるならそんでええ。……まーったく回りくどいことしよってからに。……ふふ、まぁせいぜい頑張りいよ?」
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「そんなわけで、この件と関係ないとは思うんやけど……多分アイツはアンタを恨んどる。気ぃ付けえやイルヴィス、いざとなったらそん時は……」
おいおい……、疑われて恨まれて、最近ホントろくなことが無いな……。
そんなことを考えながらグラスに口をつける。
ここまでいろいろ巻き込まれる程、悪いことした覚えはないんだがなぁ。
……あぁ、こんな時でも酒はうまい。
「――んむぅ……いるびす……、ウチは、ウチはなぁ……」
「おいフー? ……寝ちまったのか。ったくしゃーねぇな」
俺はフーを持ち上げると、ベッドへと運んでやる。
こういう時、ちっこいコイツは楽で助かる……なんて本人に言ったら、おもくそひっぱたかれるだろうがな。
「おや、随分優しいじゃないか」
「まぁな。こいつにはいろいろ借りもあるし、義理堅いと評判の俺としては、ほっとくわけにもいかんって話だ」
「ふふ、義理堅いって、それ誰が言ってるんだい?」
グラスを回しながら、小さく笑うウリメイラ。
「……それじゃあ私も一つ、貸しを作っておこうかな。」
「貸し?」
「少し前、便利なアイテムを仕入れたって言ったろう? 『見えない気配り』、指定した一定範囲内の物質を、瞬時に手元に持ってくることができる。……普段は、冷蔵倉のお酒に使ってるんだけどね」
そう言えば、冷えたラガーを頼んだ時にそんなことを言ってたな。
どうやらウリメイラは、そいつを俺に貸してくれるつもりのようだ。
「範囲を背中の一坪に指定しておけば、戦闘中でも即座に魔法薬なんかを手元に呼び出せるはずだよ。……君のことだ、どうせ必要があれば一人で動こう、なんて考えてるんだろうしね?」
うっ、確かにその通りだが……。
フーに見透かされてたこともあったし、俺ってそんなにわかりやすいのか?
「今さらそれを止めやしないさ。……君がそういう男だってのはイヤってほどわかってるからね。けど……」
ウリメイラが首を傾げ、持っていたグラスがからんと小さく音を立てる。
「義理堅い男だっていうのなら……ちゃんと自分の手で返しに来るんだよ?」
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「はいこれ、トリアちゃんたちに差し入れです。残念ながら、私はお店があるので応援には行けないんですが……」
「いやいや、これで十分ですよ、あいつらも喜びます」
トリアたちの激励に行く前に、俺はリィンさんの店へと足を運んでいた。
……厚かましいとは思うが、少し頼み事をするためだ。
「――えぇ!? この数の魔法薬を、ですか……?」
「はい……もちろん不躾な頼みだってのは分かってます! 今足りない分も、必ずきちんと後で払います! だから……」
「……なにか、理由があるんですね? ……わかりました、ただし、一つだけ条件があります」
リィンさんはそう言うと、店の奥へと向かっていった。
そして……。
「これは……」
並べられたいくつか装備品。
俺はそのどれにも見覚えがあった。
……間違いない、俺があの時、引退を決めた時に下取りに出した装備品だ。
「でもなんで……」
「ふふ、私がどれだけイルヴィスさんを……、ううん、どれだけイルヴィス君を見てきたと思ってるの?」
俺の疑問に、リィンさんが小さく微笑みながら答える。
「……いつかね、きっとこういう時が来るって思ってたんだ。だからずっと残しておいたの。やっぱり正解だったみたいだね?」
「リィンねぇちゃん……あっと!?」
リィンさんの口調につられ、思わず昔のような呼び方をしてしまった。
「あ、久しぶりだねそう呼んでくれるのって。……イルヴィス君たら、大人になったら急によそよそしくなっちゃうんだもん。ちょっと寂しかったんだよ?」
「いやまぁそれは……」
唇を尖らせるリィンさんに、ついたじろいでしまう。
なんというかこう、良い歳した男が『リィンねぇちゃん』呼びはどうなのってな感じだったからなぁ……。
「条件って言うのは、この装備品たちも持っていくこと。……もちろん、この子たちの分も後できっちり精算してもらうんだからね? だから……」
リィンさん……いや、リィンねぇちゃんが俺の手をきゅっと握ってきた。
少しだけ、震えてるのが分かる。それでも笑ってくれているのだ。
「だからちゃんと、無事で帰ってこなきゃだめだからね?」
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「おおおおおおおおお!!!!!!!」
装備品に施された、攻撃力や防御力のオートバフ。おかげで、ランクの高くない魔物相手にはマナを節約できる。
それでもやはり十分だとは言えないが、そこは大量のマジックアイテムで無理やり埋めてやる。
口で言うほど簡単なことじゃないが、覚悟を決めた今の俺にとっては――!!
……そうして、どれだけの時間がたっただろうか。
ダンジョンの内部もボロボロで、もう見る影もない。……ネルネが見たら泣いちゃうかもしれんなぁ。
残す魔物はあと三体、だが……。
「――ふ、ふふ、確かに驚かされたが……どうやらここまでのようだな。」
ブリガンディゴーレム、ディエルダースライム、テンタクルランページ。
……どれもランク『S+』の魔物だ。
それでも、スーパー大器晩成の効果で『勇者級』の力を持つ俺ならば、勝てない相手ってわけでもない。……普通ならな。
肩代わりの依代の破壊、そして大量の魔法薬接種の反動で、俺の体はもうまともに動かなくなっていた。
「残り三体……随分ダメージを受けてしまってはいるが、ランクS+ともなれば会場を蹂躙するのには十分だろう……くくく、貴様の女どももこれでおしまいだなぁ!!?」
コイツ……。どうにも戦闘中、この三体を温存していたように見えたが……。
そういうことかよ、相変わらず陰湿なヤツだ。
「くはは、どうだぁ!? 貴様のようなゴミが僕に盾突こうとするからこうなるのだ!! 土下座でもしてみるかね? ん? ん?」
「ぜぇ……ぜぇ……、はっ、随分と見下してくれるじゃねぇか……。……悪ぃけど見下されるのは慣れてんだ……。そっからの足掻き方もな……」
ググッと膝に力を入れて何とか立ち上がる。
……本当に、何とかといった感じだ。
「ほほう……? それでは見せてもらおうか? その――」
「――ウチにな、エテリナってのがいるんだよ……。……分かるか? あのちょっとばかりネジの外れた格好をしたヤツだ……」
にやにやと嫌な笑顔を向けてくるケインの言葉を遮ってやると、俺はそのまま、最後のマナポーションを飲み干していく。
「……ぷはっ、そいつがふざけて自分の胸元をクイクイひっぱってた時があってな……。まぁそのままバツンといっちまったんだよ、こう、胸の部分がな……?」
「……気でも触れたか? こんな時になにを……」
「まぁ聞けって。……あの恰好な、バカほど奇抜なもんだが、あれでちゃんとした装備品なんだよ……。そんなもんが、なんであんなに簡単にちぎれちまったのか、今『コイツ』を思い切り使ってようやく分かった……」
ナイフを持つ手に力を込める。
「コイツはある一定以上のマナを込めると、斬撃を延長してくれるみたいなんだよ……こんな風にな!!」
「ッ!!?」
俺は力いっぱいにナイフを横に振りぬいてやる。すると……。
びしりと、三体の魔物に小さな傷がついた。
「……? ……ぷっ、くはははははははッ!!! これか!!? このゴミのような抵抗が!!! 貴様の最後の悪あがきか!!!! ひははははは!!!!」
ケインの不快な笑い声の中で、俺は再び膝をつく。
……そりゃそうだ。
エテリナの時も装備品に傷がついたぐらいで、本人はピンピンしてたからな。
これだけ距離があれば、威嚇にもなりやしないだろう。
だがな……!
「……おいもう忘れたのかよ? ……ついさっき、丁寧に説明してやったばっかだろうが……!」
「……? ……――〰〰ッ!!!? まさかっ!!?」
気付いたところでもう遅い……!
威嚇未満の小さな『傷』でも、俺にとっちゃ十分だ……!
このナイフ……『オーヴァナイフ』とでも名付けようか。
それと俺の『バッシュクラック』。この二つがそろって初めて成せるこのスキル……、そうだな――。
「……爆ぜろ!! 『オーヴァクラック』ッ!!!」
――――バギイィィィンッッ!!!!!
鈍い音を立てながら、魔物に刻まれた傷跡が炸裂する。
「ば……っ、ばかなぁあぁぁぁああぁあ!!!!!?」
勇者級と呼ばれるその力、そのありったけを込めたんだ。
戦闘でのダメージを考えりゃ、S+の魔物といえどもひとたまりもないだろう。
……これでもう、コイツの目的は潰えたってワケだ。
「あ、あ……。う、うそだ……こんな、こんなことがあっていいはずがない……。僕の正当な復讐が……こんなとるに足らぬ男一人などに……」
放心状態で膝をつくケイン。
ぶつぶつと虚ろな目をしたその上に、ブリガンディゴーレムの巨体が倒れこむ。
「……!? おいバカ!! 離れろ!!!」
叫ぶや否や、ケインを下敷きにするように倒れるゴーレム。
……だがその瞬間、戦闘でボロボロになった床に、ひときわ大きく亀裂が走った。
ここにはトラップの落とし穴もあったはずだ。
それもあってか、これほどまでにボロボロになっては、床としての機能を維持することができなかったのだろう。
辺りを巻き込む様に、ガラガラと音を立てながら下の階層へと崩れ落ちていく。
……あの様子じゃあ、恐らく無事ってワケにはいかないだろう。
いろいろと、な。
「……はっ、最後はこんな終わり方かよ。……ふさわしいと言えば、まぁそうなのかもしれんが……な……」
俺はポツリとそう呟く。
……そしてそのまま、ばたりとその場に倒れこんだ。




