第3話 はい、ポンコツー
「ボクの名前はトリア・ラムネーヌ!! いずれ『勇者』になる者だよ!!」
まるでババーンとでも言いたげな様子で、ドヤ顔の自己紹介を披露する少女。
…………なにこれ?
とりあえず、拍手でもしときゃいいのか?
「……う~ん、ちょっと違ったかな? もう一回いい?」
「は?」
俺の返事を待つことなく、そいつは投げ捨てたマントを拾い上げるといそいそともう一度身につけはじめた。
そしてそのままさっきと同じようにマントを投げ捨て……。
「こほん。……ボクの名前はトリア・ラムネーヌ!! 覚えておいていいよ! いずれ『勇者』になる、このボクの名前をね!!」
「いや、やり直す必要あったこれ?」
……
…………
……………………
「……そんで、その未来の勇者様が俺に何の用で?」
唐突に現れた騒がしいその少女。
そいつに至極真っ当な疑問をぶつけてやる。
「ふふん、まぁ気になるよね? あ、喜んでいいんだよ? おっちゃんにとっても、これは悪い話じゃないし。むしろ……」
「ええい、いいからはよ言わんか」
もったいぶるそいつの言葉を遮って、俺は要件を促した。
ただのくたびれたおっさんに見えるかもしれんがな、だからって持て余すほど暇ってわけじゃなんだぜ?
「ふふふ、まぁ焦らない焦らない。 ――光栄に思っていいよ! おっちゃんをボクと一緒に戦う仲間に入れてあげようと思ってね!」
「あ、遠慮します。そんじゃ」
俺はそそくさとそいつの横を通り過ぎ、再び岐路へとつく。
今日はいろいろあって疲れた。帰ったらすぐに……。
「ま、まって! まってよぉ! 話を! 話だけでも聞いて!!」
「ええぃ! 腰にすがりつくんじゃない! おっさんの腰の繊細さを知らんのか!」
その繊細さたるや、ガラス細工にも引けをとらんのだぞ。
「だいたいな、ここらで見ない顔だから知らんのだろうが、俺ははっきり言ってびっくりするぐらい弱ぇぞ!? 仲間に入れたいとか見当違いも良いとこで……!」
「そんなことないよ! だってボク見たもん!」
「なにをだよ!?」
「おっちゃんが、ヴェノムトードを一撃で倒すところ!」
……げ、あの場にいたのか、油断した。
そんな俺の胸中を知ってか知らずか、そいつは得意げな様子で改めて態度や態勢を整えなおす。
「ふふん、でもま、ボクだってただ見た光景を鵜呑みにするほどバカじゃないよ? 街でおっちゃんの情報や評判だって集めてきたしね!」
……俺の評判ね。
まぁ、あまり良いモンじゃないことぐらいは想像がつく。
「でもそうなるとボクが見た光景に説明がつかないでしょ? そこで思ったんだよねぇ……」
……っ!?
まさかコイツ、俺の『スーパー大器晩成』に何か気付いて……!?
「もう考えるのめんどくさいから、とりあえず誘っとけばいいかなっーて」
はい、ポンコツー。
警戒した俺の方がアホみたいじゃねぇか。
……しかしどうしたもんか。
振り払って逃げるにしても、おっさんの体力じゃあコイツの若さに勝てそうにないしなぁ。
歳はとりたくないもんだねホント。
「……はぁ。とりあえず俺の部屋そこの二階だからよ。外で話すよりは、幾分かマシだろ」
「え、ホントに!? まったくー、最初っから素直にそうしてくれればいいのにおっちゃんのツンデレさんめー」
こいつ……。
まぁいい、反応したところで俺が疲れるだけだ。
そんなことを考えながら、ひとまず部屋の前までやってくる。
「ちょっと待ってろ、少し片付けてくるからよ」
「えー? 別にボク気にしないよ?」
「俺が気にするんだっつの、ったく……」
そのまま俺はトリアとやらを外に残し、愛しの我が部屋へと帰還する。
んでもって……。
……がちゃり。
「…………ん? あれ? ねぇおっちゃん、なんかガチャッて音が聞こえたけど……ひょっとして鍵とかかけてないよね?」
「ん? いいや、かけてないぞ? ……あ、でもなんか急にドア壊れたわ。悪いけどまた今度な」
壊れたのなら仕方ないね。うん、仕方ない。
まぁ、またの機会があるかどうかは知らんが……。
「うそだぁ!! そんな簡単にドア壊れるの見たことないもん!」
「いやホントホント。俺も初めての経験だわ、びっくり」
「めっちゃ棒読みじゃん! 絶対嘘だもん!!」
ガンガンとドアを叩き始めるトリア。
ドアには悪いがここは我慢してもらって……。
「あけて! あけてよおっちゃん! ねぇてばー!! あっ、ぱんつ!! ぱんつぐらいなら見せてあげるからぁ!!」
「おい何言ってんだやめろ!! ご近所さんにあらぬ誤解をされるだろうが!!」
最近の世間は結構そういうのに敏感なんだからな!?
――結局、しばらく続いたドア越しの攻防は俺の根負けによって幕を閉じた。
非常に不本意ではあるんだが……あのままパンツを連呼されれ続けた日にゃ、ただでさえ高くない俺の評判が地を這うどころじゃ済まなくなるからな……。
「うっ……、うぐ……。ひっく……」
部屋に迎え入れたトリアから滴り落ちる涙と鼻水。
マジかよコイツ、この歳で初対面のおっさん家の前でガチ泣きしてやがったのか……。いろんな意味で恐ろしいヤツだ。
「ほら、まぁ俺も悪かったからもう泣き止めって、な? ココアでも飲むか?」
「……ぱんつ」
「ん?」
「すぐ部屋に入れてくれなかったから、やっぱりぱんつ見せたげないもん……」
あれコイツまだ結構余裕あるなこれ。
「……俺見たいって言ってねぇだろ」
「あー! じゃあなに!? おっちゃんはボクのぱんつ見たくないの!? ボクのぱんつの何が不満なの!? ホモの人なの!?」
なんなのこいつめんどくせぇぇぇぇぇ!!
「あーもう、んなことよりだ! 仲間ってことはお前も冒険者だろ!? ……俺はもう冒険者を引退したんだよ。だから……」
正確にゃまだ手続きもすんでねぇし引退予定ってとこだが……まぁそれは黙っておいてもいいだろ。
「え!? ダメだよそんなの! 誰に断って勝手に引退してるの!!」
「なんでお前に許可とらにゃならんのだ」
初対面もいいとこだぞ。
「ちょ、ちょっとまって! ほらこれ! これ見て!」
これっつーと……冒険者カード?
こんなもん見たところで……。
「トリア・ラムネーヌ15歳、この歳で……レベル25!? しかもマナプール二千超えだと!?」
上級冒険者クラスじゃねぇか!?
与えられた恩恵は『進め!勇者道!』。
勇者になるっつうのも、あながちホラをふいてるワケじゃないのかもしれん。
……いや、だから何なのって話なんだが。
「ふふん! そうだよ? ボク結構強いんだから!」
うわコイツ、あんだけベソかいてたのにもう立ち直りやがった。
単純な奴だよホント、意外でも何でもないがな。
「だから今がチャンスだよ!? こんなに強い女の子と仲間になれる機会なんてこの先きっともう無いよ!? おっちゃんもそう思うでしょ!?」
「いやいやいや! それこそお前、冒険者ギルドで募集すりゃもっといいヤツ見つけられるだろ!? なんで俺なんだよ!」
このクラスの冒険者なら、仲間集めに苦労なんてせんだろうに。
……昔の俺と違ってな、泣けるよホント。
「うん、それがね……。おっちゃん、ボクを見て何か気付くことはない?」
……? なんだ?
おもむろに立ち上がったかと思えば、なんだかくねくねとポーズをとりながら片目だけぱちぱちさせて……。
「えー、あー……。わかった、ラミアのものまねが超ヘタで……」
「えぇラミア!? もー違うよ! ボクカワイイでしょ! 美少女でしょってこと!」
マジかよ、こいつ自分で言うのか……。
今の若いヤツって、みんなそうなの?
「だからさーボク思うんだー。こーんなに可愛くて強いボクが、必死に頑張らなきゃいけないのってちょっと違うんじゃないかなーって」
ん?
「もちろんいざという時にはちゃんと戦うよ? だってその方がカッコイイし……でもさ、それまでは皆が頑張って、ボクを甘やかして、楽をさせるべきだと思うんだよねー?」
あれ?
「それなのにみんなヒドいんだよ!? パーティ組んでたコにはついてけないって言われるし、仲間に誘ってあげた人にはふざけるなって言われるし……」
おいコイツろくでもないぞ。
「ね、みんなひどいよね!? おっちゃんもそう思うでしょ!?」
「……うん、帰れ」
俺は笑顔でトリアを放り出すと、再びガチャリと鍵をかける。
防犯意識は大事だからな。
「うぇえなんでぇ!? 開けてよおっちゃん!! あけてってば……あっ、おへそなら!! おへそぐらいなら触らせてあげてもいいからぁ!!」
「おいそれやめろっつってんだろ!? ここ住めんくなったら、お前の部屋に押し掛けるからな!」
いやまて、自分で言っといてなんだがそれはそれで問題だな……。
つか、なんでへそなんだよおっさんそういう趣味でもあると思われてんの?
へこんじゃうよ? へそだけに。
「じゃあ一回だけ! 一回だけでいいから探し物手伝って!」
「探し物だぁ?」
どうせまたロクなもんじゃないだろうよ。
ま、何を探すところで手伝いはせんが……。
「おばあちゃんの形見の指輪! それを探すの手伝ってくれるだけでいいからぁ!」
………………………………それはずるくない?
いやー、それはずるいってホント。
だってなぁこれ……。
……はぁ、しかたがないか。
俺はガチャリと鍵を開け、再びトリアとのご対面を果たす。
「……! おっちゃん!」
「……一回だけだ。それ以上はもう知らんからな」
「うん! えへへ、おっちゃんありがとー! 今度はホントに、ちゃーんとおへそ触らせてあげるからね!」
「遠慮しとくよ、まったく……」
ま、あと十年早く生まれてくれてりゃあもう少し喜んだりもしたかもしれんがね。
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