第26話 ここは素直にほめてやろう
「んむ……すやすや……」
「こいつ……」
もう昼前だっつうのに、がっつり人のベッド占領して眠りこけやがって……。
というか、すやすやなんて寝言本当に言うヤツ初めて見たぞ。
「おら、トリア起きろっての。もう昼前だぞ、起きろって」
「むにゅぅ……駄目だよおっちゃんそんなトコさわっちゃ……えっちぃ……」
おいやめろ。寝てる時までむやみに俺の評価をさげるんじゃない。
またいらん誤解をされるだろうが。
……あーもうほれ、クヨウが『まさかお前……』みたいな顔になってんじゃねぇか言わんこっちゃない……。
「イルヴィス……まさかお前……」
いや口にまで出しちゃったよ。
「ふはぁ~……よくねたぁー……」
「よくねたぁー……じゃねぇっつの、お前また最近だるんだるんじゃねぇか。レベリングなんかも疎かになってんじゃねぇのか?」
ちょっと前までめずらしく頑張ってるな、なんて思ってたらすぐこれだ。
「ふふん、そんなことないよ? これはむしろ頑張ってるからこその充電期間! お休みだって大事なんだからね!」
物は言いようだなまったく……。
確かに休息は大事だが、それだって過ぎればただの怠け者だぞ?
ま、あんまり俺がとやかく言うことじゃねぇけどよ。
「にゃー、ねぇオジサン? そろそろウチらの装備品もここに置いておいてもいいんじゃない? 場所が無いならー、ウチがもう一個あたらしい背中の一坪とか買ったげるよ?」
いやそこで『うん、買って買って』なんつったら、もうおっさん完全にヒモみたいじゃねぇか。
仮にそうでなくても……。
「遠慮しとくよ。……そしたらお前、どうせ自分の部屋帰んねぇだろうが」
「にゃーもっちろん!」
もちろんって言っちゃった。
せめて隠そうとはせんかい。
ダンジョンへ向かう際の装備品なんかの準備は、それぞれ自分の部屋でさせてるからな。
学校帰りに直接ここに来れるよう、ハクの分だけはうちに置いてあるが。
流石におっさんの部屋で女の子達に着替えさせたりってのは……こう、ばつが悪いというかなんというか……。
いやまぁ、特にトリアやエテリナなんかは勝手にシャワーまで使い出す現状で今さらっちゃあ今さらなんだが……線引きというか、意識ってのは大事だ。
どうにも最近はスキンシップの境界も曖昧になってきてるみたいだしなぁ。
年頃の女の子達だ、いろいろと気を付けてやらんと……。
「イルヴィス、今日ハクの学校は昼までだろう? ネルネもそろそろ来る頃だろうし、昼食を作るなら手伝うぞ?」
「お、そうか? いつも悪いなクヨウ。……お前はきっと良い嫁さんになるよ」
「お、お嫁しゃっ!? なっ、なんだイルヴィスいきなりそんな……! ば、ばかもの!! この、ばかもの!!」
えー……?
俺今ほめたよね? なんで怒られてんの?
「わーいごはんごはんー! ねぇねぇ、今日のご飯はなにー?」
「いや子供かよ。……お前な、こう少しは手伝おうとか思わんのか」
「ふふふ、そんなこと言って良いのおっちゃん? ボクがお手伝いなんかしたら……きっと大変なことになっちゃうよ?」
……! なるほど確かにそれは否定はできん。
できんがしかし……。
「なにをドヤ顔で開き直っとるんだこのポンコツ娘が」
「あはははははっ!! まっておっちゃんそれずるいから! てか今またポンコツ娘って言った! もー! あははっ!! あははははははっ!!!」
くすぐりスイッチ。
練習がてら作ったもんだが、あれからも随分と活躍してくれている。
主にこういう時にな。
「にゃー! トリニャーだけずるーい! ウチもかまってー」
「あ、こら待てエテリナ! お前までそこに混ざったら余計に収拾がつかなくなってしまうだろうが! おい、聞いてるのか!」
クヨウがエテリナをたしなめる。……その効果はまぁ見ての通りだが。
相変わらず賑やかなもんだよホント。
クヨウの首の痕を見る。
――あの事件からもう一か月になるか。
少し前から、トリアとネルネはルームシェアを始めたようだ。
昨日からネルネが泊りがけでスライムの学会? 研究会? とやらに行っているため、仕方なく今回だけは泊めてやっていた。
ケインのヤツのことは、まぁいろんな意味で結構な騒ぎにもなったりしたが、それも徐々に落ち着いてきている。
もうすぐ別の大きな祭りが始まるからな。みんなそっちに意識を持ってかれてるんだろう。
今年の勇者検定の第一次試験まで、もうあと一月も無いぐらいだからなぁ。
「ただいまですおじさま!」
「た、ただいまおっちゃん……。い、一度家に寄ってたら、す、少し遅くなってしまった……」
そんな感じで、しばらくすると二人も部屋にやってきた。
ネルネもハクと同じように直接来ればよかったのに、なんて思うが、まぁ女の子だしな。そのへんいろいろとあるんだろう。
「二人ともちょうどよかった。今しがた昼食の準備が終わったところだ、手を洗ってくると良い」
「はい! あ、そのあとハクも運ぶの手伝いますね!」
うんうん、良い子だよホントに。
「にゃふ~。それでー、今日のお昼は何かなー?」
「今日は良いトマトがあったからな。気温も高いし、冷製のパスタにしてみた」
「やたー! おっちゃんの料理もおいしいけど、こう、女子力っていうの? そういうのはクヨウの圧勝って感じがするよね! おっちゃんも見習わないと!」
そりゃあ、おっさんは女子じゃないからな。
つーか女子力とか、お前もよくわかっとらんだろう。
「で、でも、前におっちゃんが作ってくれた、あんかけチャーハンとやらは絶品だった……。と、特にドロドロのスライムがかかっているような見た目が良い……」
「……言っとくけどその称賛で喜ぶのお前だけだからな」
「!? そ、そんな……!? 最大級の褒め言葉なのに……」
いやまぁお前にとっちゃそうなんだろうが……。
ま、俺はうまいっつって食ってくれりゃ、それでいいんだけどよ。
「あれ? おっちゃんそっちのはなぁに?」
「ん? あぁ、残ったトマトソースにひき肉を加えて、チーズと一緒にバケットにのせて焼いただけのもんだが……しかしまぁ? こんな女子力の低いモン、トリアさんはお気に召さんだろうがなぁ?」
「えっ!? うそうそ食べる、食べるからぁ! いじわるしないでよぉ!」
ふはは、ま、冗談だよ冗談。
「ほらおじさま見てください! ハク、テストで満点取ったんですよ?」
「お、頑張ってるなハク、えらいぞ?」
食事が終わると、ハクは鞄からテスト用紙を取り出して見せてきた。
冒険者の鍛錬も続けたまま、勉強なんかもきちんと疎かにしていないことが見て分かる。えらいもんだよ本当に。
最近では随分とマナの操作にも慣れてきているし、冒険者ギルドへの本登録もそれほど先のことじゃないだろう。
「えへへ……。えと、じゃあまたその、いつものをお願いしたいんですけど……」
「う、いつものか……」
「あ、あの、だめ、ですか……?」
駄目というかなんというか、うーむ……。
しかし俺はこの目に弱いんだよなぁ……仕方がないか。
俺はハクの腰に手を回し、少し力を入れつつ、耳元で囁いてやる。
「……えらいぞハク? ハクは俺のモノだもんな? これからも俺のために頑張ってくれよ……?」
「はぁ……! はい、ハクはおじさまのモノです……! おじさまのために、これからもたくさん頑張ります……!」
あの事件からこっち、ハクはどうにもこのやりとりがお気に入りみたいだ。
参考にした恋愛小説みたいなシチュエーションに憧れてるってことなんだろうが……いや正直おっさんにはキッツイんだってホント。
「……にゃふふ、ハクちーもだいぶ極まってきてるねー。まぁ? ウチとしては大歓迎だけどー?」
「な、なんと言うか……おっちゃんも少しずつ慣らされたせいか、こ、この光景のアレさに、あんまり気付いてないからな……」
「私としても止めるべきだとは思うのだが……ハク自身が望んでいる以上なんとも……」
「ん? どうしたよ皆ひきつったような顔して……?」
なにやら小声で話していたみたいだが……。
「い、いや、なんでもないんだ……うん……。そ、そんなことより、さっき会場の近くを通ったんだけど……もう随分とにぎわってるみたいだぞ……」
会場? つーと……。
「にゃふふ、勇者検定、もう来月だからねー? それでもちょっと気が早いような気もするけどー?」
「今回はケインの件でもいろいろあったみたいだからな。国や冒険者ギルドも、それを挽回するために力を入れているのだろう」
確かにフーのヤツもそんなようなコトを言ってたな。
『不適切な人物を勇者候補に選定した』とかなんとかで、まぁなんのかんのと有ったり無かったりしてるらしい。
「あ、冒険者ギルドといえば……、と、トリア、こんなものが届いてたぞ……」
話の途中、ネルネが思い出したように、袖から一通の封筒を取り出した。
……随分と仰々しい封筒だな。
「冒険者ギルドから? なんだろう? ……はいおっちゃん開けてー?」
いやなんでだよ。
つーかこいつ、自分に届いたモンを俺に読まれるのに抵抗ないのか?
まぁいいけどよ……。
そんな風に思いながら封筒を開けてみる。
えーっとなになに、勇者……候補……選定………………書?
「…………は?」
「え? どしたのおっちゃん?」
おいおいまてまて、まさかコイツは……。
「……トリアお前あれだ、なんつーか……勇者候補に選定されたらしいぞ?」
「え? ………………えーーーーっ!?」
――勇者候補選定書。
その名の通り、というか、まぁそのまんまのモノだ。
恐らくは少し前のレベルアップやあれこれで評価されたんだろう。
その書面には間違いなく、トリアの名前と勇者候補に選定された旨が書き記されていた。
「す、す、すごいぞトリア……! ゆ、勇者候補だって……!」
「はい! おめでとうございます!」
「ふふ、そうだな。私も同じ勇者候補として、負けていられないというものだ」
「うへへ、どーもどーも~! ほらほらおっちゃんも! もーっとボクを褒めたりしてくれていいんだよ? さぁさぁ、とーう!」
「うご!? お前いきなり膝に飛び乗ってくるんじゃねぇよ、まったく……」
「まぁまぁ~、くるしゅうないくるしゅない~」
目に見えて調子にのっとるなコイツは……。
こんなだるんだるんな奴を勇者候補なんかに選定していいのかね、なんて思ったりもする。思ったりもするが……。
「ま、そうだな。……よく頑張ったよホント」
「えへへ~」
ここは素直にほめてやろう。
コイツが頑張ってたってのは事実だからな。
そうでなけりゃこの歳でレベル26になんてなりやしない。……最近はまたサボり気味だったみたいだがよ。
なんだかんだで、トリアにはセンスや才能がある。
おししょーとやらにシゴかれたお陰か、それを腐らせずに磨きもかかっているうえ、恩恵である『進め!勇者道』もすべてのステータスを向上させる、なんて言う破格なものだ。
そんなわけで正直、いつかはこういう日が来るとは思っていた。
……まぁ、調子どころか図に乗りそうなんで、口に出してはやらんかったがな。
「にゃー、しかもコレ特例として、希望すれば今回の勇者検定にもエントリーできるみたいだよ?」
「本当だな……。私とエテリナはひと月前、期日ギリギリでエントリーを済ませたが……トリアはどうするんだ?」
「ふふん! もちろん…………あれ? おっちゃんお客さんじゃない?」
話の途中、トリアの言う通り、部屋の中に呼び鈴の音が鳴り響いた。
今日は来客の予定もなかったはずだが……。
「あ! ねぇ、ひょっとしておっちゃんにもこの封筒が届いたんじゃない!?」
「なわけねぇだろ、残念ながらな」
余計な期待をさせないよう、適当にあしらって玄関に向かう。
……しかし最近、呼び鈴が鳴って何事もなかったことが無ぇからなぁ。つい身構えちまうねどうにも。
警戒しながら扉を開けると、そこには物々しい雰囲気の男たちが立っていた。
その姿を見るに……役人と衛兵……? なんでうちに……。
「……イルヴィス・スコードだな?」
「え、あぁはいそうっすけど……」
そいつらは懐から一枚の紙を取り出すと、びしりと見せつけるように突き出してくる。そしてそこには――。
「イルヴィス・スコード。貴様に『国家反逆罪』の容疑がかかっている。……一緒に来てもらおうか」
「……え?」
「……………………え?」




