第22話 手遅れになる前で良かったよ
注文していた食事を済ませ、冒険者ギルドを後にする。
……誤解なんかを解こうにも、あそこであれ以上話を続けたとしても、どうにも俺の心証に良くないのは明白だ。
クヨウには俺の部屋の住所を伝えておいた。
今日アンリアットについたばかりのようで、一度冒険者用の宿にチェックインを済ませてからこちらに来るそうだ。
「……あれ? おじさま、なんでしょうかあの人だかり……」
部屋に戻る途中、ハクが見つめる方に目を向けると、女の子の黄色い声援に囲まれた、金髪の男の姿があった。
「にゃー? あれはケイン・マクラードだねー。ウチは興味ないからあんまり詳しく知んないけど、確か結構な権力者の息子でー、勇者候補の一人だったような……?」
ほぉ、アイツも勇者候補なのか。
もうすぐ勇者検定の時期だからな。俺達の住むアンリアットにも試験会場の一つが設置されるため、あちこちから勇者候補が集まってくるってワケだ。
……しかしなんだな、権力も実力もあってルックスも抜群。
俺が朝エテリナにやったカベドンとやらも、アイツが取り巻きの女の子たちにやったりなんぞしたら、さぞかし様になるんだろう。
不公平だねぇ人生ってのは。
ま、そんな苦味なんかも、味わい深いと思えてこそか。
「――おいそこの貴様」
つらつらとそんなことを考えていると、不意に男に呼び止められる。
声の主はと言えば、今まさに話題にしていたケイン・マクラードその人だ。
「……貴様、知っているぞ。イルヴィス・スコードだな」
「え? あぁまぁそうだけど……」
なんだ? また俺が忘れてるだけでどっかで会ったことでもあるのか?
もしそうならおっさん、自分の脳にちょっと自信がなくなるよ?
「貴様の悪評は聞いている……。大した実力も無いにもかかわらず、卑怯な手段で手柄をあげるているようなヤツだとな……! 大方そこの彼女たちも、そうして無理やり従わせているのだろう……捨て置けぬ所業だ!」
よかった俺が忘れてるワケじゃなかったか…………いやいやいや、良くない良くない良くない。
「なんて言うか、おっちゃんの評判すごいことになってるね?」
「……お前な。何を他人事みたいに……」
元はと言やお前が原因みたいなとこもあるからな?
……家帰ったら腹いせに、おもっくそ脇腹をつつき倒してやろう。
「麗しき少女達よ、私が来たからにはもう安心するといい。……その悪党は私がなんとかする……! さぁ、早くこちらに!」
「……えーっと、心配してくれてるところゴメンなんだけど、ボク達べつにイヤイヤおっちゃんと一緒にいるワケじゃないよ? 弱みだって握られてないし……」
お! 良いぞトリア! めずらしくまともなフォローじゃねぇか!
もっと言ってやって!
「なっ!? イルヴィス貴様……! 彼女たちの口から無理やりそのように……いったいどれほどの弱みを握っているというのだこの下郎が!!」
えぇ……?
たまにちゃんとフォローが機能してくれたかと思えばこれかよ……。取り巻きの女の子達も同調してるようで、何やら一触即発的な雰囲気だぞ。
おっさん完全に悪者だね。泣きそう。
「あ、あのおじさま? ハクもですよ! ハクもイヤイヤなんかじゃなくて、むしろおじさまが『こうしろ』って言うならハクは例えどんなことだって……!」
うんうん、大丈夫だってちゃんとわかってるからな? でもちょーっとややこしくなるから今その話題は少しストップしようか。
……しかしこれはどうしたもんかね。
集団の空気ってのは恐ろしいからなぁ。きちんと弁明してもまともに聞き入れてくれるかどうか……。
「……しゃーない、エテリナ。頼んでもいいか?」
「にゃーい! 『モックスモッグ』ー!」
エテリナがスペルを唱えると、周りに目くらましの煙が現れる。
街中で魔法を使うのはご法度ではあるのだが……まぁ誰かを傷つけるわけじゃないし、何とか勘弁してもらいたいね。
そんなことを考えながら、俺達はその場を後にした。
「……おーいネルネー? ほら起きろー?」
声をかけながらネルネのほっぺをぷにぷにしてやる。
「うにゅ……す、スライム……?」
いや誰がスライムか。
あの後家に帰ってくると、ベッドでネルネが熟睡していた。
……別にこのまま寝かせてやってもいいんだが、初対面の相手が来る手前、寝顔を晒すのは女の子的にアレだろうからなぁ。
「あ、あれ……? 寝ちゃってたのか……。ろ、論文で徹夜してたからつい……」
じゃあわざわざおっさんのベッドなんか使わんでも、自分の部屋で寝ればいいだろうにまったく……。
そして予定通り呼び鈴の音が鳴り響く。どうやらクヨウもやってきたようだ。
「――い、引退だと!? 冒険者をか!?」
俺の言葉に、クヨウは驚くようにそう返す。
まぁおっさんにもなぁ、いろいろとあったんだよホント。
ちなみに噂の弁明は、なんと言うかこう……それっぽくアレして話したら結構あっさりうまくいった。
……いやチョロさが過ぎない? おっさんやっぱり心配だよ?
「え、えと……く、クヨウはおっちゃんのこと、昔から知ってるのか……?」
「……ああ、私は勇者候補なんて言われてはいるが、それほど能力に恵まれているわけじゃないんだ。マナプールも大きくないし、与えられた恩恵も、おおよそ戦闘向きとは言えないものだったからな」
クヨウの恩恵は『脱兎のごとく!』。
『逃げ足が恐ろしい程に速くなる』なんて能力だったはずだ。……まぁ確かに手放しで戦闘向きとは言えんかもしれんね。
「いろいろと諦めようかとも思っていた時、出会ったのがイルヴィスだった。どれほど笑われようと、それでも腐らず前を向くその姿に、私も信念を曲げるものかと思わされたものだ。それなのに……」
クヨウがちらりとこちらを見る。
「それなのに……何故このような腑抜けた姿に……」
「……言われてるよ、おっちゃん?」
「いやまぁそれに関してはホントに申し訳ないトコだわ」
「そういえば、クヨウも勇者候補なんだよね? やっぱり勇者検定を受けるためにアンリアットまで来たの?」
「いや私は……。――そうだな、私もその為にここまでやってきたのだ」
……? なんだ? 今一瞬、否定をしようとしなかったか?
紅いスカーフを握りしめるその表情は、いつものクヨウと変わらないように見える。見えるんだが……。
「そうなんだ! 町にも一人いたよね? えっと、ケイン? だったっけ?」
「……っ!?」
……! クヨウの顔色がまたほんの少し変わった……ような気がする。
他の奴らは気付てないみたいだが、なんというか、意図的にポーカーフェイスを貫いているように見える。……少しだけ、つついてみるか。
「……なぁクヨウ? そのスカーフずっと気にしているみたいだが……結構大切な物だったりするのか?」
「え? ……あっと、そうだな。その、とても大切なもので――」
「――いいや、俺にはとてもそうは見えんのだがな……!」
俺は身を乗り出して腕を伸ばす。
そして強引に、クヨウのスカーフに掴みかかった。
「い、イルヴィス何を……!? や、やめてくれ! 離して……!」
「おじさま!?」
「お、おっちゃん……!? ど、どうしたんだ急に……!?」
「……このスカーフ、大事なものと言うには、随分とぞんざいに扱われてるみたいじゃないか。……本当は、こいつを首から手離せない、別の理由があったりするんじゃねぇのか……?」
……はっきり言って、今の俺は最低だ。それは自分でもわかっている。
だが今のクヨウのを見ていると、どうにも嫌な感じがするのだ。
今無理にでもこうしなければ、きっと何か手遅れになっちまうような、そんな確信。……自分でも何故そう思うのかはわからんがな。
俺は力任せにクヨウのスカーフをまくり上げた。
そして――。
――クヨウの首には、その白さには似つかわしくない、首輪のようなものが巻き付けられていた。
「……おっちゃん、エテリナがもういいって。それと……おっちゃんが心配してたようなことは何もなかったみたいだよ?」
「……そうか。そいつは――」
――良かった、とは言い難いところだな。まだ根本的な解決にはなっていない。
本当に喜べるのは、あの首輪を何とかしてからだ。そんなこと考えながらハクと一緒に部屋に戻る。
男の俺や、子供のハクには言いにくいこともあるかもしれんと思い、ひとまず席を外していたんだが……どうやら杞憂だったようだな。
……本当に、杞憂で済んでよかったよ。
「にゃーむ……。オジサンの予想通り、マジックアイテム『隷属の首輪』……に、限りなく近いものって感じかなー? でもまだ本起動はしてないみたい」
隷属の首輪。
奴隷用に開発され、今は禁止指定をされているマジックアイテムだ。
「本起動、つーと……」
「うん、隷属の首輪が完全に機能するにはー、装着してから一年ぐらいの時間がかかるからねー。今機能してるのは軽い口外防止と……破壊防止用に仕掛けられた魔法ぐらいかな?」
「……エテリナの言う通りだ。……もっともアイツは、この状況さえも楽しんでいるみたいだったがな」
『アイツ』、ね……。どうにも口外防止ってのは本当みたいだな。
「イルヴィス私は……。私はたとえ口外防止の魔法がなくとも、お前にこのことを話すつもりはなかった……。こんな無様な姿をお前には……お前だけには見られたくなかったのだ……!」
うつむきながら、心情を絞り出すクヨウ。
その言葉に俺は――。
「……なぁクヨウ? 本当に何かをされたりしたワケじゃないんだな?」
「……それは本当だ。アイツは慎重な奴みたいでな。何か命令するにも確実に首輪が機能してからだと考えていたようだ。だから――」
「……そうか、それなら遠慮はいらんな。……荒療治を開始します」
「……へ?」
「――あはははははっ!!! まて! まってイルヴィスなんだこれは!!? あはは!!! あはははははっ!!!!!」
……流石に涙目になってきたな。少し手を止めてやろう。
くすぐりスイッチ。今の俺が持つ、唯一のアクティブスキルだ。
「はぁっ、はぁっ……! い、イルヴィスお前……っ!? 一体なにを……っ」
「言ったろ荒療治だって。…………お前なぁ、何もなかったから良かったものの、これで俺が後からこのことを知ったら、後悔どころの話じゃ済まんかったぞ?」
「う、それは……その……」
しょぼんとしながら口ごもる。
「ま、お前にもお前なりの考えがあるってのは分からんでもない。……が、張っていい意地もあれば、張らんでもいい意地もある。……それはわかるな?」
「うん……済まなかったイルヴィス、心配をかけてしまって……」
黒髪を揺らしながら、ぺこりと一度頭を下げる。
ちゃんと考えられる奴なんだ、今回は少しだけ、いろいろなものが目に入らなかっただけだろう。
「けどまぁ、そうだな。…………本当に、手遅れになる前で良かったよ」
心の底からそう思い、クヨウの頭をポンとひと撫でしてやる。
すると――。
「…………………………すき」
「え?」
あれ? 今どストレートにすごいこと言われたような……。
「……? ……〰〰〰っぁああああああ!!!? ち、違う、違うぞ!? 今のはその、心の声と言うか……心の声!? それじゃあまるで私がイルヴィスのことをすごく好きみたいじゃないか!! ああぁあそうじゃなくて!! いやそうじゃないことも無いんだけどそうじゃなくて……!! ああぁ……っ! あーっ!!!」
いや落ち着け落ち着け。
まぁ聞かなかったことにしてほしいっつうならそうしてやるから……。
「あーあ、またおっちゃんは……。もー、そうやって見境なく女の子に手を出すの、どうかと思うよまったく!」
「にゃふふ、こう見えてー? オジサンって結構タラシさんなのかなー?」
ええい、茶化すのはよしなさいっての。
あーもうほれ、クヨウ真っ赤になってんじゃねぇか。
……あれ? ちょっと待てクヨウやばいやばいやばいコレぶっ倒れ――!




