第21話 いろいろとあったんだ!
朝の鍛錬を終えて、誰もいない部屋に戻る。
……随分健康的な生活をしてるもんだよホント。
しかしハクに『自身に見合った正しいマナの扱いは重要』なんて言っていおいて、自分が疎かにするわけにもいかんしなぁ。
「ただいまーっと……」
「にゃ? おかえりーオジサン?」
そして当然のようにいるエテリナ。
……いやまぁそれはもういい。他のヤツらだって似たようなもんだしな。
だが……。
「にゃふふ、シャワー借りたよー? ……なぁにオジサンそんなに見つめて? バスタオル一枚のウチにぃ……欲情しちゃう?」
……つまりこいつがこんな格好をしているのはそう言うワケか。
つかお前、普段の恰好の方がよっぽど露出度高いだろうが……。
そんな思いを込めながら、眉間にこれでもかとシワを寄せてやる。
「にゃふ……あのオジサン……? こんな据え膳的な格好でそんな顔されちゃうと、流石のウチでもちょっと傷つくんだけど……?」
そいつは良い。もっとやってやろう。
俺は再びぎりぎりと眉間に力を入れ始めた。
「……あれ? でもなんだかその目もいいかもって思えてきたような……?」
……なんてこった。成長する変態とかもう打つ手がないぞ。
せめて外ではもう少しまともな格好をしてほしいもんだが……。
……いやまて、俺にはもう一つ切り札がある。
ハクから借りた、エテリナに似た登場人物がいるという恋愛小説。今こそその力を試す時……!
俺はエテリナを壁に追いやると、片腕を壁について逃げ道を塞ぐ。
これで少し口調を強めれば、ハクが言うカベドン? とやらになるはずだ。
「……オジサン? 急にこんな――」
「……いいかエテリナ? 今後そういう格好をしていいのは俺の前だけでだ。……他の場所では許さん」
「え? えっと、でもぉ……」
「――――エテリナ?」
「にゃぁ……! はい……わかりましたぁ……っ」
とろんとした目で返事をするエテリナ。
おお、確かに結構効果的かもしれん。
……が、これはなんというかあれだ。俺も死ぬほど恥ずかしい。
というか割とマジで死にたくなってくるぞ……。
イケメンにのみ許された行為、気軽におっさんがやっていいやつじゃないなホント……。
今後の使用は控えて――。
「おはよー! おっちゃーん!!」
バーンと音を立てるように扉が開き、トリアが部屋に入ってくる。
目の前にはバスタオル一枚のエテリナと、それを壁に追いやる俺の姿。
……ははっなるほど、これはまた面倒なことになりそうだな。
――昼過ぎ頃。
俺は引退書類の息抜きに、酒場のカウンター席に顔を出していた。
……いやホント一向に減らないんだけどアレどうなってんの?
「あれ、めずらしいねイルヴィス。最近は一人で来ることなんてなかったのに」
「ハクは学校、ネルネはスライム的な論文がどうのっつっててな。トリアとエテリナは……まぁいろいろだ。ラガー冷えてるのある?」
朝のごたごたの後、トリアはぷんすか怒りながらも、エテリナと一緒に二人でダンジョンに向かっていった。
アイツにしては珍しく、最近はレベリングに励んでいるようだ。
……つか、なんで俺にだけ腹を立ててんだよおかしいだろ。
理不尽。
「ふふ、あるよ。いつでも提供できるよう、ちょっと便利なマジックアイテムを仕入れたんだ。……それにしてもいろいろか、また面白そうなことになってるみたいだね? 他に注文は?」
「他人事だと思いやがって……。んじゃ、アンチョビのバケットを一皿と――」
二、三軽食を注文し、ウリメイラが準備に取りかかる。
……結局、あれからいくつかのクエストをこなし、何とかこうして食いつなげるようになるまでには持ち直せた。
アイツラにはなんやかんやと言っているが、きちんと感謝もしないとなぁ……。
「……久しぶりだなイルヴィス・スコード」
そんなことを考えていると不意に名前を呼びかけられる。
――凛とした空気を身に纏い、黒髪を携えた一人の少女。
姿から察するに、ミヤビの『サムライ』のように見えるんだが……。
「……えーっと」
「……おい。ひょっとしてお前、私の顔を忘れたんじゃないだろうな……?」
「え!? いや忘れたんじゃなくてほら、思い出せないだけで……」
「な!? それのどこに違いがあるんだこの薄情者!」
いやホント申し訳ない……。
どうしたもんかと思っていると、周りの冒険者が若干ざわつきはじめ、「おい、よく見たらあれ……」「確かミヤビの勇者候補の……」なんて話が聞こえてきた。
ミヤビの勇者候補? ってことは……。
「……お前もしかしてクヨウか!?」
クヨウ・フゥーリーン。
以前荷物運びをしていた時、随伴したとあるパーティにいたヤツだ。
風の噂で勇者候補に選定されたなんて話は聞いていたが……。
「なんだよ久しぶりだな! 随分背が伸びたじゃねぇか、はは! ほら、とりあえずまぁ座れよ?」
「まったく……、そっちは変わってないようだな。……人の顔を忘れてしまうようなデリカシーの無さも含めてだが」
「いや悪かったって……。四、五年ぶりか? 髪も伸びてるし、あんまりにも美人さんになってたもんで気づかなかったんだよ。……許してくれって、な?」
「びじ……っ!? ま、まぁ、そんなに言うなら、す、少しぐらいは仕方ないが……」
あの時はハクと同い年ぐらいだったからなぁ。
時間の流れってのは速いもんだね。
「――よぉ嬢ちゃん、お前さん勇者候補なんだって? そんな役立たずな卑怯モンと一緒にいねぇでこっちで俺達と酒でも飲もうや!」
思い出に浸っていると、相変わらず下品な笑い声でごろつきAが近づいてくる。
……いやこいつのメンタル、オルハリコンかなんかでできてんの?
色々と痛い目見てんのに、まだこんなこと続けてんのかよ……。
もしくは鶏なのかな?
「……悪いが私はまだ16だ。それに、こんな時間から無秩序に酒をあおっている連中と建設的な話ができるとは思えんしな」
「んだと……っ!? ――ちっ、お高くとまりやがって……」
すごすごと席へ戻っていくごろつきA。まぁケンカを売ったところで勇者候補のクヨウには敵わんだろうしな。
……しかし『こんな時間から酒を~』というなら俺も……。
「お待たせイルヴィス。アンチョビのバケットとその他いろいろ。それでこっちがラガー……つまりれっきとしたお酒だね」
うおーい!? タイミングが抜群過ぎんだろ!?
つか酒って強調してるし絶対わざとじゃねぇか!?
コイツは普段クールなくせに、何故か俺に対してだけ、やたらとこういうイタズラ心的なアレを発揮してくるからな……。
「お酒……? イルヴィスお前も……」
「……いやそのこれはな? えーっとほらあれだ、ほんのちょっとだけ……。そう! ほんのちょっとだけ息抜きに頼んだだけなんだよ! だから――」
別に悪いことしてるわけじゃないんだが……。
いやホントなんでこういう時、こう言い訳っぽくなっちまうんだろうね俺は?
「……そうか。まぁ、息抜きは大切だからな。その……少しぐらいは仕方ない」
…………あれいいの?
てっきりごろつきAと同じようなことを言われるもんだと思ったんだが……。
というかウリメイラ。ちょっと残念みたいな顔してんじゃねぇよ。
「……そんなことよりイルヴィス。私は――」
「あ! おっちゃーん!! やっぱりここにいた!」
酒場に響く、おなじみの声。
声の持ち主であるトリアが、そのまま犬のようにこちらへ駆け寄ってくる。……あれコイツぷんすか怒ってたんじゃなかったの? ……まぁ今さらの話か。
「ほらほらみてー! レベル26! レベルアップだよ!」
「お、なんだ頑張ってるじゃねぇか、よーしよし」
「うへへ、もーくすぐったいよー!」
「…………何を人前でいちゃついてるんだお前は」
「おっと、いやこれは……」
……いかんな。
最近何というか、スキンシップの境界が曖昧になってきている気がする……。少し気を付けねぇと――。
「あーん、かぷっ」
「おわぁあ!?」
考えてるそばから首筋にかみついてくるエテリナ。
「お前なぁ、いきなり……」
「――ちょっと待てイルヴィス!? 彼女の恰好はなんだ!?」
エテリナはいつもの下着のような恰好……ではなく、その上から一枚だけ上着を羽織っている。しかし一枚だけではいろいろと隠しきれるワケもなく……。
……いやこれなんだか余計にマニアックになっただけなんじゃねぇの?
「にゃふ? これー? ウチとしてはもっと別の恰好をしたいんだけどー? ……オジサンにこうしろって命令されちゃったからねー?」
いや合ってるけども!?
合ってるけどもいろいろ間違っとる!!
「いや、クヨウ? これはだな……」
「――そうか、なるほど良く分かった……」
クヨウはぼそりと呟くと、すっと立ち上がって俺を睨み付けた。そして――。
「イルヴィス! お前に一騎討ちを……決闘を申し込む!」
えぇ……? ついこないだも同じようなこと言われたばっかなんだけど……。
……お前だぞ、そこでにゃふにゃふ言ってる淫乱ピンク。
もしかして若いやつの間で流行ってんのか?
おっさんもう年だから若い子の流行りとかついていけないよ?
「……聞いたぞイルヴィス。年端もいかぬ少女たちの、その柔肌や下着を性的な目で見るだけでは飽き足らず、あまつさえその弱味につけこんで、願いを聞くと言いながら次々と手籠めにしてると……!」
ぐえー!? なんでそんな話になってんの!?
話に尾ひれがつくどころか、足はやして全力ダッシュしてるじゃねぇか!?
もうそこまでいったらただの犯罪者だろ!?
「もちろん、お前の恩恵のことは知っている。だから私もマナは使用しない。純粋に、己の肉体と技のみで――!」
「いや待て誤解だっつの! 全部根も葉もない噂で、俺も困ってるんだって……。信じてくれよ、な?」
「む……そ、そうなのか? ……ま、まぁ私も最初から鵜呑みにしていたわけでは無いし、お前がそこまで言うなら信じて――」
「そうそうボク達、手籠めとかそんな風にはされてないよ? ただおっぱい見られちゃったぐらいで……」
「ウチもウチもー。あとは意識が飛んじゃうほどさわさわされたぐらいー?」
「――イルヴィスやはりお前……!」
うおーい! 逆効果逆効果!
悪意が無い分余計に性質が悪いんだよ!
「もはや問答は無用! 私が勝ったらイルヴィス! これからは心を入れ替え、私と共に真っ当な道へと進んでもらうぞ! ……もし私が負けた時は、その、私のことも好きにしていい……! な、何をされようが、も、文句は言わん!」
えぇ……? なにその無駄に強い決意……。
つか、それ俺が勝ってもまた変な噂立つヤツだろ……。
俺はクヨウの両肩に手を置き、しっかりと目を見つめながら弁明をする。
「なぁ、聞いてくれクヨウ……」
「な、なんだ急に真剣な顔で……! わ、私はこの程度ではその、ごまかされたりなんかは……」
「確かにコイツらの言うことも間違っちゃいない、だが……。これにはあれだ……いろいろと、いろいろとあったんだ!!!!」
「い、いろいろと……!!!?」
いやもうここまでこじれたらゴリ押ししかない……!!
流石に苦しいか……!?
「い、いろいろか……。お前がそう言うならその……少しぐらいはやむを得ない事情があったのかもしれないな……」
いけたー!!!
……いやちょっとチョロ過ぎない? おっさん心配になるレベルなんだけど。
まぁでもこれでなんとか……。
「おじさまー!」
またもや響く聞きなれた声。
声の主であるハクは俺を見つけると、てててとこちらへ駆け寄ってくる。
そして――。
「あ、あのおじさま! ハク、おじさまに言われた通り、今日はずーっとここに入れたままにしてたんですよ……? 大変だったけど、おじさまに褒めてもらいたくて……!」
そういいながら、下腹部の辺りをさするハク。
……ああ、あれね。重心安定のために、日常生活で下腹部辺りにマナを込めるのを意識してって言っておいたやつね。
あと上気した顔で頬を赤らめて、汗をかきながら息が荒くなってるのは、多分ここまで走ってきたからだね。
……でもちょっと今はタイミングが悪かったなぁ。
「イルヴィス……! お前と言うヤツはこんな小さな子供にまで……!」
いやホント、タイミングがなぁ……。




