第2話 バランスって知ってる?
「――ふぅ、まぁこんなもんだろ」
川の上流に出没するポイズントードを退治すること。
それがリィンさんから依頼された、俺の冒険者生活最後のクエストだ。
こいつの粘液がまたやっかいで、その名の通り弱い毒性を持ってやがる。
数匹程度なら問題ないが、上流で数が集まると川の水が大きく汚染されちまうらしい。
そうなると、周辺でとれる素材の質が変わってしまうだけじゃあなく、人が飲めるぐらいにまで浄化された水でもアイテムの精製には影響が出たりと、いろいろと問題が起こるそうだ。
そんなわけで、定期的にこうして駆除する必要がててくるんだが……ポイズントードはランク無、魔物の中でも特に弱いランクに分類されるからなぁ……。
報酬もそれ相応ってなもんで、冒険者にはすこぶる受けが悪い。
リィンさんの言う『小さな依頼』ってのはまぁそういうことで……。
「……ん? これは――」
周辺にいた最後の一匹を倒した時、手の甲の紋章が熱をもち、刻まれた数字が変わっていく。
「……レベル60、か」
冒険者生活最後の戦闘でレベルアップ。
幸先がいいのかタイミングが悪いのか、よくわからんな……ホント。
ステータスの確認は……まぁいいか、もう必要もないだろ。
そんな風にさぁ帰ろうかと思った瞬間、草の陰からがさりともう一匹、魔物が姿を現した。
……あれ、なんだろうなこれ。なんだか無性に嫌な予感がする。
紅いポイズントード、いやこいつは――!
「――ヴェノムトードか!!」
ヴェノムトード。ポイズントードの上位種だ……!
戦闘力はそこまで大したことはないが、粘液の毒はポイズントードとは比べ物にならん……!
「なんでこんなとこに……! いや落ち着け、俺程度のヤツでも、うまく立ち回れば勝てない相手じゃない……!」
装備を売っちまう前でよかった。
と、そんなことを考えながら瞬時に戦闘態勢を取り、剣を構える。
……距離が近い。
舌の攻撃は鎧で防ぐ。素肌なんかの粘液を防げないような場所に当たったらアウトだ、なんせ今の俺には戦闘をしながら解毒をする手段がない。
飛びかかって来たらカウンターをかます。
まずは一撃、けん制の意味も込めて攻撃してその後は……。
「……状況次第だ。リィンさんには悪いが、いざとなったら一目散に逃亡するしかないかもな」
緊張で乾いた唇を、少しだけぺろりとなめた瞬間、ヴェノムトードは爆ぜるように飛びかかってきた!
「来たか……! カウンターを――!」
――――――ボンッッ!!!!!!
「――…………は?」
一瞬、何が起こったのかわからなかった。
俺の剣がヤツにぶつかった瞬間、破裂するような音がしたかと思うと、その次にはもう、真っ二つになったヴェノムトードが、目の前に横たわっていた。
今この場にいるのは俺だけだ。
あたりに魔法なんかの形跡もないってことは、俺が一撃でヴェノムトードを真っ二つにしたっつうことになるわけで……。
その光景に俺は――。
「えぇ……?」
ぶっちゃけ、若干ひいていた。
……
…………
……………………
……とりあえず、ステータスの確認だ。
目の前に横たわる、真っ二つになったヴェノムトード。
こうなった原因に心当たりが無い訳でもない。
俺に与えられた恩恵、『スーパー大器晩成』。
恐らくだが、その影響が良い方向に向き始めたってとこだろう。
俺は荷物の中から一枚のカードを取り出し、手の甲の紋章にかざしてみる。
『冒険者カード』。
冒険者ギルドに登録すると、全員に配布されるマジックアイテムだ。
今は真っ白なコイツを手の甲の紋章にかざすと、現在の戦闘力やスキルなんかが浮き上がってくる。
便利なもんだねホント。
レベル59の時点で、俺のマナプールは……確か、『48』程度だったハズだ。
さて、60になった今は……。
「…………ろ、『629』……」
バランスって知ってる?
「……いやアホかっ!! もう少しこう……こうなぁ!?」
駄目だ、自分でもわかるくらい語彙力があほになっとる。
いやだって十倍よ十倍?
そりゃレベル60にしちゃぜんぜん低いんだが、それにしたってなぁ……。
「……まぁいい、とにかく力を手に入れた……という言い方が正しいのかはよくわからんが、強くなったのは確かだ」
現在のマナプールから考えれば、今の俺は中級の冒険者クラスってところか。
『スーパー大器晩成』の影響があれば、この先は更にステータスも上がっていくことだろう。
この力さえあれば――。
「……そんで今さら、勇者なんてもんを目指すのかって話だよなぁ」
冒険者には二種類の人間がいる。
誰かのために戦うヤツと、自分のために戦うヤツ。
言わずもがな、俺は圧倒的に後者だ。
強くなれば稼げるし、認められばイイ思いもできる。そのために『勇者』の称号を目指したりもしたんだが……。
勇者の称号を得る条件は三つ。
一つ、国が定める勇者検定に合格すること。
二つ、勇者と認められるようなデカい功績を残すこと。
三つ、レベル80を迎えること。
どれも一筋縄ってわけにはいかないが、それでも少し前の俺であれば、『今からでも頑張ろう』なんて気にもなったかもしれん。
しかしやる気の糸っつーか、そういうもんが切れちまった今となっては……。
……いやいやまてまて! よくない、よくないぞこれは!
苦節二十数年、やっとここまでこぎつけたんじゃねぇか!
この力、きっちり利用しないでどうするよ!?
「そうだ! だったら金、金はどうだ!?」
このまま強くなれば、これまでより難易度の高いクエストなんかもこなせるようになるだろう。
もちろんそうなれば報酬だってあがっていく。
その金で良いトコに住んで、良いモンを食って、良い酒を飲んで、たまに夜のオネーチャン達とよろしくやって……。
それで……。
「……そのために、命を懸けて戦うってのもなぁ」
あ、だめだこれ。
完全にやる気でないパターンのヤツだわ。
命懸けとは言うが、魔物にやられても死ぬわけじゃあない。
いや正確には死ぬんだが、魔物による死は『理不尽な死』とかなんとか呼ばれていて、蘇生魔法なんかでよみがえることができるからな。
……とはいえ、一度死んだことがあるヤツは皆こう言うね。
『二度と死にたくない』と。
かくいう俺もその一人だ。
あんな思いをするのは、もう二度とごめんだよホント。
……さて、考えれば考えるほど、このまま冒険者を続ける理由が見つからん。
つかそうだよ、別に勇者になることだけが成功ってわけじゃないだろ。
『背中の一坪』の適正持ちはそこそこレアだって話は聞く。
俺みたいな弱いヤツを、それでも随伴させてくれるパーティが結構いてくれたってのはそれが理由だしな。
そこに今のステータスがあれば、配送業の真似事だってそれなりの稼ぎにはなるだろう。……いや、むしろなかなかの需要になるんじゃねぇか?
ここからのレベル上げは簡単にはいかねぇだろうが……ヒマなときに低難易度のダンジョンでレベリングをしてりゃ、数年かけて1か2ぐらいは上がるはず。
恐らく『スーパー大器晩成』の力で、それでも結構なステータスになるはずだ。
となればだ……。
おお! 無敵の……とまでは言わんが、鉄人配送員の誕生だ!
そりゃ危険な分、冒険者の方が実入りは良いだろうが……のんびり気楽に稼いで、たま~に贅沢して、たま~にオネーチャン達のお世話にもなって……。
そういう生活もいいかもしれんな。
いやいや十分だろ、むしろおつりがくるってモンだぜ。
「なんだよいいじゃねぇか、考えてるだけで結構楽しくなってきたぞっと……」
ひとまず、冒険者ギルドは予定通り引退しよう。
商人ギルドとの多重登録が手間ってのもあるが、もしこのまま強くなっていけばいろいろと面倒なことにもなるかもしれん。
どうせパーティからも追い出されちまったんだ。これからはのんびりと、ゆる~くやっていこう。
いいね、若隠居ってのは言い過ぎだが悪くない展望だ。
そんな風に考えながら帰路につく。
……だが俺は気付いていなかった。
その一連の流れを、陰で見ていたヤツがいたことに。
……………………
…………
……
リィンさんにクエスト達成の報告をして、そのまま装備品を引き取ってもらう。
鉄人配送員を目指すなら売っちまう必要はないかとも思ったんだが……起業するのにも結構な金がかかるからなぁ。
まぁ流石に心もとないので、護身用に一本のナイフを購入。
ダンジョン外に出てくる弱い魔物相手なら、これで十分だろう。しかし――。
「随分と、身軽になったもんだよホントに」
四六時中身につけてたわけでもないが、なんとなくそんな風に感じてしまう。
……感傷ってやつかね、歳はとりたくないもんだ。
「……と、しまったな。配送業をするってんなら、リィンさんに商人ギルドのことをいろいろ聞いときゃ良かったか。まぁいい、明日にでも――」
「――待ってたよ、イルヴィス・スコードさん……?」
考え事をしながら家路を進む俺の前に、そいつは立ちふさがるように現れた。
……フードで顔は見えないが、たぶん知らない奴だろう。
俺の知り合いに、こんな怪しいやつはいない……と思う。たぶん。
「……誰だいアンタ?」
「『誰だ』か、ふふ。いいよ、教えたげる……!」
そいつは纏っていたマントをがしっとつかむと、そのままバッと投げ捨てる。
そして――。
「ボクの名前はトリア・ラムネーヌ!! いずれ『勇者』になる者だよ!」
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