第16話 なんて格好してんだよ
「これより少しだけ良いもの、ですか? うーん……」
「やっぱり置いてないすかね?」
リィンさんの店のカウンターに置かれた護身用のナイフ。俺がここ最近よく使用しているものだ。
……その最近よく使用しているってのが問題で、ぽきぽきと使い捨てている現状、懐はどんどんと寒くなっていく。
それならいっそ、もう少しいいモノをと思ったんだが……。
「すみません、現物となるとうちでは……。取り寄せなら、いつも通りお引き受けしますけど……」
ま、そりゃそうか。
ここはどっちかと言えば、装備品よりアイテムがメインの店だしな。
……しかし、取り寄せとなるとどうしても書類が必要になってくる。
書類による適正チェックは、ステータスやマナプールなんかも記録されるため、いろいろと隠しておきたい俺にとってはどうにも都合が悪い。
だったら近くにある武器の専門店なんかに行けばいいって話なんだが、せっかくなら昔から世話になってるこの店でって思っちまうんだよなぁ。
「あ、そういえば……! ……うーん、でもあれは――」
少し首をひねりながら、リィンさんが棚から一本のナイフを持ってきた。
「こ、こいつは……!」
黒くマットなグリップと刀身。アクセント程度に施された金色の彫刻。刃は磨かれたように輝きを見せるが、落ち着いていて、決して下品には見えない。
……はっきり言ってどストライクだ。
ウリメイラやフーには俺の好みはガキっぽいなんて言われちまうが……。
いいのさ。男は皆、いくつになっても少年の心を忘れたりしないもんだ。
「でもこれ、ちょっとどころか結構いいものなんじゃ……」
「えっと、はい……。実はこれ、星7相当の鑑定結果が出ているらしいんですけど、今まで適正者が一人も見つからなかったみたいで……。それで、うちにも流れてきたんです」
ほ、星7……。
『結構いいもの』なんてレベルじゃない……。
そういった適正者の見つからないレアアイテムは、商人ギルド内のあちこちの店にまわされて適正者を探す、なんて話は聞いたことがある。
書類では適性が弾かれても実際には……、ってことも稀にあるらしいからな。
しかし星7か……。
「ちなみにお値段の方は……?」
「えっと、ギルドから言われているのはこれぐらいで……」
おおう……。
さ、流石にこの値段は……。
「いや、でも一応……。そう一応ですね! その、適正チェックをお願いしてもいいっすかね……?」
「あ、はい。もちろんいいですよ?」
リィンさんに手渡されたナイフを握り、軽くマナを込める。
まぁ、今まで誰も適正者がいなかったんだ、俺も同じ結果に終わるだろう。
それならそれで、かえって諦めもつくって話で――。
「え! うそ……! イルヴィスさん、これ……!!」
諦めも……。
諦……。
……。
――自室の机に、きらりと光るそのナイフ。
あぁ、すげぇ良いんだが……。
「俺は本当に大馬鹿野郎だ……」
「――金が、ない」
「え、おっちゃんどしたの急に」
ぽつりとつぶやく俺の独り言に、トリアが反応する。
「トリアぁ……。俺はお前のことをポンコツだなんだと思ってきたが、俺も変わらずポンコツだったようだ……。許してくれ……」
「え、あ、うん? ……え!? ちょっと! ポンコツって何おっちゃん!?」
「すまん……すまん……」
「すまんじゃなくて! もー!!」
「――ええぇっ!!!?」
「お、おっちゃん……、そういうものはな……? ちゃ、ちゃんと先のことも考えて買わないといけないぞ……?」
ごふっ、おっしゃる通りです……。
一回り以上歳の離れた女の子に、ガチで諭される三十五のおっさん……。
この情けなさたるや……。
「そうだよ! それだけのお金があったら、何日ボクを養えると思ってるの!」
コイツは……。
しかもコレ、『ボクを養えるチャンスを失ったんだよ?』とか、そういう目線でのニュアンスだろ。
「でもお金かー。ボクは実家から仕送りもしてもらってるけど……、おっちゃん、手とまってるよ? ちゃんと撫でてて!」
「お前なぁ……」
ソファに座る俺の膝上で、うつぶせに寝転がりながら足をばたつかせるトリアがそんなことを宣う。
『ポンコツ発言の埋め合わせ』的なことを言っていたが……まぁこんくらいで大人しくなるならいいかとか思っちまう辺り、俺も大分毒されてきてるな……。
「わ、わたしは、スライム的な論文や研究で、まぁ少しだけ……」
まじかよ。好きも極まればってやつか……。
ネルネはひょっとして、その業界とかでは結構すごいヤツなのかもしれん。
「……あ、そうだ! ねぇおっちゃん! お金を稼ぐならいい方法があるよ!」
トリアの案内に従い、とある場所へとやって来た俺達。
聞けばここに、その稼げるいい方法とやらがあるそうなのだが……。
「……いや冒険者ギルドじゃねぇか!」
そんなことだろうとは思ったよ!
ここまでの道のりにもこれでもかってくらい見覚えがあったしな!
……じゃあなんでノコノコついてきたんだ俺の馬鹿!!
「お前なぁ。いつも言ってんだろうが、俺はもう……」
「……ねぇおっちゃん。今ホントにそんなこと言ってていいの?」
……え?
「確かにボクは、このままなし崩し的にクエストなんかを受けさせちゃえば、またおっちゃんの引退が遠のくかもって思ってるよ? でも……」
「こ、こんなこと言うのはなんだが、おっちゃんは今ほぼ無職……。こ、このままじゃ、家賃も払えないんじゃないか……?」
む……無職か……。心にぐさりと突き刺さる言葉だ……。
アホみたいに衝動買いもしちまうし……。
あれ、ひょっとして俺は、ものすごくダメな人間なのでは……?
「でもだいじょーぶ! いいクエストが無いか、ボク達も一緒に探したげるからね! だからほら、今回だけはおとなしく、冒険者としてがんばろ?」
「わ、わたしたちは、お、おっちゃんを見捨てたりしないから……」
トリア……!
ネルネ……!
「ね! 早くしないと、良いクエストとられちゃうかも!」
「あ、ああ、そうだな……!」
確かにコイツらの言う通りだ。
むしろ俺一人じゃ、そうやって割り切るのは難しかったかもしれん。
だから……。
「……な、なぁおっちゃん。おっちゃんはその、こ、心が弱ってるときにだな……、た、たちの悪い宗教とか、押し売りなんかの話を聞かない方がいい……」
「……? どうしたネルネ急に? いくらなんでも流石にそんなもんには引っかからねえよ、ははは!」
「そ、そうか……。うん、まぁ、うん……うん……」
……?
冒険者ギルド内のクエスト掲示板。
ここにはその名の通り、ギルドに依頼されたクエストの詳細が並んでいる。
さて良いクエストは無いかと目を通していると、併設されている酒場の方から品のなさそうな声が聞こえてきた。
「おいおいお嬢ちゃん? そんな恰好でこんなとこに来て、誘ってんのかぁ!?」
「……別に誘ってるわけじゃないけど。まぁ見たいっていうなら見てていいよ。ウチ、見られるのは嫌いじゃないから」
アイツごろつきAじゃねぇか。まだ懲りずにそんなことやってんのか……。
それと、ソイツの言葉に気だるげな声で返事をする一人の少女。
しかしあの姿は……。
「す、すごい格好をしているな、あの子……」
ネルネが反応するのも無理はない。
一瞬、膝まではあろう桃色の髪に目がいくんだが……。
……いやホントなんて格好してんだよ。
それもうほぼ下着だよ? ここお外だって知ってる?
「あ! おっちゃん! なにじっと見てるの! えっち! えーっち!!」
ええい、えっちえっち言うんじゃないよ。
ただでさえおっさんには変な噂が流れてるってのによ……。
「……でもウチさぁ、まだそういう経験ないんだよねー?」
半裸の少女が、続けるように口を開く。
「自分でもMっ気があるって思うし、はじめては男の人に組み敷かれて無理やりってのが理想なんだけど……」
いや、公共の場でなんつーこと言っとんだあの痴女さんは。
ハクが学校に行ってる時間で良かった。
一緒に来てたら、とんだ悪影響だよホント。
「おいおいとんでもない女だなぁ……! いいぜ、だったらその願いを、俺が叶えてやるよ……!」
下卑た笑いを浮かべながら、ごろつきAが少女に手を伸ばす。
――その瞬間、体がぐるんと回転し、地面へと叩き付けられていた。
「いでででで!! おいテメェ!! 離しやがれ!! 離せっつってんだろうが!!」
腕を抑えられたまま、声を荒げるごろつきA。
あの状態でよく息巻けるもんだね。
「……ほら、ちょっと抵抗するとすぐこれだもん。あーあ、つまんないなっと……!」
「ぐぎ……!?」
「……そこまでにしとけ」
俺は二人に近づくと、少女の腕をつかんで制止した。
……コイツ完全に折るつもりだったな。
まぁ正直、そうなっても自業自得だとも思うんだが……。
しかしその恰好もどうなの? って話だしなぁ……。
「……なにおじさん、お説教? そういうのウザいんだけど?」
「別にそんなつもりはねぇよ。ただ、ウチのポンコツは正義感だけは強くてな。……このままじゃ飛び出して行きかねんと思っただけだ」
実際そうなってただろうし、それはそれで、また厄介なことになりかねん。
そしてその厄介は、だいたい俺に飛び火するのだ。……割とマジで。
呪いかな?
「だったら力づくで止めてみる? ウチって結構……、――っ!?」
……なんで振り払えないの?って顔してるな。
つーか、こんな場所で肉体強化使おうとすんじゃないよ。
相手が最上級じゃなかったら大変なことになってんぞ?
「勘弁してくれよ。俺はこの辺じゃ、結構有名になるくらい弱いんだぜ? ……そんな俺が勇気を出して止めに入ったんだ、なんとか収めてくれねぇかな?」
腕を抑えながら、ひとまずそんな風に声をかけてみる。
これで察してくれるとありがたいんだが……。
「……ふぅん、そっか。……いいよ、勇気あるオジサンに免じて、ここはウチが退いてあげる。……それでいいんでしょ?」
ああ助かるね。
ついでにいろいろと黙っておいてくれると、もっとありがたいんだがな。
……まぁ、コイツにも言いふらすメリットなんかは無いだろう。
「おっちゃん! またさっきボクのことポンコツって言ったでしょ!」
「…………いいや? 言ってないけどなぁ……?」
「うそだぁ!! ちゃんと聞いてたもん!! もー! 帰ったらさっき以上に甘やかしてもらうんだからね!!」
「……お前さ、あの絵面に疑問もったりしないワケ?」
「?」
キョトンとしておられる。
そうだね。そういうヤツだねお前は……。
「――――……にゃふふっ」
――!? なんだ……?
今なんか背筋に寒いモンが走ったような……。
……気のせい、だよな?




