番外編 ワールズレコード006:先祖返り
「おっちゃん……」
グリフォンとの戦闘の後、元の姿に戻って寝息を立てるハク。
その直後、ハクを支える俺の元にトリアとネルネが近づいてきた。
……ん、なんだ?
なんだか怪訝な顔をしているというか――。
『だ、だめですおじさま……! そんなに激しくされたら……ハク、すぐに……』
『あっあっあ……、そんな……! そんなにされたらハク、もう……もう……!!』
……おっとー?
これはまたおっさんの社会的信用が、悲鳴を上げることになる展開かな?
つらい。
「おっちゃん……」
「いやまてまてまて! さっきのは変なあれじゃなくてだな……!?」
本当にやましいことは無いんだが、こういう時ほど、つい否定に力が入ってしまうのはなんでなんだろうね?
いやしかし、否定しなければそれはそれで問題なワケで……。
だからその……。
「なんだかハクばっかりずるい! ボクのことなんてぜんぜん甘やかしてくれない癖にー!」
いやそっちかよ!?
いやそっちかよって言うツッコミもどうなのって話だけどね?
「ほらボクもー!! もっと褒めて!! なーでーてー!! 甘やかせー!!」
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ワールズレコード006:先祖返り
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「それにしても本当に起きないね? なんだかちょっと心配になってきた……」
デルフォレストからの帰り道。
もうすぐ部屋につくってところで、トリアが不安を口にする。
元の姿に戻ったハクは、あれからもずっと寝息を立てたままだ。
「魔物との戦闘に先祖返り。どっちも初めての経験みたいだったしな。……けどまぁ、疲れきって寝ているだけだ。心配はしてやってもいいが、不安にはならなくていいぞ」
ただでさえ、前日からダンジョンを歩き回っていたんだ。
亜人とはいえ、まだ小さいハクにとっては結構な消耗だっただろう。
「で、でも……あんなに強いんなら、すっごくマナを消費するはずでしょ?」
「ま、まだ小さいハクが、そ、そんなに大きなマナプールを持っているとは思えない……。な、何か悪い影響が……」
「ん? そうか。お前たちは知らないんだな」
「え?」
「……え?」
トリアとネルネが不思議そうにこちら見上げてくる。
「『先祖返り』は魔物の力を行使するだろ? つまり言っちまえば、その力の源も魔物と同じ魔素ってワケだ」
「え!? そうなんだ!?」
「せ、先祖返りっていう現象があることは、その、し、知ってたけど……。ま、魔素の話は知らなかった……」
そのへんは亜人学の中でも、戦闘系第二学校の専攻分野になってくるからな。知らないってのも、別におかしくはない話だ。
亜人の冒険者とパーティでも組んだりすると、戦闘構成の話し合いなんかでそういった話題も出てくるが……。
そもそも『先祖返り』をおこせる亜人自体がそれほど多くないらしいからなぁ。
「じゃあさ、あんなに強いのにマナいらないってこと? すごい! 無敵ウーマンじゃん!」
無敵ウーマンて。
この語彙力よ。
「いや、そういうワケじゃない。……あー、そうだな、簡単に言えば『魔素による力を、マナによって制御する』とでもいえばいいのか?」
「えっと、肉体強化なんかと同じように、継続的にマナを消費してるってこと?」
「まぁそういうことになるな」
細かいことを言えばもっと複雑になってくるんだが……。
それは今は良いだろう。
「それに、魔素を使うってことはだ、逆に言っちまえば魔素が必要不可欠ってことにもなってくる。基本的に人は体内に魔素を持ってないからな。それを『先祖返り』は、大気中の魔素を使って補うワケだが……」
「ま、魔素って、ダンジョンの外にはほとんど出てこないよな……? で、出てきても、ほぼ低ランクの魔物に変化しちゃうし……。じゃあ……」
「そういうことだ。『先祖返り』はダンジョン内でしか使えない」
さらに言えば、力に比例して必要な魔素も多くなってくる。
魔素は基本的に、ダンジョンの奥から流れ出てきて、その濃度なんかが魔物の強さやダンジョンの構造、いわゆる難易度につながったりするわけだ。
デルフォレストレベルの最上級ダンジョンであれば、十階層も過ぎれば十分な魔素が確保できるだろうが……。
例えばトリアの大好きなバラバットセメタリーなら、十や二十潜った程度じゃ、少なくともハクは先祖返りをおこすことができんだろうな。
「む! 今おっちゃん、なんかいじわるなこと考えなかった!?」
……たまに見せるコイツのこういう鋭さは何なんだろうね。
「そう言えばおっちゃん、予定はいつにする?」
「予定? 何の話だよ?」
トリアの唐突な話題に、俺は疑問符を浮かべる。
「さ、さっき言っただろう……? お、『おっちゃんには、いろんなコトにつき合ってもらわないと』って……」
え゛。
あれ冗談とかそういうのじゃなかったの?
「ふふん、なにしてもらおっかな~? 最近のおっちゃんはツンデレが過ぎるし、一日中つきっきりで甘やかしてもらおうかな~?」
それは何というか……、絵面的に俺がキツイ……。
いやまぁ正直『ブランドの装備品買って?』とか言われるよりは、可愛らしいもんだとも思うんだが……。
「ボクが褒めてって言ったら褒めてくれてー、撫でてって言ったら撫でてくれてー。……うーん、でもこれじゃあおっちゃんにもご褒美になっちゃうかぁ」
「わ、わたしはやっぱり、す、スライム的なことかな……? 新しいスライムの研究につき合ってもらったり……」
スライム的○○。そろそろその単語にも慣れてきてる俺がいるよ。
順応って怖いね。
「おっちゃんがいれば、す、スライムマンの改良にも手を出せそうだし……。あぁ、夢がふくらむ……! す、スライムなだけに……」
こちらを見てドヤ顔になるネルネ。
悪いけど、それお前が思ってるほどうまくないよ?
「あ、じゃあ二人で一緒に同じことしてもらうのは!? そうすれば……!」
「ふ、二人合わせて、二日分になるってことか……それは、い、良い考えかもしれない……」
いや、その理論はおかしくない?
きゃいきゃいと相談をする二人をよそに、俺は深くため息をつきながら、体勢がずれてきたハクを抱え直す。
――それにしても、ハクの力はすごかった。
もしかしたらハクの『魔物血統』はランクSどころかランクSSの魔物だったりするんじゃないか?
……いやいや、いくらなんでも流石にそれは無いか。
それにしてもお二人さん、随分と盛り上がってるようだが……。
あんまり無茶な要求は勘弁してくれよ。