番外編 ワールズレコード005:種族
デルフォレスト第八階層……ぐらい。
マジックアイテム『一晩限りの温もり』。
豆粒大のそれに一滴だけ水をかけておく。
そのまま少し待てば、野営用の布団に膨れ上がってくれるって言う代物だ。しかも結構ふかふかになるので、寝心地も大分悪くない。
まぁ名前の通り一晩経つとしぼんじまうんだが、その日のうちに自然に還るってんで、使い勝手も悪くなかったりする。
人数分残っててよかったよ、ホント。
今から準備しておけば、ちょうど飯が終わったころには膨らんでるだろう。
「あれ? おっちゃんこれ三つしかないけど……、ま、まさかおっちゃん!? この中の誰かと同じ布団で……!?」
コイツ、ビジレスハイヴでのこともう忘れとんのか……。
羊除けの小瓶を片手にそんな風に思ったりする。
「え!? そ、そうなのか……? き、緊急事態だし、わ、わたしはその、別に……」
「ハクもその……おじさまさえよければ……」
いや、しないからね?
おっさん、そんなに女の子の布団に入り込むようなヤツに見えるの?
割とショックだよ?
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ワールズレコード005:種族
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「そういえば、すっごい昔は亜人も種族の一つだって言われてたんだよね?」
リトルワーグの肉が焼けるのを待っていると、トリアがそんなことを話しだす。
「あぁ、そうだな。つっても、それこそ何世紀も前の話だぞ」
「あ! ハクも知ってます! 少し前に授業で習いました! ……ハク、それぞれの種族の特徴もちゃんと覚えたんですよ?」
そう言うハクは、なんだか期待しているような目でこっちを見ている。
……ああ、なるほどそういうことか。
「お、そうなのか? じゃあ勉強したこと聞かせてくれよ」
「……! はい! えっとですねぇ……!」
覚えたこと、誰かに話したりしたいんだよな。俺にもあったよ、そんな時期が。
……たまには孤児院の方にも顔出さねぇとなぁ。
「世界には七つの種族がいます。まずは私達『ヒューム』です。えっと、基本の種族なんて呼ばれています」
なんだか発表会のような口調になるハク。
可愛らしいもんだね。
亜人や他種族の特徴が子孫に現れるのはヒュームだけだ。
普通、他種族間の子孫は、どちらかの種族として生まれてくるからな。
まぁ、ほんの少しぐらいはもう片方の特徴も現れるそうだが、それも次の世代へ行けばほぼ消えてしまうそうだ。
そんなワケで、基本の種族と呼ばれているんだな。
「次は『エルフ』です。エルフはとっても長生きで、耳の形がとがっているのが特徴です」
エルフはホントに寿命が長いからなぁ。
というか、もともと俺達ヒュームは他の種族より寿命が短いんだが……。
中でもエルフは、長いやつで三百年も生きるらしい。リィンさんも見た目全然変わんないし……。
エルフってすごい。
「ヒュームよりちょっと小さい人達は二種類います。それが『ハーフリング』と『ドワーフ』です。ハーフリングは大人でも私達みたいな大きさで、ドワーフはもう少しだけ大きいです」
これで四種族、折り返しだな。
そういや少し前に、『ヒュームを基準にして小さいと言うなんて、ハーフリングやドワーフ達に失礼だ』なんて運動があった。
……主にヒュームの一部でだ。
だが、当の二種族は『え? 別にいんじゃね? 基本の種族って呼び方もされてるんだし、気にしないよ? そんなことより……』なんてスタンスだったらしい。
実際フーのヤツもそうだったしなぁ。
温度差ってあるよね。
「ハーフリングやドワーフより、もっと小さいのが『フェアリー』です」
フェアリーは本当に小さい。
個体差はあるが、みんな六十センチ前後ぐらいだ。
「フェアリーは体が小さいので、魔法を使う時にその余波が背中からあふれます。それが羽の様に見えてとってもきれいだそうです」
確かにアレは綺麗だ、俺の友人にも一人いる。
……まぁそいつは『ほら綺麗でしょ?』的な態度をえぐいくらいとってくるんで、絶対口にしてやらんと決めているが。
「逆にすごく大きいのが『ジャイアント』です。小さい人でも二メートル以上、大きい人だと三メートルもあるそうです」
確か、ウリメイラの爺さんがジャイアントだって言ってたな。
俺も初めて見た時は、その大きさに驚いたもんだ。
ジャイアントを見たことがないやつは『もっと大きい魔物とも戦ってるのに』なんてことを言うが……。
こうなんつーか、違うんだよなぁ、そういうのとは。
「そして最後の種族は『オーク』です。ヒュームより少しだけ大きくて、黒い肌が特徴です! ……全部言えました!」
エルフとオークは対立している……なんておとぎ話はよくあるが、実際にはそんなことはない。
これは、『白い肌のエルフと黒い肌のオーク。ちょうどチェスのように対立させたら白熱すると思ったのさ!』なんて話した有名な作家の影響らしい。
今ではちょっとしたジョークになんか使われたりするな。
そういやオークと言えば、あいつもそろそろ帰ってくるころじゃないか?
ウリメイラに頼んで、良い酒を用意しといてもらっとくか。
「あのおじさま! どうでしたか? ハクちゃんと勉強できてましたか?」
「おう。ちゃんと勉強しててえらいなハクは?」
「えへへ……てれちゃいます……」
ハクの頭を撫でてやると嬉しそうに目を細める。頑張った成果をほめられると嬉しいもんだよな?
ちょうどリトルワーグの肉もいい感じに焼けてきた。
それなら……。
「ねぇおっちゃん! そろそろワーグのお肉いい感じなんじゃない?」
……コイツはこういうところホントに目ざといな。
「じゃあ一番おいしそうなところは勉強を頑張ってるハクにあげてー、二番目と三番目をボクとネルネで半分こづつね!」
ハクの取り分に異論はないが、ちゃっかり自分の分も確保しやがって……。
ま、いいけどな。もともとそんな感じに分けるつもりだったし。
「おっちゃんは残ったところになっちゃうけどー、でも安心していいよ?」
ん?
「その代わりにボクが『あ~ん』してあげるから! ね? 嬉しいでしょ?」
「あ、あのおじさま! ハクも! ハクも『あ~ん』ってしてあげますね!」
「え、えっと……、そ、それじゃあ、わ、わたしもやろうかな……。ふ、深い意味は、その、ないけど……」
いや雛鳥かよ。
『嬉しいけど、気持ちだけ受け取っておくよ』的な言葉で場を濁しつつ、俺は肉にかじりつく。
うん、我ながら、下処理や味付けもうまくできているもんじゃねぇか。
……これで酒でもあったら、言うことは無いんだがなぁ。