第15話 いつでもウチに来るといい
「……すっかり寝ちゃってるね」
ハクを抱えながら帰路につく。
結局俺達は、昼前にはもうデルフォレストを脱出することができていた。
運が良かった……と言っていいのかは微妙だな。
ホントに運がよかったら、ダンジョンアウトに遭遇すらしないだろう。
「でもさー、何て言うか……すごかったね、ハク」
「う、うん、すごかった……」
「ええい、他人事みたいに……」
コイツらの言うすごかったってのは、もちろん、『先祖返り』の強さもあるんだろうが……。まぁ十中八九、ハクのあの様子のことだろうな。
「け、けど……た、確かによく考えたら、そんな片鱗はあったように思う……」
「あー、確かにそうかも」
「そうかぁ?」
俺にはそんな素振りは見えなかったがなぁ。
「だって最初に『不安だったけど、おじさまになら頑張って見せます』って言ったんだよ?……おっちゃんはマヒしてるかもだけどぱんつだからね? いくら助けてくれた人が相手でも、普通そうはならなくない?」
た、確かに……。
つかそれ、お前が言っちゃう?
「わ、わたしみたいに、実際にそういう現場を見てたワケでもないしな……。み、見せるにしても先に、『あの噂は本当ですか』って確認すべきところだ……」
た、確かに……!!
つーことはあれか?
その時点でハクはもう、結構なレベルで俺を慕ってたってことか?
実感はわかんが、憧れってのはそういうもんなのかもしれん……。
というか……。
「トリア、ネルネ。お前達ひょっとして……女の子の気持ちがわかるのか?」
「おっと、これはボクたち怒ってもいいとこかな?」
「こ、これは今度、いろんなコトに、つ、付き合ってもらわないとな……」
――数日後。
あの後、改めてフラモネの花を採取した俺達は、ハクと共に、シャグヤス家の屋敷の前へとやってきていた。
「……ねぇ、なんでボク達こんなこそこそ見守ってるの?」
「なんて説明すんだよ。ただの冒険者がついてくるってのも不自然な話だし、三十五のおっさん含む三人組が、いきなり『この子の知り合いでーす』なんて言ってきたら……」
「た、確かにそれは……よ、容赦なく怪しいな……」
だろう?
そんな話をしていると門が開き、中から人が現れる。
「あ……、おねえさま……」
「……なに? ここには来るなと言われているでしょう?」
出てきたのは、どうやらハクの姉のようだ。
……あまり歓迎している態度じゃなさそうだがな。
「はい、すみません……。でもその、おとうさまが病気だって聞いて……! それで、これを……」
姉に向かってフラモネの花を差し出すハク。
なるほど、フラモネの花には万病を打ち消す力がある……と、おとぎ話なんかで良く言われているからな。
「……ふぅん、点数稼ぎかしら? ……まぁいいわ、渡しといてあげるから、よこしなさい」
「あ…………。はい……」
目に見えて沈んだ表情をするハク。
「あ、あの、おねえさま! その花はハクが、冒険者さんの力を借りて自分で摂りに行ったんです……! せめてそのことを、おとうさまに伝えてもらえますか……?」
「はいはい、伝えといてあげるわよ、それじゃあね」
おざなりな返事とともに、音を立てて門が閉まる
……あんまり、見ていて気分のいい光景じゃあなかったな。
「……ハク、おとうさま達とは別のおうちに住んでるんです」
屋敷からの帰り道、ハクがぽつりと、こぼすように語りだす。
「おかあさまが死んじゃってから……ううん、それよりもっと前から、ハクはおとうさまに会ったことがありません。……サインもじいやにお願いしたんです」
クエストの依頼書、保護者のサインのことか。
「みなさんのおかげで、おとうさまにお花を届けられました。それはホントに嬉しくて、とっても感謝してます!……でも本当は、頑張って摂ってきたら、おとうさまが褒めてくれるかもって。ううん、褒めてくれなくても、せめて一目だけ……」
「ハク……」
……シャグヤス家が亜人の伴侶を迎えた、なんて話は聞いたことがない。
ならばハクの母親は……、まぁそういうことなのだろう。
つまりハクは亜人だから疎まれているわけでは無いのだ。
本質的に言えばな。
『――えっと、その……、おじさまは……、ハクが亜人でも、嫌いにならないでいてくれるんですか……?』
デルフォレストで、ハクが亜人だと露見したときのことを思い出す。
あーくそう。大人っつーのはずるくて嫌になるねホント。
……自分を棚に上げちまうような、俺自身も含めてな。
「おとうさまに会いたいだなんて、ハクはやっぱりまだ子供なのかな……?」
「……いいじゃねぇか。大人なんて、なりたくないって思っててもいずれはなっちまうもんさ」
「でも、せっかくおじさまに大人の女性にしてもらえたのに……」
おっと、また『扱い』が抜けてるぞ?
気を付けてくれないと、おっさんの社会的信用はそろそろ息をしてないよ?
……まぁそれはそれとしてだ。
「なぁハク。寂しいとか、つらいとか、そういう風に思う時があったら、いつでもうちに来るといい」
「え……?」
「うちにはだいたいやかましいのがいるからなぁ。寂しいなんて思ってる暇、無くなっちまうぞ?」
「むー、おっちゃん! やかましいってボクのこと!?」
お、良く分かってるじゃないか。
珍しく自己分析ができてるな。
「で、でも、ご迷惑じゃ……」
「遠慮すんな。どうせコイツらも入り浸ってるんだ。今さら一人増えたところで変わらんよ」
「そうそう! おっちゃんの部屋はもう、みんなのモノみたいなトコあるからね!」
……いやまぁいいけどさぁ。
それをお前が言うのは、ちょっと違うくない?
「ま、もちろんハクがイヤじゃなければの話だが……」
「イヤだなんてそんなこと……! ハクとっても嬉しいです! あの……たくさん、たくさん行ってもいいんですか!? ま、毎日とか……」
「そりゃ別にかまわんが……学校や友達も大切にしろよ?」
「はい! お勉強もお友達も、ちゃんと大切にします!」
ま、それなら俺はどうこう言わんさ。
外に出る時間なんかは、少し考えてやらんといかんかもしれんが……。
「ちなみにおっちゃんがいないときでも大丈夫だよ! ほら!」
……ん?
「これって……?」
「あ、合鍵だ、おっちゃんの部屋のな……。わ、わたしも型を取らせてもらったから、き、きっとハクももらえるぞ……」
…………え?
おい待て流石にそれは……。
「合鍵……! ホントにいいんですか!? どうしよう……ハク嬉しすぎて……! ぜったい、ぜったい大切にします……!!」
うわー、すっごいキラキラした目で見つめてくるよ?
流石にこんな小さな女の子に合鍵を渡すおっさんってのは、マズいを通り越して、最早ヤバいだろ……。
ちゃんと言わねぇとな。ちゃんと……。
「あーそのだな……」
ハクはキラキラした目でこちらを見ている。
「その……」
ハクはすごくキラキラした目でこちらを見つめている。
「…………今もうストック無いから、新しく作るの待っててくれる?」
「はい! えへへ! 嬉しいなぁ……!」
……いや言えないよ?
むしろこの空気で言えるヤツいるのコレ?
「おじさま! 何かお手伝いすることはありますか!?」
「おじさま! 肩を揉みましょうか!?」
「おじさま……、その、お、お背中お流します……!」
「…………」
あれからハクは、ホントに毎日のように家に遊びに来るようになった。
もちろん、学校が終わってからだが……。
「はーいおじさま? うごいちゃだめですよー?」
「え、あぁ、はい……」
俺は今、ハクの膝に頭を乗せて、耳かきをされている。
「……お、おっちゃん。……流石にこの見た目は、ど、どうなんだ……?」
言うなネルネ。俺だってわかっている。
だがどうにも、ハクのあの目で見つめられると、断りきることができんのだ。
「いいんですネルネさん、これは普段のお礼ですから! ……はい、おじさま、終わりましたよ?」
ハクはネルネの『どうなんだ?』という言葉を、ちょっと違う意味で解釈したようだ。
思考は純粋で健全なんだよなぁ……。
「お礼? おっちゃんに?」
「はい! 昨日もソファの上で、『ほら、俺のが入っていくのが分かるか?』って、優しくシてくれて……」
「おっちゃん!!!? 今度こそ!!? 今度こそなの!!?」
「あわわわわわわわわ…………!」
「いやお前たちもいい加減慣れろよ……? 冒険者を目指すっつーからマナ操作の手ほどきをしてやってたんだよ。肉体強化なんかのな」
ハクがマナを完全に使いこなせるのは、まだあの姿の時だけみたいだ。
他人のマナを体感するのはマナ操作の第一歩、強化スキルなんかは、これの応用だったりするしな。
……しかしこれは、俺も言葉に気をつけんといかんのか?
「そういえばさ、ハクって何の魔物の亜人なの?」
「え? えっと、確か昔おかあさまに聞いたときは……」
お、ハクの『魔物血統』か。
そういや、まだ聞いたことなかったな。
「……あ、そうです! 確か『ウルトラスーパースペシャルアルティメットゴッドドラゴン』だって言ってました!」
…………え?
「あ、分かりづらかったですか……? えっと、ウルトラ、スーパー、スペシャル、アルティメット、ゴッドドラゴン、です!」
いや聞き取りづらかったとか、そういうワケじゃないんだが……。
「あーハク? それはえっと、あの魔王級の……?」
「え、そうなんですか?」
うんそうだよ?
そりゃ強いわけだね。
「あ、亜人の……、しかも子供のハクであの強さ……。じ、実際の魔物はどれだけ強いんだろうな……」
「ラーメンにするなんてもってのほかだよ! おっちゃん!」
いやそれ言ったの俺じゃねぇよ。
「? らーめん、ですか?」
「うん、おっちゃんは勇者を目指すために、『魔王級の魔物だってラーメンにしてやるぜ』って言ってたんだ」
言ってねぇー!!!! 言ってねぇよそんなこと!?
お前の記憶回路はホントにアレだな!?
「勇者……! おじさまは勇者を目指してるんですか!?」
「いや、違うぞ」
「あれ!?」
早めに訂正しとかんと、またあのキラキラおめめがくるからな……。
「うーちょっと残念です……。 ハク、おじさまが勇者になったらすごくかっこいいと思うのにな……」
「いやほら、もうおっさんも無理のきかなくなってくる歳なんでな、だから――」
ハクの頭を撫でながら、俺はまたもやそのセリフを口にすることになる。
「勇者になるには遅すぎる」