第11話 これがあのヴァルハーレっつうんだからなぁ
「――……ふん、少し見ない間に随分良い格好になったじゃないか」
「だろ? ま、こっちもいろいろとあってな。……お前んとこの地下室にあったあの資料な、つい最近ちゃんとしたとこに届け出しておいたよ。記者なんかにも協力してもらったし、まず揉み消されることもないだろう」
「……! そうか……」
収容所まで足を運び、再びケインとの面会をする。
拒否されちまうかとも思ったが……コイツもコイツで、その後の顛末は気にしていたのかもしれんな。
今話をした通り、例の資料はきっちり表沙汰になる形で大公開してやった。
実際マクラード家のほうでは憲兵やギルド、果ては世界国家連合からの捜査なんかがはいって大騒ぎだって話だ。
ま、身から出た錆ってヤツなんだろうがね。
「……それで? 今度こそ、僕らの落ちぶれゆく様をあざ笑いにきたのかな?」
「そんな暇じゃねぇっつってんだろまったく……。ただまぁなんとなく、話しとくのも筋かと思ってよ。……んで? どうよ収容所の暮らしは。ちったぁ得るモンがあったかい?」
「……言っておくが更生を期待しているのならばお門違いだ。僕は間違ったことはしていないし、したとも思っていない」
不遜な態度を崩さないまま、ケインが言葉を続けていく。
「そうとも、男に媚びへつらうことしかできん女どもなど、ああして僕のような優秀な人物に管理されるべきなのだ。貴様のようにそれが出来ん立場の者には分からんかもしれんがな……?」
相変わらずこのご時世に危険な思想を口走るねぇコイツは。
腹が立たねぇと言えば嘘になるが……。
「……お前さぁ、まさかとは思ってたがひょっとして……童貞だったりする?」
「〰〰なぁっ!? ……ふ、ふん、何を言うかと言えばくだらない。別にリスクを冒して首輪付きに手を出さずとも、他に寄ってくる女など星の数ほどいただけで――」
「いやなに、どうにもその異性に対する偏り方が逆にこじらせたヤツのそれっつーか……っと、別に馬鹿にしてるワケじゃあねぇぜ? 俺だっておんなじ童貞だしよ?」
「貴様と一緒にするんじゃない!! クソッ、相変わらず忌々しい……!!」
苦虫を噛み潰したような顔で俺を一瞥するケイン。
「……忌々しいと言えば、ここに来る神父も貴様のことを話していたよ。……揃いも揃って、僕のことを不快にしてくれるものだ」
神父っつーと……あそこの教会の神父さんか。
つっても、あの神父さんが自分からわざわざ俺個人の名前を出したとは考えにくいが……。
ま、経緯は知らんが恐らくケインの方から俺の名を出したんだろうな。
その辺りはつつかないでおいてやるか。
「良い人だろ? 俺もガキの頃は随分と世話になったもんさ」
「ふん、程度が知れるな。その神父も定期的にやってきてはよくもまぁ飽きもせず綺麗事を説いていくと感心するよ。何度も何度も同じような話を……まったくもってくだらない……」
いやいやいや、むしろこういうヤツら相手にもしっかりと自分の役目をこなしてるってことじゃねぇか。
頭の上がらん話だぜホント。
「……人生とは他でもない、ただ唯一自分だけのための物だ。ならば他人の人生より自分の欲を優先させねば何の価値もない。……そうしなければ搾取される一方だ……!」
「……そうかい? んなこたねぇと思うけどね俺は」
「……ふん、そんな甘いことをぬかすようなヤツらは理解していないだけ……いや、分かっていて目をそらしているだけにすぎん……! さも自分が正しい生き方をしているような気分になってな……!!」
「……」
「そうだ、僕はずっとそうやって生きてきた……! そうやって……! たとえここを出た後も、もしその機会があったならば……僕はまた同じことをするさ、誰に咎められようとも、必ずね……!」
まるで自分に言い聞かせるように、言葉を続けていくケイン。
やはりこいつは――。
「――……だが」
「……!」
「……だがその時はもう少しうまくやるかもしれないな……。首輪付きの扱いももう少し優しく、手心を加えてやってもいい。……あくまでも、貴様のようなヤツに目をつけられないようにの話だが」
「……そうかい、そいつは――」
――その後、俺は適当な話を二、三交わしてして収容所を後にした。
……ケインが例の地下室に残した資料。
あの中には役人との違法な取引の記録の他に、ヤツの父親が関与していたであろうさまざまな不正なんかの証拠も残されていた。
これで本当に、ケインだけでなくマクラード家はおしまいだろう。
アイツが何を思ってそんなものを残していたのかは分からん。
分からんが……資料を届け出たと言った時、あいつは一瞬、まるで憑き物でも落ちたかのような表情を見せた気がする。
いつかメイドさんから話を聞いた時にも感じたが、アイツはアイツで『親の思想』みたいなモンの被害者なのかもしれんね。
……だからってヤツのやってきたことを手放しで許すつもりはない。
どんだけ環境の被害者だったとしても、クヨウ達にとっては間違いなく忌むべき加害者であることに変わりはないんだからな。
だがそれでも……今からでも少しずつ、ほんの少しずつだけでもヤツにとって良い方向に変わっていけるっつうなら……。
「……そいつは決して悪い事じゃあ無い、とは思うがね」
……………………
…………
……
「――えへへ、今日は馬車でもおじさまと一緒で嬉しいです!」
「まぁちょっとした野暮用を済ませたついでだったもんでな。……どうだ学校は? 最近はなんやかんやと忙しいし……実際のところ無理してねぇか?」
「ぜんぜんだいじょうぶです! お勉強はエテリナさんにも教えてもらってますし、それにその……ハクはおじさまと一緒にいられるだけですごく元気がでますから……!」
「お? なんだよじゃあもっと引っ付いとかねぇとなぁ、よっと!」
「あ! もうおじさま、そんなにくっついたら狭いですよぅ! えへへ……!」
収容所からの帰り道、巡回馬車の中で学校が終わったハクと合流しつつ、他愛のない会話に花を咲かせたりしてみる。
こうやって無邪気に慕ってくれるのもいつまでなんだろうねぇホント。
「そういえばおじさま、あの子は今はどうしてるんですか?」
あの子っつーと……。
「あぁ、今は部屋でトリア達と一緒にいるよ。しかし『七大魔王』を使役できるっつう話も今さら疑ってたワケじゃなかったが……まさかあんな形でヴァルハーレが――」
「あ! だめですおじさまそれは……!」
……って、しまったそうだった!
ついクセが抜けずに――。
「きゃうー!」
――と、ハクの言葉で俺が失態を自覚するよりも早く、突如として目の前に現れる目隠れ幼女。
これがあのヴァルハーレっつうんだからなぁ。
不思議なもんだぜホント。
……いやいや、んなことを悠長に考えてる場合か!
とりあえず、流石に公衆の面前でこのままふよふよ浮かばせとくワケにも――。
「ほーら、ハレちゃんこっちにおいでー? よーしよし……」
「きゃーう!」
慌てる俺をよそに優しい声でおいでおいでと手招きをするハクと、それに従って膝の上でちょこんと鎮座するヴァルハーレ。
「もう、だめですよおじさま? ちゃんとお名前を使ってあげないと……」
「わーるい、完全に頭から抜け落ちちまってたわ……」
マジで気をつけねぇとなぁ、乗客が少なくて助かったぜホント。
ヒソヒソと小声で耳打ちしてくるハクに返事をつつ、俺の頭の中には昨日のやりとりが鮮明によぎっていた――。
今日からまた三、四日ぐらいにかけて十話分を投稿する予定ですので、
お付き合いいただけると嬉しいです!
……三ヶ月以内って言ってたの、ちょっと間に合わなかったなぁ。
もうちょっと時間をとれる方法を考えないとダメかも……。




