第13話 力を貸してくれないか?
ナザリアの森。
アンリアットの東に位置する大規模な森林だ。
いつも通りリィンさんの店で準備を整えると、俺達はフラモネの花が咲く森の奥へと向かっていた。
まぁ準備といっても、今回はそれほど大掛かりなものじゃない。護身用のナイフと、念のため、回復用のマジックアイテムをいくつかって程度か。
……しかし、ナイフはこれで何本目だ?
いくらなんでもポキポキ使い捨てるような現状は何とかせんとなぁ。
そりゃリィンさんも、毎回『え?また?』って顔になるよ。
「すんすん……なんか甘いにおいがするね? なにかの果物かな?」
「おい、あんまりよそ見してるとこけるぞ。……手でもつないでてやろうか?」
「むーばかにしてー!」
そんな風に話しながら分帰路へたどり着く。
確かこの道はと……。
「……あれ? おっちゃんどこいくの?」
「そ、そっちは別方向だぞ……」
あれ? そうだったか?
いやどうにも、歳はとりたくないもんだな……。
「ふふ、おじさまみたいな大人の人でも、間違えたりするんですね?」
「まったく、おっちゃんはボクがついててあげないとダメだめなんだからー。ほらほら、手をつないでてあげよっか?」
「いらねーよ、ったく……」
それからしばらく森を歩く。
そろそろ目的の場所が見えてくるころだろう。
周りの景色にも、特におかしなところはない。
無いはずなんだが……。
「おじさま? どうかしたんですか?」
「うーむ、なんか違和感を感じるっつーか……」
気のせいか?
いや、これは……!!
「あ、あの、おじさま……。実はハクも――」
「トリア!! ネルネ!! 構えろ、魔物だ!!」
俺がそう叫んだ瞬間、周りの景色がざわざわと動き出し、一斉に逃げだしていく。
ピクセクト。
集団であらゆる景色に擬態し冒険者を迷わせる、虫のような魔物だ。
そして同時に、辺りの木々に扮した魔物も動き出した。
「え!? どういうこと!? なんでナザリアの森にランクBのトレントが……」
――いや違う。
景色が変わって確信した。もうここはナザリアの森じゃない……!
「間違いない……『デルフォレスト』だ……!」
「――迂闊だったな。『ダンジョンアウト』だ」
ダンジョンアウト。
何らかの理由で、ダンジョン内の魔物が、外へと出てくる現象だ。
トレント達を退けた後、ネルネの『キュアスライム』を使って、三人にかかった状態異常を解除する。
最初に嗅いだ甘い香り、あれが恐らく魔物の仕業だったんだろう。
それがコイツらの方向感覚なんかを狂わせたってところか。
で、それが通じなかった俺を見て、今度はトレントやピクセクトで物理的に景色を捏造し、俺達をここへとおびき寄せたってワケだ。
――ダンジョンの養分とするためにな。
ヴェノムトードやエルダースライム。
フルボーンドラゴンは……まぁトラップありきなんで少し違うか?
ともかく、最近はイレギュラーに慣れていたとは思っていたが、こうも大量の魔物が外へ出てくるのは想定外だったなホント。
「ごめんねおっちゃん……」
「わ、わたしも……、べ、別方向だなんて言ったばかりに……」
「違う違う、完全に確認を怠った俺のミスだ。……だから気にすんな」
落ち込む二人の頭を撫でる。
実際、正常な判断ができたのは俺だけだったんだ。
コイツらには何の落ち度もない。
そうでなくも、成り行きとはいえこのパーティの統率者は俺だからな。
他の奴に責任を押し付けるわけにはいかないって話だ。
「あ、あの、今来た道を戻るっていうのは……?」
「そ、そういうワケにもいかないんだ……。で、デルフォレストは常に空間が歪んでて……入るときは一方通行だから……」
ネルネの言う通りだ。
階層ごとに初期地点もランダムで、一定の範囲外へ出ようとしても、同じ階層内の別の場所につながってしまう。
「脱出するには、『特異点』を探すしかない。確か一番近いのは十二階層だったはずだが……」
ここでは十階層も進めば、ランクA上位、俗に言うランクA+の魔物も現れる。
空間の歪みと合わせて、デルフォレストが『最上級ダンジョン』と言われる理由だな。
さらに言えば、今回は踵の道標も仕入れていない。
……だってあれ高価いんだよ?
とはいえ、せめて階層図だけでも用意しておくべきだったか……。
「まぁこうしてても仕方ない。とりあえず、まずは二階層の手前まで向かおう」
幸い、この辺りの景色には少し見覚えがある。
階層図が無くても、何とかそこまでは行きたいところだが……。
「……だめだわ、完全に迷ったわコレ」
現実ってのは、そううまくはいかないもんだね。
確かに俺がデルフォレストに来たのは結構前の話だが、まさかこれほどまでに構造が変化してるとは……。
それにしても……。
「おいどうしたよ? いつもなら『おっちゃんしっかりしてよー』なんて減らず口を叩くくせに?」
「だ、だってさ……だって……」
「う、うん……」
さっきからこの調子だ。
……気にすんなっつったのに、良い子たちだよまったく。
「こんなこと言うと説教臭くなっちまってアレだがな。慎重になることと深刻になることは違うんだぞ?」
「え……?」
「そりゃ適度な深刻さは良い緊張感につながったりもするが、過ぎたそれはどうしても枷になるからな。……どうしても気にするっつーなら、まぁその分一緒に帰るために頑張ってくれりゃいい。……普段通りにな」
「おっちゃん……。――うん、わかった! ボクがんばっちゃうからね!!」
「わ、わたしも……が、がんばる……!」
「おう、期待してるよ」
どうやら肩の力は抜けたみたいな。
何事も強張ったまんまじゃ、うまくいかなくもなるもんだ。
…………ん?
「どうしたハク? 俺の顔になんかついてるか?」
「い、いえ、なんでもないです! …………おじさまはやっぱり素敵です」
なんだ?
なんかぼそっと言った気がするが……まぁいいか。
「そんじゃあ改めて……。だめだわ、完全に迷ったわコレ」
「えへへ、もう、しっかりしてよーおっちゃん!」
お、調子出てきたな?
しかしまぁ、実際どっちに行ったもんか……。
「あの、おじさま……。もしかしてなんですけど、こっちじゃないですか……?」
ハクがおずおずと指をさす。
「あ、あの、間違ってたらごめんなさい! でもえっと、こっちの方が少しだけ、ほんの少しだけなんですけど……もやもやするかなって……」
「もやもやする?」
「はい、実はここに来るときもそんな感じがしてて……」
ここに来るときっつーと、デルフォレストに入った時か?
それならひょっとして……!
「もしかしてハク! お前、『亜人』だったりするのか!?」
「…………っ!?」
亜人の中には極稀に、魔素の流れを読めるヤツがいる。
だとしたら――!
「――は、ハク……? ど、どうしたんだ……? なんだか顔色がよくないぞ……?」
いろいろと考えを巡らせていると、ネルネが不意にそんなことを口にする。
「ほんとだ……。ハクだいじょうぶ?」
心配そうに背中をさするトリア。
確かに顔色が良くない……。
なんだ……? 何が原因だ……!?
「どうしたハク……!? 体調が悪いのか……!?」
「……っ! ――あ、あの、亜人だってこと、内緒にしてて……。騙そうとかしてたわけじゃないんです……! でもその……、ごめんなさい……ごめんなさい……」
「んなことは良いから、どっか痛いのか? それとも気分が悪いとか……」
何かダンジョンの毒にでもやられたのかもしれない。
もしそうなら早く……。
「え……?」
「え」
……え?
なんだ? 何に対してキョトンとしてるんだハクの奴は……?
「あ、あの、それだけですか……? 黙ってたことを怒ったりとか……」
「怒る? えっと……なんでだ?」
……あれか?
俺は子供にちょっと隠し事されただけで怒るような、そんな人間に見えるのか?
それであんなに青くなってたんだとしたら……。
おっさん結構へこんじゃうよ?
「だってその……、ハクは変だから……」
「変? 亜人だからってこと? 別に普通だと思うけど……」
「あ、あれ……? で、でも……おうちでは隠せって言われてて……だから……」
「そ、そうなのか……? な、なんでだろ……?」
……あぁ、なるほどな。
そういうことか。
「まぁ金持ちは金持ちなりに、色んなしがらみがあるんだろ。お前らも、他の奴には話したりするなよ?」
「そっかー、大変なんだねお金持ちさんも……。まかせて! ボクってば口は堅い方だからね!」
「え……? あ、わ、わたしも話したりはしないぞ……」
トリアさん? ネルネさんに『え……?』って顔されてますよ?
むしろ声に出てたからな。
コイツの口の堅さは疑わしいところだが……、ま、意図的に人を傷つけるようなことはせんだろ。
「とりあえず、体調不良なんかじゃなくてよかったよ」
「あ、あの……おじさま……?」
「ん、なんだ?」
「えっと、その……、おじさまは――」
……………………
…………
……
「でも、ハク亜人だったんだ! 見た目じゃぜんぜんわかんなかったよー」
「い、一応、角みたいなものはあるんですよ? この辺に……」
「そうなのか? どれ……」
お、ホントだ。耳の上らへんに、髪に隠れてに小さな角があるな。
これは気付かんワケだ。
「や……ん。 おじさまぁ……そんな風に触られると、ハク……」
「おっと、悪い悪い」
とっさに手を引っ込める。
しかし、相変わらずハクの言動は何というかこう……。
「おっちゃん、やらしー」
「や、やらしー……」
「そうかハク、くすぐったかったか!! くすぐったかったんだよなぁははは!!」
ったくコイツらは、調子が戻った途端コレだよ。
ま、その方がらしいがな。
……っと、そんなことよりだ。
「なぁハク? もしお前がイヤじゃなければ、俺達に力を貸してくれないか?」
「……え?」
実際、この先どうしたもんかと考えていたところだ。
アイテムや食料も少なく、特に階層図が無い今、最上級ダンジョンの十二階層をただ目指すのは自殺行為だ。
となれば、とれる行動ってのは限られてくる。
来るかもわからん冒険者を待ち、随伴させてもらうか。
それともマナを節約しながら時間をかけて、あちこちしらみつぶしにしながら先へ進むか。
……まぁ正直、どちらもあまり現実的とは言えん。
初期地点がランダムな以上、『とりあえず二階層の手前まで』と言ったのはそういう理由だ。
だが、ハクの力があれば、ぐっと選択肢に幅が出る。
「ハクひょっとして……おじさまのお役に立てますか……?」
「あぁ、『危険だと判断したら中止する』なんて言っておいて、なんつーか都合のいい話なんだが……」
「や、やります……! ううん、やらせてください!」
ハクが力いっぱいに返事をする。
ありがたい。
こんな小さな子に頼るのは申し訳ないが、これなら……。
「ハクはおじさまのためなら……『都合のいい女の子』にだってなりますから!」
おっと、言い方~。
頼むから、外でそれ言うのは勘弁してくれよ……?