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第37話 真髄

「……がぁ!!」

「……っ!!」


「母上!! クレハ!! ……っ!! はぁぁああ!!」


「にょほ……!! どうしたクヨウ・フゥリーン……!! 動きが鈍っておるぞ……!!」


「――〰〰っ!! ――ぐあぁっ!!」


 殿サマが刀を二本構えてからほんのわずかな間に、戦況は大きく変わっていた。


 ヒスイもクレハも、三人の中で最も戦力的に可能性があるクヨウを庇うように立ちまわっていたせいで、もうほとんどマナも残っちゃいない……!


 クヨウもそれに答えるよう、必死に殿サマに食らいつくが……鬼神装を制御できているとはいえ、そろそろ限界が近いはずだ……!

 ……いや、限界が近いのはのはこっちだけじゃあねぇか……!



「――キャアアァアアァアァアアァ!!!!!」



「はぁ、はぁ……!! ……っ、援護が追いつかない……!! このままじゃトリアさんが……!!」


「にゃうぅぅ……!! せめてもう一人……! もう一人ウチと同レベルの魔法が使えるようなヒトがいれば……!!」


 ヴァルハーレに一番狙われているトリアはもちろん、ハクとエテリナも大分消耗が激しい……!


 だが……!

 それでも俺は――!!





「――ほう。であればこうして、わざわざ出向いた甲斐があったというものだ。……『クリッカーグリッド』!!」


「――!?」


 突如発生した光の粒子が、花びらを巻き込んで爆発する。

 

 この魔法の使い手。

 俺の隣で指輪・・を構えるこいつは――!!


「ヴァ……!」


「――ヴァレむー!?」


「ヴァ、ヴァレむ……? ごほん、まぁ良い。――手を貸そう、エテリナ・クルカルカ。それとも……われでは力不足かな……?」


 エテリナに呼ばれたあだ名に一瞬戸惑いながらも、再び指輪を構えるその男。


 ――ヴァレリアス・ブランジェム……!

 飛行船で俺たちとひと悶着あった、『英雄級』の冒険者だ……!!


「……ヴァレ……リアス……! なんでここに……!」


「ふむ、予定よりも早くクエストが済んだのでな。帰りの乗り継ぎのため、つい先ほど到着したところなのだが……街の様子の奇妙さによもやと思い駆けつけてみれば、どうやら誤りでは無かったようだな、イルヴィス・スコード?」


 マジかよ……!

 俺たちにとっちゃこの上なくベストなタイミングだぜ……!


「察するに、あれが『七大魔王』か……。リグたちは城に残っていた者や町の住民の避難にあたらせている。しかし……貴君は相変わらず、彼女たちに無茶をさせているようだが……?」


「はっ……、どうにも、格好のつかねぇ話なんだけどよ……」


「まったくだ、だが……時間を稼げばよいのだろう? ……もっとも、吾が先にあれを始末してしまうかもしれぬがな?」


「そうかい……? そん時は……旨い酒でも奢らせてもらうさ……!」


「ふむ、それは重畳……!」





「……にょほほ、この状況下で再びの増援とはのう。なんとも運の良い男だ」


「はぁ、はぁ……!! ……ザンマ様それは違います」


 肩で息をしながら、殿サマの言葉を否定するクヨウ。


「ほう……。違う、と申すか……?」


「……確かにこのタイミングでの彼らの到着は、私たちにとっては幸運に他ならぬものかもしれません。ですが……それだけでは、ヴァレリアスどのが我々に手を貸してくれる理由にはならない……!」


 ぐぐっと体勢を整えながら、クヨウは殿サマの問いに答えていく。


「あの時……もし本当にイルヴィスがヴァレリアスどのを見捨てるような判断をしていたのならば、今もこうして駆けつけてくれることも無かった。……いいや、今日だけではない……!」


「クヨウ……」


「私と共に救われたアカリ達も……! シズレッタやエータ達も……! もしもイルヴィスがあの時、彼女たちを救うのを諦めるような選択をしていたら……エンフォーレリアでその手を借りられることも無かった……!!」


「く、クヨウ……! そ、そうだ……! リーズシャリオではおっちゃんのおかげで、わ、わたしもシズレッタやネーリャと……!」


「そしてあの時……イルヴィスが私と母上の間に立ち、私を母と本気でぶつけてくれたからこそ……! 今こうして私は、クレハや母上とともにザンマ様の前に立っていられるのです……!!」


「クヨウ……」


「クヨウさま……!」


 ……はっ、そいつは買いかぶりってもんだぜ。

 俺は――。


「ふふ……ほんの少し、折れてしまいそうな時もあったようだが……イルヴィスはいつだってそうだった……! ――だから私も……決して諦めはしない!!」


 ボロボロになりながら、それでも再び刀を構えるクヨウ。


「……にょほほ、良い気迫だ。そして……どうやら先の台詞は失言だったようだ、詫びを入れさせてもらうとしよう。だが……」


 それに応えるように、殿サマが再び刀を構える。


「信念だけでは力たりえぬ……!! 信念も、それを貫き通すための力も、等しく必要なのだ……!! 其方にそれが無ければ、余を降すことなど出来はせぬぞ!!」


 そうして互いの信念のもとに対峙する二人のサムライ。

 そして……戦場の中で訪れる、ほんのわずかな静寂。


「――そうだ、イルヴィスはいつだってそうだった……。だからこそ、自身の才能に見切りをつけようといた私も、冒険者としての道を閉ざすことなくここまでこれたのだ……」


「……」


「修行に身をついやし……マナの少なさを補うため、刃の切っ先のみに鋭くマナを通す技も身に着けた……。他にもあらゆる剣の型や、左太刀の握り……たとえ悪あがきだと笑われようが、少しでも何かの役に立つように、と……」


 静かにそう語りながら、じりじりと、間合いを詰めていく。


「……ふふ、中には結局、食材なんかの目利きにしか役立たないようなものもあったな。……だがそうしてきたからこそ、こんな私でも未熟ながらに勇者候補と呼ばれるようになったのだ……。そしてそれは今も……」


 ……不純を捨て、『自らの心』と『自らの技』と『自らの肉体』をもってのみ、おのが剣と成す……だったか。


 フゥリーン家の教えの中でも、クヨウは自分を磨くことをやめなかったんだな。

 だからこそ――。


「――あぁそうだ、あらゆるもの(・・・・・・)の力を借りるとは、自らが進んできた『己が道』をも含むということ……! 教えに反する『雪凪』と『玄涜(しづかのけがれ)』が受け継がれてきたのも、きっとそういうことなのだと、今の私にはそう思える……」


 だからこそ俺は……!!


「古さや新しさよりも大切なもの……『フゥリーン家の教え』も、『私自身の見出したこたえ』も……古きも、新しきも、そのすべてを受け入れ、すべからく自身の力とし、そして――!!」


 クヨウが負けるだなんてことは……!!



「そしてザンマ様!! 必ず、必ず貴方に勝ってみせる!! だから……私の声に応えよ!! ――『雪凪』、そして『玄涜(しづかのけがれ)』!!!」


 これっぽっちも思っちゃいないのさ――!!



「っ! これは……!!」


 クヨウの叫びと気迫とともに、雪凪の刀身が黒く染まっていく……!

 いや、雪凪だけじゃあない……!! 


「あれは……クヨウさまの鬼神装が……!」


「形を……変えていく……!!」


「……! それにこれは……ゆ、雪……?」


 ぽつりとネルネが呟いたように、辺りに一帯に辺りにうっすらと霧のようなものが立ち込め、ちらちらと雪が舞い始める。

 そして――。


「これが私の鬼神装……!! 名付けるならば――」




「――『黒曜天煌華こくようてんこうげ』!!」




 雪の結晶にも似た六枚の花弁を持つ、百合の花を模したような黒い甲冑。

 そして……同じく艶めく漆黒の刀身。

 オーガの仮面ははずれ、クヨウの鋭い眼光が殿サマを貫く。


 ――黒曜天煌華こくようてんこうげ……!!

 これがクヨウの――!!


「……にょほ、余に勝つと申したか……! ……その意気や良し!! しかし……決意だけでもハッタリだけでも、余の刃を砕くことはかなわぬぞ!!」


「もとより承知の上!! ザンマ様、お覚悟を!!」


 再びぶつかり合う刀と刀。

 激しい斬撃と斬撃の中、クヨウの攻撃は未だに殿サマには届いちゃいないようだが……!


「す、すごい……クヨウ、ゆ、勇者級のお殿様と、ご、互角に……!」


「あぁ……!」


 逆に殿様から繰り出される攻撃も、クヨウには届かない。

 勇者級の攻撃その全てを、クヨウは確実にさばいているってことだ……! 


「……ふぅむ、なるほど。この霧や雪のように見えるのは感覚器・・・……。大気からとりこんだ大量のマナを己が物とし、それを感覚器として散布することで、余の動きを読んでいるという訳か……」


「……」


「だが……防御だけでは余には――!」




「――ザンマ様、私は弱い人間です」


「……!」


「弱いからこそ、いつだって最悪な未来を想像してしまう……そうなるぐらいなら、いっそ自分を犠牲・・にしてしまった方がましだ、とも……。ですが……それでは駄目なのだと、一人の殿方に教えられました」


「……それが、イルヴィス・スコードか」


「はい。だから私は……そんな最悪の未来すらも逃げ切る(ふりきる)ために、自ら前へと歩を進めるのです。……そうそれが、あの時イルヴィスとともに掴み取った私の『真髄』――」


 ……クヨウの恩恵ギフトは『脱兎のごとく!』。

 あの時のことを……化け物になったガングリッドとの戦闘で、クヨウの『雪花の太刀』が『真髄』へと昇華したのを、俺も忘れはしない。


「そうだ、それこそが我が『真髄』……! 逃げる(・・・)と云うならことごとく……音も、光も、ことわりさえも、置き去りにして刃と成す……!! イルヴィス、お前と共にあればきっと……!!」


 首元の玄涜(しづかのけがれ)に、そっと一度指を添える。

 そのままに静かに目を閉じ、身をほどくように深く呼吸を整えるクヨウ。

 

 ……次の一撃で、決着がつく。

 そんな俺の予感とともに、クヨウが再び口を開き――。


「なればこそ!! 今この場にて覚悟は成った!! これが私の……いいや、私たちの――!!」


「……!!」





「――『雪花双輪纏艶終せっかそうりんまといてあでつい』!!」





 交差する二つの影と、再び訪れる僅かな静寂。

 そして――。


「……なるほど。……――見事だ」


 数瞬の間を空け、バギンと音を立てて殿サマの刀と鎧が砕け散る。

 そしてそのまま殿様自身も、糸が切れたようにその場へと倒れ込んだ。


「……っぶは!! はぁ!! はぁ……!!」


 そして同じくしてすべての力を使い切ったであろうクヨウの鬼神装も砕けて消えていく。

 そうだ……! つまりクヨウは……!!


「……っはぁ……!! はぁっ……!! ――すぅ……イルヴィぃぃス!!!! 私はっ!! 私は勝ったぞ!! ザンマ様に勝ったんだ!! だから――!!」





「あぁ、わかってるさ……!!」

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