第34話 お前がそう願うなら
「トリニャー、ハクちー……!! にゃうぅ……!! 流石のウチも、この規模の契約魔法を展開しながらの援護は……!! でも……!!」
エテリナがちらりと外を見る。
町のヤツらはこの光景を見ても、未だに元気いっぱいで役人たちを罵倒しているようだ。
エテリナがショータイムウインドウを解いちまったら、それこそなりふり構わずなだれ込んでくるだろう。
……自分の身の危険すらも顧みず、だ。
くそ、初手にブレイブスライムを使っちまったのは悪手だったか……!?
いや……そうでなけりゃ最初の自爆攻撃でまとめて全滅していたはずだ……!
後悔している暇があったら考えろ……!!
少しでもなにか――!
「――無駄だ。どれだけ策を巡らせようとも、最早、余の計画は動き始めた」
「!?」
いつの間にか、俺とネルネの前に殿サマが姿を現す。
「――イルヴィス・スコードよ。其方の……いいや、其方らの力はここで摘んでしまうにはあまりにも惜しい。故に……敵となるならば容赦はできぬが、共に余の理想の礎となるならば、命までは奪いはせぬ」
「……はっ、どうにも身に余る評価をいただけてるようで。……丁重にお断りしますっつったらどうなるんで?」
「無論……ここで息の根をとめる。……我が大望の障害となりえるその力……可能性の欠片すらも残さぬずに――!」
「――させる……ものかっ!!」
殿サマが刀を抜いた瞬間、ガキンと刀と刀がぶつかり合う音が響く。
これは――!!
「く、クヨウ……!!」
駆けつけてくれたのはボロボロになったクヨウだった。
そうか……!
エテリナに続き、トリアとハクまで外にいるってことは、今までクヨウが一人で殿サマを食い止めていてくれたのか……!!
「……退けい、クヨウ・フゥリーン。先程も申したが、ミヤビの民である其方をむやみに殺すことはせぬ。だからこそ、先程は倒れた其方を見逃したのだ」
「はぁ、はぁ……!! ふふ、それは好都合です……!! ならばせいぜい私を殺さぬよう、力を抑えたままでお付き合いをしていただく……!!」
「……にょほほ。なるほど、どうやら聞いていたよりもしたたかな娘の様だな。だが……全盛期には遠く及ばぬとはいえ、『勇者』の称号を持つ余を相手に、一人で立ち回れるなどと……!」
「――いいえ、クヨウさまはおひとりではありません」
かしゃんっと、殿サマの足元で何かが砕ける。
なんだ……? 先端に火のついた、小さな小瓶……?
どこからか飛んできたそいつは、砕けた瓶の中から滲みだした油のような液体に引火し、ゆらゆらと小さな炎を揺らめかせている。
これは……?
「『焔紅鉤』……!!」
瞬間、地面で揺らめいていた炎が業火となって舞い上がり、殿サマへと襲い掛かった。
「……! この術……この『忍法』はまさか……!!」
「――お待たせして申し訳ございませんクヨウさま。ですが……これはまさに、抜群のタイミングといってもいいでしょう」
「クレハ!?」
「はい……! クレハ・クノー、ただいまここに参上いたしました……!!」
――クレハだと!?
なんでここに……!
「……クレハ・クノーか。フゥリーン家の忍……『英雄級』の名に恥じぬ、見事な術だ」
「お褒めに預かり光栄です、ザンマさま」
……って『英雄級』!?
クレハのヤツ英雄級だったのかよ!?
クヨウからは何も……。
「く、クレハ……!? お前、英雄級だったのか……!?」
「はいクヨウさま、実はそうだったのです。ですが……このことはクヨウさまには内緒ですよ?」
「いや目の前! お前は今誰と話してるつもりだったんだ!」
「おっと、これはうっかり」
……どうやらクヨウも知らなかったようだ。
考えてみりゃいつも気配もなくひょっこり現れたり……ヒスイと一緒に俺たちよりも早く、ダンジョンの奥へ先回りをできたのもそういうことだったってワケか……。
「……にょほほ、見事な術ではあったが……しかし英雄級の冒険者が一人増えたところで、余を止められるなどと思わぬほうが賢明だぞ?」
「……いいえザンマさま、駆けつけたのは、わたくし一人ではないのです」
「! クレハ、それはまさか――」
「――『雪那の太刀』……!」
「……っ! ……ふむ、そういうことか……」
突如現れた『もう一人の人物』。
その攻撃を、殿様はすんでのところで防ぎきったようだが……!
「なるほどのう、其方は上には背かぬ者だと思っておったが……母子そろってこのザンマ・ハロウドの敵となるか、ヒスイ・フゥリーン……!」
「……ザンマ様。御身に刃を向ける無礼……どうかお許しください」
「母上……! そうかクレハ、お前が……」
「いいえクヨウさま。わたくしがヒスイさまを説得できたのは、他ならぬクヨウさまのお力があってのことです。わたくしはそれを少し後押ししただけ……」
「私の……?」
「はい。クヨウさまが強くご自身の道を示したからこそ、ヒスイさまはザンマさまに背くご決断されたのです。そして……クヨウさま、ヒスイさまは確かにご家老さまたちの企てに加担しておりました。ですが……!」
「……みなまで言わずとも大丈夫だ、全て承知している。イルヴィスが教えてくれたのだ、母上が盲目的に奴らに従っているわけでは無い、と。……もちろんクレハ、お前もな」
「……! イルヴィスさまが……!?」
まぁおおむねその通りだ。
念のため、エテリナにもお墨付きをもらったしな。
俺もそれまでは、役人共が『自分に都合の悪いヤツら』をダンジョンに送り込み、それをヒスイとクレハが始末していると思っていた。
が……そうなると俺たちがクレハに『何か変ったことは無いか』とたずねた時に、わざわざ殿サマの話なんざする必要が無くなってくる。
役人共にとっちゃあ、痛い腹を探られるのは不利益極まりないだろうからな。
……クレハはわざとそうしたんだろう。
噂にまでなっちまってる俺がその悪事に気付く様に……役人共にそれを悟られないよう、『殿サマにご挨拶をするのが礼儀かと』なんて、俺に嘘の理由をつかせてまでな。
つまりクレハもヒスイも、役人共に従っちゃあいるが、そいつを良しとはしていなかったってことだ。
そうなってくると……今まで『始末』を命じられてきた標的も、どこかで無事に生きてるっつう可能性も高くなってくる。
恐らくひっそりと国の外にでも逃がしていたんだろう。
皮肉にもフリゲイトの干渉の力で、今のミヤビは国内外からの情報をシャットアウトされるからな。
そいつを逆手に取ったってワケだ。
「……フゥリーン家の私がその企てを知れば、私もそれ仕えるよう命が下る可能性があった……。だから母上は私をこの町から遠ざけるようにあのような……」
クヨウを勘当するっつってたのも……フゥリーン家そのものから離れちまえば、命令に縛られることもなくなると判断したってワケだ。
「……買いかぶるのはよしなさい、クヨウ。母にもわかっています、他にいくらでも方法があったのではないかということは……」
こちらに顔を向けないまま、クヨウの言葉を遮るヒスイ。
「ですがそれでも……それでも私は、代々ミヤビの上層部に仕えてきたフゥリーン家の歴史と……そして、その伝統やしきたりに、完全に背いてしまうような形をとることはできませんでした……」
……実際そうなんだろう。
根本的なことを言っちまえば、クレハかヒスイが『役人共が悪い事をしてますよ』とでも一言くれりゃあ、俺たちはそいつを知ることができたワケだからな。
それをしなかったのは――。
「――だって、だってそうでなければ……あの人がそれに命を賭した意味が無くなってしまうから……!」
……!
あの人……クヨウの父親、か。
クヨウも言っていたな、『強い人だったが、伝統やしきたりの前にはそれも無意味だった』と。
……おそらくクヨウの父親は、そういったモンの犠牲になっちまったのか。
「母親としては、不相応この上ないことでしょう……。どうなじられようとも……」
「そんなことはありません!!」
「……! クヨウ……」
「私の剣は母上の……母上に与えてもらった沢山のものからできています!! 厳しさも、優しさも、すべて……だから! だから私は……!!」
「クヨウ、あなたは……。――……備えなさいクヨウ。『七大魔王』と、そして『覇道の勇者』であるザンマ様を止めんとするのならば、この母を降したあの力を今一度……いいえ、あの時以上の力が必要になります……!」
「……!」
「ヒスイさま……! クヨウさま、わたくし達で束の間、ザンマ様を食い止めます……! クヨウさまは鬼神装を……!」
「母上、クレハ……! わかった……!!」
クレハとヒスイが殿サマと対峙する。
殿サマに、ミヤビの上層部に、そして……なによりフゥリーン家の伝統ってヤツに背いてでも、二人はそうすることを決意した。
そしてクヨウも……!
「イルヴィス……! すまない、動けるか……!?」
「はっ……! 元気よくイエスと応えたいところではあるんだがね……右手だけなら何とかってところだ……!」
「ふふ、そうか……! ――ならばイルヴィス、これの装着もお前に頼めるか?」
取り出した『玄涜』を俺に持たせるクヨウ。
そしてそのまま俺の腕を支えるように、自身へと近づけていく。
「俺が……? こいつをクヨウの腕にあてがってやればいいのか……?」
「……いいや、正確には少し違う。……腕に、ではないのだ」
もう片方の腕で、クヨウは少し襟元を崩す。
まさか……。
「――そうだ、『玄涜』は本来、腕に装着する物では無い。……首輪なのだ。真の力を発揮するためには、首への装着が必要となる」
「く、首輪……!?」
「しかしクヨウ、そいつは……!」
「無論、相応のリスクもある。鬼神装の力を真に引き出すということは、その分更に強い狂気の渦にこの身を晒すことにもつながるのだからな」
「そうじゃねぇ、クヨウ……。首輪っつぅことは……」
「……あぁ、お前の言いたいこともわかっている。確かに私も、首輪というものに対して思うことが無いと言えば嘘にはなる。だが――」
首もとの痣……ケインの作った胸糞悪い首輪を、俺が無理矢理ぶっ壊したときについちまったその痣を指先でなぞりながら、目を伏せるように続けていくクヨウ。
「だが同時に、この痣はイルヴィス、お前が私を救ってくれた証でもあるのだ。だから……そこに忌まわしい記憶が付きまとうというのであれば、お前のその手で、上書きしてほしい……!」
「……!! ……そうか……他でもない……お前がそう願うなら、俺は……!」
動かない体をそれでも無理矢理動かして、受け取った玄涜をクヨウの首元にあてがう。
そして……そのまま最後の力を振り絞るようにして、クヨウの頭をくしゃりと撫でてやった。
「……悪いね任せっきりで……いけそうかい?」
「ああ、まかせておけ……!! ――『鬼神装……顕現』!!」
凛と立ち上がり、まさに威風堂々と言った佇まいで殿サマの元へ向かうクヨウ。
その頼もしい後ろ姿を見届けたところで……なぜか急激に、俺の視界は暗くなっていく。
「お、おっちゃん……!?」
まずい……。
また……意識が……遠のい……て――。
……………………
…………
……
「――……彼女たちの力になりたいか?」
……!