第12話 楽しみにしとくよ
「あっ、これ知ってる! 確かラーメンってヤツだよね!」
「お、知ってたか、今ちょっとイーロンの料理に凝っててな。つっても、これはもうちょい東の国、ミヤビのやり方も参考にしているが……。
いや食文化ってのは奥が深いね。
「す、スープが紅いんだな……透き通ってて、きれいだ……。し、仕込んでたってのはこれのことなのか……?」
「ああそうだ。……驚け? コイツはフルボーンドラゴンの骨からスープを作ってあるんだ! さしずめ『竜骨ラーメン』ってところだな!」
「おぉ! なんかすごい!」
だろう? もっと褒めてもいいんだぞ?
「……ぷは~! おっちゃんの料理はやっぱりおいしいね!」
「う、うん……。 ふ、フルボーンドラゴンの骨がこんなにおいしくなるなんて、おっちゃんはす、すごいな……」
おいおいよせやい……!
そんなに褒めても、俺のやる気しか出ねぇんだぜ?
「あ! だったらもっと強い魔物の骨を使ったら、もっとおいしくなるんじゃない!? 例えば……ウルトラスーパースペシャルアルティメットゴッドドラゴンとか!」
「いやお前、そんな攻撃力みたいに……」
つーかそれ魔王級の魔物じゃねぇか。
ラーメンのために戦うワケねぇだろ。
食事も終え、二人には洗い物を手伝ってもらっている。
トリアの奴は『えー?』なんて言いそうなもんだが、こういう時は結構素直だったりもする、意外にもな。
さてと、そんじゃあ俺は書類の続きでも……と、そう思った瞬間、玄関の方から呼び鈴の音が響いてきた。
「はーい! だれだろね? こんなところに……」
「いや、はーいじゃねぇよ何ナチュラルに返事しとんだ。……だいたい、そのこんなところに入り浸ってんのは誰なんだって話だよ、まったく」
ぶつぶつ言いながらドアを開ける。
すると……。
「……ん? あれ!? さっきの……」
「え!? じゃあここはおじさまの……!?」
そこには見覚えのある小さな女の子が立っていた。
――白い髪に白い肌。
間違いない。冒険者ギルドにいた、あの小さな女の子だ。
しかしなんでここに……?
「そ、それじゃあこの子は、お、おっちゃんの知り合いなのか……?」
「その、先程冒険者ギルドで、おじさまに助けていただいたんです」
「へぇそうなんだ! でもおっちゃんに変なことされなかった? このおっちゃんはこう見えて、結構むっつりさんだから……」
おいやめろ。
流石にそれはシャレにならんぞ。
「いえ、そんなこと! むしろおじさまは……」
ほんのり顔を赤らめながら、少しまつげを伏せる女の子。
なんだ? 俺がどうし――。
「おじさまは、ハク……じゃなくて、私を……大人の女性にしてくれたんです……!」
「ぶーーーーー!!!!???」
いやいやいやいや!!
何言ってんの!?
「うえぇええぇ!!!? おっちゃん!? ボク達だけじゃ飽き足らずに、こんな小さい子にまで何したの!?」
「あわわわわわわわわ……」
「いやお前達にも何もしとらんだろ!? 人聞きの悪いことを言うんじゃねぇ! 『扱い』が抜けてんだ『扱い』が! 大人の女性『扱い』、な!?」
俺はあわてて訂正を求める。
「あ、はいそうです! す、すみません、言葉が足りなかったみたいで……」
いや、言葉が足りないことが問題ってわけでもないんだが……。
……まぁとりあえずいいか。
「そ、そういうことか……。び、びっくりした……」
「……ううん、まだだよ! もうちょっと詳しく話を聞かないと、判定結果は出せないね!」
……疑うねお前も。
「え、えっと……最初は『痛くないか?』って聞かれたんです……。その後は『子ども扱いしない』って言いながらいろいろと優しく……こ、これ以上は恥ずかしくて言えません……!」
「おっちゃん!!!? ねぇおっちゃん!!!?」
「あわわわわわわわわわわわわわわわわ…………!」
「いやいやまてまてまて!! ホントに誤解だから!! 誤解だから!!!!」
~説明中~
「すみません、一人でちゃんとできなかったことが恥ずかしくて……」
「お、お話は聞かせていただきました……。そ、それではトリアさん……は、判定を……」
なんだその喋り方は。
「ん~~…………、グレーー!!!!」
「いやなんでだよ!? ホワイトホワイト!! 完全なる潔白だっただろ!?」
「えー? でもおっちゃん前科があるし……。ボクのおっぱい見たりとか、ネルネのぱんつも見たりとか……」
いやもうそれずっと言うじゃん……。
合鍵も渡したんだし、そろそろ許してくれても良くない? ねぇ?
……というか、なんか開き直ってないか?
「おっぱい、ぱ、ぱんつ……、や、やっぱりそうなんだ……」
……ん?
この子今、なんかぼそっと呟かなかったか?
「ハクーニャ・シャグヤスです……! あの、ハクと呼んでください……!」
ぺこりと頭を下げる女の子。
未だかつて、自己紹介までにこんなに疲弊したことがあっただろうか。
いや無い。
…………ん?
シャグヤス……シャグヤス……。
「――シャグヤス!? あの大富豪のか!?」
おいおいマジかよ……。
この街じゃ知らねぇ奴の方が少ないぐらいだぞ……。
「ふえー……、そんなお金持ちさんがこんなおっちゃんに何の用なの?」
おいこんなとはなんだ。
「あの、噂を聞いて……」
「う、噂……?」
「はい。……ホントはちょっと不安だったんですけど、おじさまが相手なら私、頑張って見せます……! だから……!」
見せる? なにをだ?
……いやまて、ひょっとしてこの流れは――。
「だから、み、見てください……! ハクの、ハクのぱん――」
「トリア! ネルネ! ハクの動きを止めろ! 優し目にな! うまくできたら好きなもん食わせてやるぞ!」
「よしきたー!」
「わ、わかった……」
「え? え? えぇ!?」
トリアとネルネに両側から、むぎゅっと抱きしめられるハク。
……危なかった。
恐らくこの後に待っていたであろう絵面は、犯罪的を通り越して、もはや犯罪の域だったに違いないからな……。
「――クエストの申請が通らなかった?」
「……はい。それで困ってたら『ここにいる人に胸やパンツを見せれば引き受けてくれるかも』って冒険者の方が……」
二人に挟まれたままのハクが答える。
オブラートに包んじゃいるが、実際はもっと品の無い言い方だっただろうな。
……フーのヤツが言ってた『噂』ってのもこれのことか。
そんでもって……。
「トリアさん? グリネルネさん? 何か心当たりはありますかな?」
パンツはともかく、胸の件はダンジョン内での出来事だ。
となれば必然、三人以外に知っているヤツがいるのはおかしくなってくる。
つまり犯人は……。
「えっとぉ……? ボクはちょっとわかんないかなぁ……?」
「と、トリアと二人でランチに行ったとき、おっちゃんに胸を見られたことを、大きな声で愚痴ってたぞ……」
「わーん! ネルネなんで言っちゃうのー!?」
「ご、ごめんトリア……。で、でもこういうのは、は、早めに謝っといた方がダメージが少ない……」
「けどばれなきゃダメージ0なのにー!」
コイツはホントに……。
まぁコイツには、あとできっちりお仕置きをしてやるとしてだ。
ハクが持っていたクエストの依頼書に目を通す。
アンリアットの東、ナザリアの森の奥で摂れる『フラモネの花』の採取。
それ自体はたいして難しいクエストじゃない。
むしろ超が付くほど初心者向けといってもいいぐらいだ。
問題は……。
「……ハク、お前これ一番下の項目、保護者のサインもらった後に自分で書き足したな?」
「あ、その……はい……」
なるほどな、道理で審査が通らんワケだ。
クエストの依頼書も、引退書類と同じく魔法陣を併用したマジックアイテムだ。
こういうやり方をしても、すぐにばれる。
……いや、仮にそうでなくても――。
「『クエストにはハクーニャ・シャグヤスを同行させること』……か」
「ど、どうしても、自分の手で摂りに行きたかったんです! その……ごめんなさい……」
ハクの風体は、どう見ても冒険者には見えない。
まぁ、何か理由があるんだろう。
遊びや好奇心で、こんなことをする子だとは思えんしな。
だが……。
「な、なぁおっちゃん……、こ、これくらいなら、引き受けてあげてもいいんじゃないか……?」
「つってもなぁ……」
確かに、フラモネの花がある場所へは往復で一時間ほど、ハクをつれても二時間もあればといったところだろう。
ダンジョンでもないため、出てくる魔物もランク無しのヤツらばかりだ。
……が、森の中には、ダンジョン『デルフォレスト』への入り口がある。
万が一のことを考えると……。
「……え、エルダースライムの時もな、お、おっちゃんが引き受けてくれたから、わたしは夢を一つ叶えることができたんだ……。き、きっとハクにも何か事情があるんだと思う……。だから……」
「ネルネ……」
「そうだよおっちゃん! ここで動かなきゃカッコよくないよ!」
……まぁどれだけ他人に否定されても、何かを成し遂げたいって気持ちは良く分かる。俺も少し前まではそうだったしな。
カッコイイかどうかは置いておくとして……ま、仕方がないか。
「……わかったよ。ただし、危険だと判断したら即中止するからな?」
「おじさま……! ありがとうございます……!」
礼なら、二人に言うといいぞ。
俺一人の判断だったら、断ってたかもしれんからな。
「あのおじさま……! 私とっても嬉しいです! だから……、あ、もちろんお金は払います! でもそれだけじゃなくて……」
ハクが頬を染めながら、こちらを見つめてくる。
そして……。
「その……ハクのはじめてを、もらってくれますか……?」
はいでたー。
いやホント、これはマジでおっさんの社会的信用をぶち壊す一言だよ?
「…………えええぇえぇ!? は、ハク!? おっちゃん!!?」
「あわわわわわわわわ……! あわわわわわわわわ……!!」
「落ち着けって二人とも……」
狼狽える二人を前にしても、おっさんは動じないね。
なぜなら……。
「……なぁハク? はじめての何をくれるんだ?」
「あ、ハク……じゃなくて、私また言葉が足りなくて……。今度授業ではじめてお菓子を作るんです! だから……」
やっぱりか、そんなことだろうと思ったよ。
……そんでもって確信した。多分ハクのヤツは――。
「……あぁそいつは、楽しみにしとくよ」
――天然で言動がアレなのだ。