第10話 スライムの申し子
――『魔物ルーム』。
部屋に入り込んだ獲物に向かって大量の魔物が襲い掛かる、いわゆるトラップルームの一つだ。
普段なら絶対に近づきたくない場所だが……。
「――思った通り、『成長率+999』との相性は抜群だったぜ……!」
大量の魔物がいる……つまりは大量のEXPも得れられるってことだ。
今の俺のレベリングには持ってこいな場所だったぜ……!
流石の連戦で持参したアイテムなんかは使い切っちまったが……。
「トリア! ネルネ! 生きてるか!?」
巨大なスライムが鎮座する吹き抜けの広場。
俺は再びここに戻ってきた。
「……おっちゃん! うん! だいじょぶだよ!」
「わ、わたしもこっちに落っこちちゃったけど、な、何とか大丈夫だ……!」
ネルネのヤツも下にいるのか……!?
……なるほど、あの攻撃でまた足場が崩落したのか。
だが……生き延びてるなら上等だ!
手すりを飛び越えて、俺も三十一階層へと向かう。
『魔物ルーム』でのレベリングで、俺は63にレベルアップした。
それでもマナプールは5200程……最上級冒険者の見習いといった程度で、エルダースライムとやりあうにはまだ十分とは言えんが……。
「ネルネ! ありったけを俺によこせ!」
三十一階層へ落下しながら、俺はネルネにそう叫ぶ。
「え……!? あ、危ないぞ……!? ほ、ほんとにいいのか……!?」
「大丈夫だ! 俺を信じろ!」
「信じる……。わ、わかった、いくぞ……! ――す、『スライムマン』……!!」
ネルネの袖から色とりどりのスライムが現れ、次々と俺の方へと向かってくる。
本当に次から次へと……。
次から、次……へと…………?
「――いや多くねおぼぼぼほぼぼぼぼ……!!」
いや多くね!? 溺れるわ!!
予想の数倍はあるぞこれ!?
動揺のあまりそのままべちゃりと床に落ちちまったが……大量のスライムがクッションになったおかげで助かった。
……いやこれ、おかげって言ってあってんの?
まぁいい、今はそんなことより、ひとまず体勢を立て直さねぇと。
恐らくそこには全身にドロドロをまとった奇妙な男が立っていることだろう。
……なるほど、これが『スライムマン』ってワケか。
「うわーっ!? おっちゃんすごいことになってる! キモい!!」
「す、すごいぞおっちゃん……、か、カッコイイ……! とってもすてきだ……!」
真逆の声援をありがとよ!
どうやらエルダースライムのヤツも、俺に興味津々のようだ。
このまま仲間だと勘違いして、どっか行ってくれりゃ楽なんだが……。
「ま、そうもいかねぇか……!」
さぁ、スライム男VS巨大スライム。
世紀の対決の始まりだ……!
……
…………
……………………
……ぶつかり合うスライムとスライム。
長きにわたるこの世紀の対決も、そろそろ決着がつくことだろう。
トリアはネルネを守ってくれているが、流石に疲弊している様子だ。
正直言えば俺もそろそろ限界だが……それはエルダースライムも同じはず……!
これ以上長引けば、こっちもマズい。
だったら……!
「こいつで……どうだっ!!!!」
俺は残りのマナをすべて拳に込めて叩き付けた。
エルダースライムの体が衝撃でたわむ。
その反動で一瞬ふわりと浮いたかと思えば、そのままずしんと地面に落ちる。
そして――。
「――――ん~~っ……やったぁーっ!!!!」
トリアが叫んだ瞬間、俺の体を覆っていたスライムたちも消滅し始めた。
……ギリギリだったな、ホント。
しゅうしゅうと蒸発していくエルダースライムを見ながら、改めてそう思う。
「おっっっちゃーん!!」
「うおっと! 腰にクるから急に飛びつくんじゃねぇっての、ったく……ま、よく頑張ったな?」
「えへへ~!」
トリアの頭をポンポンと撫でてやる。
「ネルネも……こうしてなんとかなったのもお前のスライムのおかげだよ」
「ううん、す、すごいのはおっちゃんの方だ……」
そうかい?
ま、おっさんも結構頑張ったからな。ここは素直に……。
「ま、まさか『スライムマン』を身に纏って平気な人がいるとは、お、思わなかった……!」
………………ん?
あれ? それはどういう……?
「わ、わたしのスライムはもどきとは言え一応スライムだからな……ほ、ほんの少しだけ毒素を含んでいるんだ……。お、おっちゃんは気付いてたとは思うけど……」
……えっ?
「す、数匹程度なら問題なくても、『スライムマン』は大量だから……。へ、下手をすれば死もあり得ると思って、今まで使ったことは無かったんだ……」
――死!?
えぇ、なんつうスキル作るんだよコイツは……。
…………いや、そういやさっき『危ないぞ』って言ってたな。
あれこういうことかよ……。
「で、でも、おっちゃんを信じてよかった……! みんな助かったし、その、か、か、かっこよかったし……!」
「あー、そうね、うん、まぁ、まぁね……」
俺はこっそりと冒険者カードを手の甲の紋章にあて、裏側を確認する。
――新パッシブスキル『バッドステータス無効』。
……あ、危なかった。
コイツが無かったら今頃は……。
今度からはしっかり、色々と確認する癖をつけるとしよう、うん。
――その後、スライム観光ツアーを終えた俺たちは街へと帰る準備を始めた。
マジックアイテム『踵の道標』。
こいつの封を開けて小瓶の中身を床に垂らしてやれば、自動的に魔法陣の形を描き始めてくれる。
魔素の影響を受けやすいんで魔物がいないときにしか使えないが、これで少し待てば帰還用の転送魔法陣が完成するって寸法だ。
便利なもんだねホント。
……いやでもコイツマジで高価いんだよなぁ。
まぁ仕方ねぇか。
気絶してる三馬鹿も運ばにゃならんし、帰り用の回復薬なんかも全部使い切っちまったしな。
「それにしてもおっちゃんのあの姿はすごかったねぇ。今思い出しても……ぷふーっ!」
こいつ、他人事だと思いやがって……。
「つーか、お前らだってベトベトでボロボロだろうが……人のこと言えんのかよ?」
「う、まぁ確かに……」
「え、エルダースライムは取り込んだ獲物の鎧や衣類を破壊する、と、特殊な酸を精製できるからな……」
そういや魔物図鑑にも載ってたか。
破壊された鎧なんかは排出されて、ダンジョンの糧になるとかなんとか……。
「だ、だからこんな風にボロボロに……」
ぴし、ぱきんっ!
しゅる……ぱさ。
「え?」
「……あ」
「ん?」
何の音だ?
そう思って二人の方を見てみると……。
……胸があらわになったトリア。
……パンツがあらわになったネルネ。
二人のそんな姿が、そこにはあった。
……あぁなるほどね。
エルダースライムの攻撃でね、弱ってたんだねその……止具とか、衣類とかが……。
なるほどなるほど。
……まぁとりあえず、目をつぶっておくか。
「わああぁぁーーーっ!!!?」
「あ、あわわわわわわわわ……」
慌てる二人の様子が目に浮かぶ。
まぁそりゃそうもなるわな、無理もない。
「おっちゃん見た!? 見たでしょ!?」
「いやー見てない見てない。なーんにも見てないぞおっさんは……」
「うそだぁ!! 絶対見たもん!! えっち! ばかー!!」
いたたたた! ポカポカと殴ってくるんじゃない!
……いや、ポカポカとか言ったけどこいつガントレットつけてるからね!?
ポカポカなんてかわいいモンじゃないんだよ実際!!
「落ち着けって! そりゃ見ちまったのは悪かったとは思うが、俺がなんかしたワケじゃねぇだろ!? だいたいお前、こないだはパンツがどうのとか言ってくせに……!」
「下着と直接じゃぜんぜん違うもん! もー! もー!!」
いやそいつはまぁわからんではないが……。
「あ、あ、け、結局見られた……。しかも新しいのじゃなくて、普段使ってるやつを……。こ、これはもう、せ、責任を取ってもらうしか……?」
こっちはこっちでなんか不穏なこと言ってんなぁ!?
いやもうホント、勘弁してくれ……。
……………………
…………
……
――翌日。
あの後三馬鹿は冒険者ギルドに押しつけて、俺達のスライム観光ツアーは無事に終わりを告げた。
……改めて手の甲の紋章を確認する。
スーパー大器晩成……今やこの俺が、最上級クラスの冒険者とはね。
……この力は強力で、正直俺には持て余す。
確かに俺は努力をしてきたと思う。
そりゃ他人から見れば滑稽なものだったかもしれないが、当時の俺にとっちゃ必至の毎日だった。
だがそれでも……これがその努力に見合う報酬かと言われれば首をかしげざるを得ない。
俺は人より弱かった。
だからこそ、力というものの理不尽さは身に染みて知っているつもりだ。
……これで俺が悪人だったらなんて思うとゾッとするね。
もう少し若かったら、何も考えずに喜んだりもするのかもしれんが……。
まぁ目標である鉄人配送員には一歩近づいたんだ。
なんの変哲もないただのおっさんにはこのぐらいが関の山ってとこだろう。
これ以上の多用を避けるためにも、一刻も早く引退を――。
「ねぇおっちゃーん? お昼ごはんまだー?」
「……ええい、分かったからちょっと待ってろ!」
こっちはいろいろと考えてるってのによ、ったく……。
つか、なんであいつら家に帰らねぇでウチに泊りこんでんだよ、いやまぁ押し負けて許可を出したのは俺だけどよ……。
「ほら、おまちどーさん」
「こ、これは……!?」
「ん、初めて見るか? あんかけチャーハンっていってな。ま、うまいから食ってみろって」
確かイーロンの方の料理だったかね?
まぁ多少アレンジは入っちゃいるが。
「あーん……ん~! この上にのってるプルプルしてるやつ、一緒に食べるとすごくおいしい!」
「だろー? ちなみにそれ元スライムまんじゅうだぞ」
「……!!!!?」
「えぇ!? アレがこうなっちゃったの!?」
「まぁアレをそのまま食うのは、俺にはちょっとレベルが高すぎてなぁ……」
火を入れて溶かし、酒や薬味で臭みを飛ばしつつスパイスやハーブで苦みをコクに変え、調味料で味を調えたそれを再び冷やして固めただけの代物だが……なかなかうまくいったみたいだ。
あむ……うん旨い、上出来上出来。
「むぐむぐ……こくん。お、おっちゃん……! おっちゃんはもしかして……!」
「あっと、悪い、気に障ったか……?」
ネルネのスライム好きは筋金入りだからな……。
良かれと思って使ってみたが逆効果に……。
「おっちゃんはもしかして……、す、スライムの申し子なんじゃないだろうか……!?」
…………なんて?
「こ、この料理もスライムマンのことも、な、並みの人にできることじゃない……だから……!」
いやそんなことはないだろ。
特に料理は。
「まぁおっちゃんはボクと一緒に勇者を目指してるからね! 普通のおっちゃんとは一味違うってわけよ!」
「ゆ、勇者、おっちゃんも……!? う、うん、すごくいいと思う……! い、今でもこれなら……お、おっちゃんが勇者になった時にはきっと、もっとスライム的な出会いが……!」
「いや待て待て。勇者がどうだのはこいつが勝手に言ってるだけで……」
つか、スライム的な出会いってなんだよ。
「……はぁ、水を差すようで悪いけどよ、いろいろ受け入れて勇者を目指すには俺は少々歳を取りすぎてんのよ。だから……」
俺はチャーハンを大きく頬張って飲み降すと、再びあのセリフを口にする。
「――勇者になるには遅すぎる」
FANBOX(https://azitukenori.fanbox.cc/)やってます!
今後出てくるイルヴィスパーティのキャラ設定なんかも無料公開していますので、『応援してやるぞ!』って思ってくれる方がいらっしゃいましたらフォローだけでもしていただければ一層励みになります!