第8話 民主主義には従うさ
――翌日。
まずリィンさんの店へと向かい準備を整える。
……フルボーンドラゴンとの戦闘で、前に買った護身用のナイフはバッキリいっちまったからなぁ。
同じものを予備を含めてを数本と……ついでにいくつかの魔法薬も仕入れて背中の一坪へとつっこんでおく。
その後別の店でリンゴのタルトを購入し、やってきたのは町はずれにある大きな屋敷……いや、正確には――。
「ねぇねぇおっちゃん? ダンジョン行くんじゃなかったの?」
「ん? あぁそうか、お前は初めてなんだな。ここが――」
――『ビジレスハイヴ』。
大きな屋敷の見た目をした中級難易度のダンジョンだ。
出現する魔物は全て人型の、いわゆる『ドッペル属』。
スライムが出たなんて話は今まで聞いたことも無いが……。
「ん~!! ……あれぇ? 入り口ぜんぜん開かないんだけど……」
お、出たぞ。
知らずに初めてここに来た奴らみんなが通る道だな。
「ふふ……び、ビジレスハイヴには中に入るための、ちょ、ちょっとした儀式みたいなものがあるんだ……」
まぁそういうことだ。
俺はドアの前に立つと、トントントンと三回ノックをする。
「えーとなんだっけか? ……『すいません、少しお邪魔してもよろしいでしょうか? お礼と言っては何ですが、おいしいお菓子もご用意しております』……と」
俺がそう唱えると、ギギギと音を立てて扉がひらいていく。
事前にリンゴのタルトを買っておいたのはこのためだ。
「へぇーおもしろいね! でもあの棒読みはどうかと思うけどなー? 夢が役者さんじゃなくてよかったねおっちゃん!」
……ほっとけ。
……………………
…………
……
――ビジレスハイヴ第二十一階層。
ダンジョンの地図である階層図を片手に、奥へと進む俺達三人。
ビジレスハイヴは見た目だけでいえば、結構良いトコの屋敷を思わせるような内装をしている。
これで家具の配置や部屋の大きさ、その他あらゆるモンがでたらめでなけりゃ完璧だったんだがね。
……っと?
「……ねぇねぇおっちゃん、そろそろカワイイ女の子をおんぶしたくなってきたりしてなぁい? そんなおっちゃんに良い話があるんだけど……」
「そうだなぁ……あーでも残念だわ。ほれ、俺今背中の一坪背負ってるからよ」
「あ、だよねー? ……でもでもー? 今なら特別に、お姫様抱っこでもいいよって言ったならー?」
「ほぉ、そいつはありがたいね。……しかし肝心のカワイイ女の子ってのが見当たらんからなぁ」
「もー目の前にいるでしょー? ほらここ、こーこ!」
「んん……? いや、おかしいな見当たらんぞ……?」
「もー!!!!」
「な、仲良しさんだな……」
まぁ正直、この辺の階層はまだ余裕があるからな。
……少し前の俺が聞いたら、何て言うかねホント。
問題は三十階層からなんだが……。
「もうやーだー! 疲れたし歩きたくないしお腹すいたしもうヤなのー!!」
トリアがじたばたと暴れ出す。
……コイツホントに15歳なの? 何かの怪しげな薬で体だけ大きくなったとかじゃなくて?
「ご、ごめん……。わ、わたしのためにこんな……」
「いや気にすんなって、最終的にクエストを引き受けたのはコイツも一緒なんだからよ。……というかむしろ甘やかすな? コイツは多分、堕落すればどこまでも突き抜けていくぞ」
「あー……そ、それはなんとなくわたしもそう思う……」
「わーん! ひどいー!」
……まぁつっても、確かに今日はそろそろ潮時だな。
階層図のおかげで最短距離を通っているとはいえ、流石に一日で三十二階層までってワケにはいかない。
どこか、一晩明かす場所を考えるか。
……
…………
……………………
――翌朝。
「……ねーおっちゃんってばー。ホントにボクが寝てる間になんもしなかったー?」
「しつこいねお前も……」
「えー? だって朝起きたらお布団なかったんだよ? 床に落ちてて……」
そりゃ単純にお前の寝相のせいだろうが。
何度かぶせてやっても落っことしやがって……。
「――よぉイルヴィス」
そんな話をしていると、唐突に後ろから声をかけられた。
……おいおい、魔物にしちゃ随分と聞き覚えある声だな。
好きで覚えたじゃねぇけどよ。
「へっへ、奇遇だなこんなところで」
「相変わらずガキに媚び売ってヘコヘコしてるみたいじゃねぇか」
……うわぁ、もうこんな嫌な偶然ある?
「おっちゃんあの人たちって……」
「ああ、酒場でお前にも声かけてたヤツらだよ」
「わ、わたしも見覚えがある……」
ごろつきA、B、Cで良いぞ。覚えたって良いことないからな。
つーかネルネに『身体で払え』だのなんだの言ってたってのもやっぱりコイツらかよ……。
「悪ぃけど今こっちは忙しいんだ。要件があるなら手短に頼みたいとこだね」
「そいつぁ残念だ、じっくりと話をしたかったんだがなぁ。……ま、せいぜい頑張ろうぜ、お互いによぉ?」
にやにやと嫌味な笑顔で俺たちから離れていく三人組。
どうにも良い予感はしねぇが……しばらく進んだ辺りですぐ、俺たちはその直感が正しかったことを確信することになる。
――ビジレスハイヴ第三十階層。
「……トリア後ろだ!!」
「む! とお!!」
襲い掛かってきたのはマッドクッカー……頭のねじがぶっ飛んだような料理人の姿に似た魔物だ。
今の俺たちにとっちゃ特に手ごわい相手ってワケでもない、問題は……。
「おっと悪ぃなぁ。悪気があったわけじゃねぇんだ。許してくれよ?」
……別の方向から、にやにやと近づいて来るコイツらだ。
さっきからずっとこの調子で……無駄に魔物に攻撃をけしかけては、その処理を俺達に押し付けてきやがる。
「お、おっちゃん……。こ、これって……」
「あぁ、『ハイエナ』だな」
多分あいつらの中に、魔物の攻撃対象をある程度誘導できる『ヘイト管理』系のスキルを持ってるヤツでもいるんだろう。
「ねぇおっちゃん、ハイエナって?」
「……ハイエナっつうのはあれだ、挑発した魔物を他人に倒させて、自分は楽してEXPや素材を稼ごうっつうセコいヤツらの総称だよ」
ここで会ったのも偶然じゃあないんだろう。
俺達……というか、噂のトリアがダンジョンに入ったってのを嗅ぎつけてやってきたってところか。
「なるほどー。……なるほど」
「……ん? おいお前今『そんないいアイデアが!』とかなんとか考えてんじゃねぇだろうな?」
「え? や、やだなぁ、そんなことないってばー。それよりウメボシの話しない? けっこうおいしいよねあれ!」
いやごまかし方がポンコツすぎる……。
「お前ねぇ、今は俺達がそのハイエナの標的にされてんだぞ?」
「あ、そっか! ……じゃあダメじゃん! ボクが楽できないと意味ないのに!」
コイツはホントに……。
「ど、どうするおっちゃん……? なんとかして振り切るか……?」
「ふーむ、確かに無駄な消耗は避けたいところだが……いやいいさほっとけ。どうせもうすぐ思い知ることになるだろうしな」
「お、思い知る……? な、なにを――」
「――うわ! おっちゃんまた来たよ!」
っと、今度はドレッシーブラッドかよ。
血だらけのドレスで着飾った、両腕に刃を持つ魔物だが……。
「……なぁネルネ、そういやお前に聞いときたいことがあったんだけどよ」
「え? な、なんだおっちゃんこんな時に……」
「ああ、実は――」
「――お前寝言ですっごいパンツパンツ言ってたんだけどあれ何?」
「あわわわわわわわわ……!」
「おっちゃんそれ今聞かなきゃだめかな!?」
おー、珍しくトリアがツッコミ側にまわっとるな。
「まぁ落ち着けって。どうせ戦闘態勢をとる必要もないんだからな……っと!」
「わっ!」
「わわ……!」
二人を引っ張りながら脇の通路へと身を隠す。
するとドレッシーブラッドは俺達の横を通り過ぎ……そのまま後ろでニヤついていた奴らの方へと向かっていった。
「なっ!?」
「なんでこっちに向かってくるんだよぉ!?」
そのまま魔物に追われて逃げていく三馬鹿ども。
……いやーすっとするね。フラストレーションたまってたんだぜこれでもな。
「あれ行っちゃった……どゆこと?」
「ビジレスハイヴは中級ダンジョンだがな、三十階層を過ぎればランクAの魔物も出てくるんだよ」
今のドレッシーブラッドみたいにな。
「魔物もランクが上がれば戦術や知能を身につける。ま、むやみやたらと攻撃対象を変えたりしないってワケだ」
手あたり次第に攻撃する非効率さをヤツらは知っているからな。
もっとレベルの高いヘイト管理系のスキルでも使えりゃ話は別だろうが……というかそもそもハイエナなんてのはそう簡単なもんでもない。
ランクの低い魔物相手じゃ旨みが少ねぇし、かといってランクの高いヤツを相手にすりゃ難易度が跳ね上がる。
つまり……。
「ハイエナでも何でもそうだが、そういう行為で利益を出せるのは『そういうこと』の才能があるヤツらだけなんだよ。……よくて小悪党のアイツらにゃ向いてないわな」
どうせ聞きかじった浅い知識で手を出してみたんだろう。
「ほら、今の内にとっとと先に行こうぜ?」
「え……? で、でもあの人たち……いいのかこのままで……」
「自業自得だろ? 自分から手を出したんだ、やられる覚悟もあって当然……無けりゃ無いで大問題ってな。どっちにしろアイツら自身の責任だよ」
「うーん、確かにそうかもねぇ」
うんうん、その通り。
だから俺達はとっとと先に……。
「でもさ……」
うん?
「ここで見捨てちゃったらカッコよくはないよね! 未来の勇者としてはさ! ……行こうよおっちゃん!」
トリアがこちらに向かって手を差し出す。
……まったく、コイツはホントによ。
「お前なぁ。……まぁいいか、お前のそういうトコは嫌いじゃないよ」
つい口角が上がっちまうくらいにはな。
「けどその前にだ。……ネルネ、お前の意見も聞いときたい」
「え……? わ、わたしか……?」
「ここでアイツらを助けたら、また邪魔になるだけかもしれんぞ? だから……」
もしここでネルネが拒否するようなら、話は少し変わってくる。
今の俺達の雇い主はネルネだからな、クエストっていうのはそういうもんだ。
……けどまぁ――。
「そ、そうか……うん……でも……」
上目遣いでおずおずと、でもしっかりと俺の目を見据えるネルネ。
「わ、わたしもできるなら、助けてあげたい、かな……」
なんとなく、そう言うとは思ったよ。
「こ、ここで見捨てたらずっとモヤモヤして、その……え、エルダースライムを見つけても、す、素直に喜べないかもしれないし……」
あんなヤツらのことなんて、気にしなけりゃいいのによ。
まったくウチの子達はいい子だねぇ、ホントに。
……魔物やダンジョンによる死は、蘇生術や戦女神セイヴの加護なんかによってある程度取り返しがつく。
冒険者をしている以上、いつかコイツらにもそれを機能的に受け止めなけりゃならん時が来るだろう。
……ま、せめてその時までは、な。
「わかったよ、二対一だ。民主主義には従うさ」
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