第20話 特別な場所
「いっつつ……! くそう、流石にこの傷じゃあ回復薬でも治りは遅いか……」
特に左足がえっぐい。
あちこちザックリいっちまってる上に、どうやら骨まで折れてるみたいだ。
おまけに素材の回収もできんかったなぁ……まぁそれは仕方がないか。
考え様によっちゃ、魔王級を相手にこんだけの傷ですんだんだ。
この際、あんまり贅沢は言えねぇわな。
……魔王級、か。
ボイドシンドロームの影響なのか、俺のレベルは70で止まっちまっている。
戦闘力解放で勇者級の力は使えるが、それさえも制限時間付きだ。
今回、弱点である『額縁の背面』を狙えたことで何とかなったが……。
この先、もっと厄介な魔物や、それ以外の相手とだって戦うこともあるかもしれん。
見えなくなっていっちまってる左目のこともある。
なにか考えねぇと……。
「ご、ごめんおっちゃん……。ほ、本当なら全身……す、隅から隅までスライムまみれにして、な、治してあげたいところなんだが……」
う、うーん……隅から隅までスライムまみれか……。
それはそれで、至極遠慮しときたいところではあるが……。
しかしネルネのスライムは感触こそアレだが、回復中の痛みなんかはもほぼ感じないようになってるからなぁ。
そのへん、ホントに優秀だようちの子は。
まぁヒールスライムにしろ回復スライムにしろ、今は使えないみたいだ。
あの二体の鎧……『アルファスライム』と『オメガスライム』は、他のスライムとは違う特別な術式を組んであるらしく、一度発動させると、しばらくは他のスライムスキルを使えなくなっちまうらしい。
強力なスキルだが、回復やバフなんかの支援を得られなくのは痛いところだ。
なによりネルネ自身の消耗も激しいとくれば、使いどころは重要だな。
「おじさま、大丈夫ですか……? ごめんなさい、ハクを庇ったせいで……」
「大丈夫だよ、それにハクのせいじゃないっつたろ? ほら、ハクも怪我してるんだ、ちゃんと回復薬を使っとかねぇと傷跡が残っちまうぞ? 昔の俺みたいにな……っと、そうだエテリナ、背中の一坪預けたままで――」
「――傷痕……おじさまとお揃い……それならそれでハクは……ふふっ……!」
「い、いやいやいや、だ、ダメだぞハク……? ほ、ほら、ハクに傷が残っちゃったら、お、おっちゃんも悲しむだろうし、な……?」
「――いんすぴれーしょんのために冒険者になったっちゅうたがの。ありゃあ半分は本当だが、もう半分は別の理由があっての。……いいや、むしろそっちの方が、わしにとっては肝心かの」
少し安全な場所へ移動した後、ぽつりとじいさんが口を開く。
……アカシックピクチャーを倒したから正気に戻った、っつーワケでも無いようだが……。
「わしには妻がおっての。彼女は生まれつき体が……特に足が悪くてのう。定着っちゅうてな……それで、いい思いをせんかったことも多かったようだの」
……定着か。
そうなると、魔法なんかによる治療も難しくなっちまうからな。
「……この博物館はの、これでも当時はいろいろなダンジョンから発掘されたモノを展示しとってのう。身体の悪い妻にとっては、外の世界に触れられる数少ない場所での、二人でよく足を運んだもんだ」
ぽつりぽつりと、言葉を続けていく。
「そのうち、もっと外のことを知りたいっちゅうことを言い始めてな。まだ売れない小説家だったわしには、時間だけはあったからのう
「も、もしかして……そ、それで冒険者に……?」
「のほほ、まぁそういうわけだの。……わしの話を、そりゃもう面白い、面白いちゅうて聞くもんでのぅ。それが嬉しゅうて、あちこちに冒険に出向いては土産話を持って帰ってきたもんだ」
それで気付けば『最上級』か。
それもまた、愛のなせるワザってところなのかもしれんな。
「だが……奇しくも、その冒険での経験が糧となって、小説の仕事も上を向いてきたころかの。……一番話を聞いてほしい相手が、先に遠いところへ行ってしまったのは」
「……!」
「今思うとの……妻が外の世界を知りたいっちゅうたのは、動けない自分にわしを縛りつけたくなかったんだろうのぅ……。それからしばらくして、ここが廃館になると聞いた時には、思い出の展示品を買い取ったりもしたが……」
……なるほどな。
さっきの爺さんのあの状態。あれはアカシックピクチャーの『能力の延長』によるものだと思っていたが、どうやらそれは違うようだ。
あれは、もっと根本的な――。
「おぉそうだそうだ! 身を隠していた理由だがの……お、あったわい。ほれ、礼という訳ではないがお前さんにやるわい」
話の途中、ごそごそと荷物の中から一冊の本と取り出したかと思うと、じいさんはそれを俺に手渡した。
って、こいつは…………!!?
「――み、ミストルノ手記帖写本!?」
「買い取った展示品っちゅうのはそいつでの。少し前から、『どうにかそれを譲ってほしい』っちゅう連中に付きまとわれとったのだ。……正直、あまり感心のせん方法でもせまられての、ほんで、身の危険を感じて隠れとったっちゅう訳だ」
「いや、まってくれって! 流石にこんな高価なモン……そうでなくても、じいさんの思い出の品だろ!? 簡単に受け取るわけには……」
「のほほ、よいてよいて。これはわしの……冒険者としての勘だがの、『原本』に近づくには、おそらく『写本』が必要になってくる……お前さんらは『不落の難題』を解き明かそうとしておるのだろ?」
「いやそいつはそうだが、しかし……」
「本当に良いのだて。……思い入れのあるこのダンジョンに身を隠したっちゅうたがの、本当はどこか、わし自身も自暴自棄になっておったのだ」
ふと、じいさんが吐き出すように言葉をこぼす。
「えと……自暴自棄? っていうと……」
「『写本を売り渡してしまえば、もう身の危険はない』……どうしても、そんな考えが自分の中から湧いてくるのが、苦しゅうてのう……。身の安全か、思い出か……自分ではもう選べなんだ。だから……」
……なるほどな。
あの時……魅了状態に陥ったじいさんは『やっとわしも』と、そう言っていた。
つまり成り行きに身を任せることにしたってワケだ。
生きるのも、死ぬのも、失うのも、それ以外も。……全部、この思い出の場所で起こることなら、と。
身を隠している、と言った割には不用意に俺たちの前に現れたのも、そういうことだったのかもしれんな。
「だが思えば……逆だったのだのう。とらわれすぎておったのだ、『思い出の品』っちゅう言葉に。……それを解き放ってくれたんは、お前さんだの」
「……俺が?」
「思い出の品は大切だが、本当に大事もんはわしの中にあると……わしの中にしかないと気付かされた」
たしかに、あの時はえらそうなことを言っちまったが……。
「……もう少し考えればよかったのぅ。いくら大事な思い出の品でも、それを抱えたまま死ぬことを妻が良しとせんことぐらい、分かっておったはずなのにの――」
ゲートを使って、第一階層の物陰へと移動する。
あとはこのまま入口へと戻るだけだ。
……こうして、『小説家の謎の失踪』は幕を閉じた。
『写本』が俺たちの手にある以上、もうじいさんが狙われることも無いだろうしな。
じいさんは……もう少しだけここに残るらしい。
感傷か、感慨か……まぁ色々と、思うことがあるんだろう。
そんなことを考えながら、ふと後ろを振り返ってみる。
すると――。
『お、あったあった! 今回はこの展示品が発見されたダンジョンに行ってきたんだ、また面白い話がたくさんあってさ!』
『まぁ素敵。ふふ、今度はどんな話を聞かせてくれるのかしら、今からとっても楽しみだわ』
――!
幻覚……か? いや……。
不意に目の前に浮かんだ光景に、思わず瞼をこすってしまう。
「イルヴィス、今の光景は……」
「あの男の人って……たぶん若いころのおじいさんだよね? 面影があったし……」
「っと、やっぱりお前達にも見えたのか」
とすれば、俺の目がおかしくなったわけじゃあないってことだな。
「……にゃふふ、博物館ってのはさ、過去を、現在を、未来へと残す特別な場所ですからなー? ……二人の思い出も、保存されてたりしたのかもね?」
相変わらず魔学者だってのに、えらくロマンチックなことを言うもんだ。
……ま、俺もそいつを否定する気にはなれんがね。
それにダンジョンってのは解明されてないことの方が多いんだ。
こんなことが起きたりしても……不思議じゃないさ、なんてな。
「……小説家どのは、『奥方は自分のことを縛り付けたくなかったのだろう』と言っていたな。もちろん、それも本当だったのだろうが……」
「う、うん……。き、きっとそれだけじゃない……。お土産話を楽しみにしてたっていうのも……」
「……あぁ、そうだな、きっとそうだ」
だからこそ、あんな風に笑っていたのだろう。
……あんな風に心から。
「えへへ、二人とも、とっても幸せそうでしたね? ハクもあんな夫婦になれたらいいなぁ……」
「そりゃあなれるさ、なんたってハクは良い子だからなぁよーしよし……」
「そ、そんなぁえへへ……!」
「あ、またそんなふうにいちゃいちゃしてー!」
「お、なんだよトリア、やきもちでもやいてんのか?」
「うぇ!? ち、違うもん! ……もー違うってばニヤニヤしないで! だいたいおっちゃんはいっつも――」
『――ありがとう』




