第18話 見捨てたりはしてやらねぇ
「くそ……どれだけ逃げてもついてきやがるか……!」
あれから数十分といったところだろうか。
俺達はアカシックピクチャーの攻撃を何とか捌きながら、逃走を続けている。
……時間を稼いで策を練るためだ。
俺の『戦闘力解放』が使えない以上、『魔王級』相手にただ正面衝突を選ぶのは、自殺行為と変わらんからな。
なんとか隙をついて、じいさんは確保できた。
今は背中の一坪をエテリナに任せて、俺が爺さんを背負っている状態だ。
「はぁはぁ……トリアさんは大丈夫ですか……?」
「ぐしゅ……うん、すっごく怖いけど、ここでまごまごしてたら、みんなの足を引っ張っちゃうもん……!」
「よーしえらいぞトリア! あとで好きなもん作ってるからな!」
「ほ、ほんと……? じゃあボク頑張る、や、約束だからね……?」
あぁ約束だ。
その為にも、この状況を何とか切り抜けねぇと……。
「にゃにゃにゃにゃにゃ……!! ――『ベールブラッド』!! ……オジサン!!」
「あぁ! 次は左の通路だ! そっちの方が分帰路が多い!」
階層図を確認しながら逃走を続ける。
魔王級の魔物からは逃げられない、なんて話は有名だが、実際体験するとそれが良く分かる。
少し撒いたと思っても、数分もしないうちに追いつかれちまうからな……!
ゲートを使うか……? いやダメだ、あれはそもそも、こういった戦局での退避手段には向いてない。
ゲートを開いている五分程の間、俺はほぼ完全に無防備になっちまううえ、例えそれが上手くいったとしても、ゲートをくぐれるのは一人ずつだ。
敵を食い止めるための戦力が目減りしていく以上、必ずどこかで破綻する。
そうなれば残ったメンバーは……考えるのも嫌になるね。
「あ! そ、そうだエテリナ、『パンドラボックス』でなんとかできないの……?」
「うにゃぁ……残念ながらトリニャー、あれは魔力とマナを編み込んで展開する、いわば完全に『対人特化』として作った魔法だから……」
ガングリットの斧に俺のマナが通らなかったときのように、同性質のマナや魔力は防げても、魔物の魔素は防ぎきれないってワケか。
……そんな顔すんなっての、歯がゆく思うその気持ちは分かるけどな。
なんとか次の方法を――。
「……お前さんや、もう、降ろしとくれんかの……。わしは……わしはもういい……。このままここで……」
「あーもう、さっきから同じようなことばっかり言いやがって! 何度言っても降ろしてやらねぇっつってんだろが!」
くそ、状態回復薬は飲ませただろ!?
なんでまだこんな状態なんだよ……!?
確か……ゴーストピクチャー系の上位種は、自らの『絵』を描き替えることで思い出の人物に成りすまし、その反応をもとに『魅了』の状態異常をどうの……って話を聞いたことがあるな。
となると……じいさんのこの状態、恐らくその能力がフリゲイトによって延長されているのかもしれん。
『魅了』状態が収まっても心に棘を残すほど、じいさんの深層心理にあるもんを読み取った……なんて風にな。
「もういいのだ、本当にの……。せめて囮に使ってくれれば、お前さんらだけでも逃げられるはずだからの……。だから……」
「……さっきよ、『迎えにきてくれたのか』って言ってたよな。――つまりじいさん、あんたにはなにか……そういったもんが見えてたんだろ? 大切な人か、あるいは……」
「……あぁ、そうだの。とても、とても懐かしい……偽物だとわかっていても、わしはそれでも……」
偽物だとわかっていも、か……。
「……そのために命を捨てるのが絶対に間違ってる、なんて、簡単には言えねぇさ。あんたがどういう想いを抱えてるのか、俺は知らねぇからな。けどよ……」
あれは……じいさんが見たそいつは、じいさんの大切な部分に土足で踏み込んで、無遠慮に造り出された幻影だ。
「どれだけそっくりでも、どれだけ心を揺り動かされても……それは紛いモン以外の何でもねぇんだよ……!! わかるだろ、あんたの大事なもんは、あんたの中にしかねぇってことぐらいよ!」
「……!」
「死んじまったらそれも全部なくなっちまうんだぞ……!? たとえいつか復活できても、『六か月分』の想いは死んじまうんだ……!! あんたは本当にそれでいいのかよ……!!」
少なくとも、今の俺はそうは思わん……!!
だからここで、あんたを見捨てたりはしてやらねぇって話だ……!!
「……おまえさんは――」
だがどうする……!? このまま逃げ続けられるのも、マナやアイテムが尽きるまでだ……!
どうすれば――!?
「――お、おっちゃん……。なんとか、げ、ゲートを開けるか……?」
「ネルネ……? いやしかしゲートは――まさか!?」
「う、うん……。あ、『あれ』を使う……!」
ネルネはそう言うと、強い決意の瞳でこちらを見つめてくる。
「しかしネルネ、確か『あれ』は……」
「た、確かにまだ、も、目的通り完全に完成したってわけじゃない……で、でも、そ、その過程で少し、た、試してたことがあったんだ……。もしかしたら……」
状況を打破する鍵になるかもしれん、か……。
それなら……!
「皆! 俺は今からゲートを開く! なんとか時間稼ぎを頼めるか!?」
「ゲートを……!? だがしかしあれは……いや、なにか考えがあるのだな……!」
「ぐしゅ……。こ、怖いけど、怖いけど……ボクもがんばるもん……!」
「あぁ、頼もしいよホント……! さて……!」
俺はみんなに背中を預け、左腕の紋様にマナを集中する。
――ここからが正念場だな……!
……
…………
……………………
「はぁはぁ……! 先祖返りが……先祖返りがどこでも自由に使えれば、ハクももっと、もっと戦えるのに……!!」
「無茶をするなハク……! っく……『雪花の太刀』!!」
たった数分、たったそれだけの間に、全員が満身創痍になっていく。
これが、これが『魔王級』の魔物か……!!
早く、早く――!!
「――開いた!! ネルネ!」
「う、うん……!!」
開いたゲートに飛び込むネルネ。
それを見送った後、俺も戦闘に参加する。
が――。
「――おじさま!? 足が……!? ハクを、ハクを庇って……!?」
「っつ……!! 大丈夫だ……! 問題ねぇし、ハクのせいでもない……!!」
もともと、この作戦を指示したのは俺だ。
魔王級の魔物と張り合おうなんざ、それこそ勇者級の仕事だからな。それなら多少のリスクは飲み込まねぇと……!
だが必ず、必ず――!!
「――っ!? おっちゃん!?」
「イルヴィス!? くっ、このままでは――きゃあ!?」
「クーよん!? 〰〰っ!! ――うぅぅにゃあぁあ!! 『コキュートスサークス』!!」
エテリナが振り絞るようにスペルを叫ぶと、極寒の衝撃が敵を包み込む。
だがそれでも、アカシックピクチャーの攻撃はやむことなく繰り広げられる。
……そしてやがて、それは俺に狙いを定めたようだ。
「にゃ……!? だめ! 止められない!! ――オジサン!!」
アカシックピクチャーから、ぐにょりと絵がとびだしてくる。
そうして振り下ろされた攻撃により、辺り一帯に鈍い音が鳴り響いた――。
――ただ一つ、ヤツに誤算があったのだとすれば……そこに巨大な一体の『鎧』が、まるで攻撃を防ぐように悠然と立ち塞がっていたってことだろうな……!
「ははっ……、信じてたぜ……!!」
俺の言葉に反応するように、鎧がぎしりと独りでに動き出す。
いや……正確には、中に入り込んでるスライムによって動かされてるんだろう。
俺が足にダメージを負いながらハクを庇ったのは、もちろんその行為自体が目的でもあるが、単なる自己犠牲ってだけじゃあない。
――手負いの俺に攻撃を集中させるためだ。
さっきゲートを開いたこの場所でな!!
「にゃ……あれって……!?」
「たしか、パニティンサイドのダンジョンアウトで……」
「あの時の……イルヴィス達が見つけたと言っていた……」
「レガリアの……鎧――!?」
あぁそうだ!
そして――!!
「お、おまたせ……、おっちゃん、みんな……!!」
ポートを利用して、もう一体の鎧を引き連れたネルネが現れる。
「ネルネ!! じゃあこれはネルネが……!?」
「み、みんなが時間を稼いでくれたから、間に合った……! あ、あとはわたしが引き継ぐ……! お、おっちゃんのためにも、みんなのためにも、おじいさんのためにも……そして何より、じ、自分のためにも……! だから――!」
一呼吸置いた後、ネルネが高らかに叫びあげる。
「い、いくぞ……!! 『アルファスライム』……!! 『オメガスライム』……!!」




