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32回目の夏  作者: 鍵雨
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第3話Stranger In Moscow

教室が豹変した。今までの暖かった空気が一変した。


遠野がこう放った。


「俺、三日後が命日なんだ。三日後の7月6日午後4時32分、俺は死ぬ。だから、体育祭めっちゃ盛り上げていこうぜ!」


俺には、よくわからなかった。なぜそのように、楽観的に捉えられるのか。なぜ正確に時間がわかるのか。突っ込み所が多すぎる。しかし、周囲はそのような戸惑いを表に出すことはなく、まるで喜び祝うように、どこか悟るように盛り上がっていた。そして、二日後の体育祭について、励みを与えていた。そのような異様な光景を見ていると、手足から少しずつ血が退ひいていき、立ち眩くらみそうになって私は目をつむった。上体が左右に揺れ、背中に強い衝撃がかかる。周囲の声が私に向いているのがわかった。




気が付くと、私はベットに横たわっていた。ここは保健室のようだ。しかしながら、学校の保健室にしては、設備が異様に整っていた。まるで病室のようであった。生徒は、30分程、ここで私の様子を伺い、去っていったようだ。隣には雪乃が居た。私の意識が戻ったのを確認すると、彼女は私に大丈夫かと声をかける。私は、先ほどの疑問を雪乃に問う。




「なぜ、クラスメイトは、人が死ぬというのに、あれ程平然としてられるのか。」




雪乃は数分間考えていた。雪乃は笑っていなかった。そして、彼女の瞳の奥には、明るい教室は無く、私の知らない世界があった。そして、同時に知らない強さを感じる。その時私は思った。私は彼らとは別の世界を見ていると。恐怖心が湧きあげてくる。この教室は、何を悟っているのか。何を経験しているのか。この教室は、何を私に教えるのか。


沈黙は続き、雪乃の口が開くことはなかった。




体育祭の日が訪れた。これまで、私たちは1カ月前から用意周到に練習を行ってきた。2日前の件も含めてたが、私は時々体調を崩し、練習を休むことが幾度かあった。当然、今日も体調が悪い。うちのクラスの本命種目は、リレーである。一日の大半は、練習に費やし、練習の半分はリレーをしていた。バトンを見れば、多くの握った痕跡がわかる。私も外に出て、一時間程は練習をした。彼らの眼つきは違った。強く、運命を受け入れた、逞しい眼であった。走者は遠野である。遠野は今回の主役である。私の方へ向かって、地面を力強く蹴る。彼の瞳の奥には、広いグラウンドが広がっていた。当たり前かもしれない。しかし、その子猫のように純粋な目は、諦念の情など無く、世界を見つめた、喜びに満ちた目であった。




バトンを受け取る。希望を託されたのであった。同時に私が、この教室の希望を受け継いでいいのか、そのような気もした。私は。できるだけ、強く蹴った。自分が無知であることを知りながら、何の事実も知らないまま、受け継がれた思いも理解できないまま。




私は芦田にバトンを受け渡す、脆弱である私の握力は弱く、まるで子供に飴を与えるようであった。彼はクラスで二番目に足が速い。皆と同様、力強く地面を蹴っていた。滲んだ彼の視界には、ゴールテープは映っていなかった。私の知らない世界であった。もう一つの青春、それだけ私にも見えていた。彼らは何かを観念し、また立ち上がっている。私はその経緯を知らないだけなのである。私は、まだ傍観者である。私は、視界に、彼らの見ている世界を映したいと思った。


皆は空を見た。




順位発表が終わり、私たちは教室に集まった。私は教室に集まる道中、雪乃に尋ねた。




「なぜ一番脚の早い遠野をアンカーにしなかったんだ?」




雪乃は、どこか呆れた表情で答えた。




「彼が、君に渡したかったからだよ。」




私は「何故」と答えようとしたが、止めた。彼らが、何かを隠していること知っているからだ。


 


 教室の机は、全て後ろに下げられていて、私は机に背を預けた。生徒は円陣を作り始め、私も加わる。すると、遠野が中心に立つ。すると彼は私の手を取り、導いた。すると、彼は私の顔を見つめる。




「今回の体育祭はありがとう。徹のおかげで頑張ることができた。感謝してる。」




なんのことか分からなかった。私は感謝されるようなことなど、一つもしていなかった。私が疑問の表情が浮かべると、彼は放った。




「僕が、このようにスポーツが出来るのは、嫌いにならなかったのは、全部徹のおかげなんだ。この恩は忘れない。今は思い出していなくてもいい。だけど、忘れないでほしい。僕が君に感謝していることを。ずっと、伝えることができなかったから。もしも、48回目の夏があったら、皆でスポーツしたいな。なんてね。」




僕は何も理解することができなかった。しかし、私が彼らの世界にいることは知れた。底知れぬ安堵感が湧きあげてくる。謎の懐かしさが、私に映る教室を滲ませた。




「また、皆で遊ぼう。」




この言葉しか、出てこなかった。罪悪感がする。


皆は宇宙そらを見る。


私は何も知らない。

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