疑いから始まる出会い
「あなたは、本当に悪魔ですか?」
少女は問いかけた。
疑われたその青年は、人間と明らかに違う紅い瞳を細め、面白いものを見付けたかのように口角を吊り上げた。
「ああ、本当に悪魔だ」
と、答える。その際、人と違うことを印象付けるに充分な、鋭く尖った犬歯もさりげなく覗かせた。
だからなおさら、少女は訊かざるをえなかったのだ。
「嘘偽りなく、本当に、あなたは悪魔なのですか?」
青年悪魔は、笑みを深くして、
「嘘偽りなく、本当に、悪魔だ」
と少女の言葉を反復するように応えた。
少女は、必死だったのだ。
だって。
これでは。
あまりにも。
「貧弱…」
「ぐっ」
「貧相」
「ぐはッ」
「脆弱、惰弱、陰気、鬱病」
「く、がはっ、うッ、じゃふっ」
鉄砲の弾を撃ち込まれたかのように沈み込んでいく青年。いくら根が楽天家でも、あからさまなマイナスイメージを挙げられて傷つかないわけがない。まして出会ったばかりである。しかも、最後は病名だ。
――オレがそんな暗い性格に見えるのか?
青年は、自身の笑顔に自信がなくなってきていた。
だが、
「という陰悪な気がまったく感じられないのはおかしい…」
「オレが貧弱で、貧相で、脆弱で惰弱で陰気で鬱病じゃないって言いたかったのな!」
負わなくていい傷を負った気分の青年だった。
『悪魔』に対する激しい偏見だ。
初対面から思い詰めた表情をしていた少女は、深く考え始めたらしく、心中だだ漏れしていることに気づいていないようだ。まさかそんなわけないだろう、と「おーい」「もしもーし」と少女の耳元で囁いてみたが、反応らしい反応もない。
せめて、少女の心が丸見えだという事実を教えてやろうと、青年悪魔は忠告することにした。
「お嬢さん、心がだだ漏れだからな?」
これ以上下手に傷つけてくれるな、と言下に訴える。
だが、少女は内心との会話に忙しかった。
つまり、聞いちゃいなかった。
「陽気、明るい、軽薄、軟派…ハッ、町のナンパ男みたいな悪魔?」
小首を傾げながら、口にする。
少女の可愛らしい見た目に反した辛口評価に、青年悪魔は痛み出した頭を抱えていた。
「違うからな?」
低く唸る。
彼は普段、そう感情的になることはない。諸事情あって苦労は絶えないが、不満は口にしても、八つ当たりするような性格はしていない。
だから、存在を疑われようが初対面の印象を悪し様に呟かれようが、本来なら「面白いやつだなー」ぐらいで軽く流していただろう。
だが、話を聞いてくれない、となると諸事情の大元である身内を思い出すから、たいへん頭が痛くなってくるのである。
おまけにアレがらみだ。
ちらりと横目に自分で蒔いたアレと、少女を見比べる。
どうでも関わらなければならないらしい。
なんとか、状況を進展させられないかと悩ます頭が痛い。自然、進むはずの話も、進むはずがない。
「おかしいわ。たしかにあの、変人だけど頼りになる木こりのおじさまに、アレを貰ったのだもの。こんな…」
ものすごく説明くさい台詞をこぼしていた少女が、ふっと、顔を上げて、ニッと反射的に笑った(少女的に)自称・悪魔を、視界に納める。
「馴れ馴れしい」
「ぐっ」
「笑顔が変態っぽい」
「ぐはッ」
「不埒、わざとらしい、碌でなしっぽい、これが悪魔ならわたしは天使よ」
「く、がはっ、うッ、じゃふ…って最後のはまたえらくでかいこと言ったな!」
ツッコム方も大変である。
彼には一目瞭然だった。少女は『人間』だ。法力も魔力も0で何が天使だ。
「よぅしっ! わかった! そこまで言うならいいだろう。証拠を見せてやるッ」
風当たりの強すぎる発言に、傷だらけの半死悪魔のように項垂れていた青年は、勢いよく立ち上がった。この少女とやっていくには、強い精神力がいるようだ。
出会って数分で気付けたのは、救いである。この先に待つだろう苦労を少しでも目減りさせるために、まずは彼女に信じてもらうことから始めてみるか、と彼は若干ヤケクソ気味に開き直ったのだった。
そして、悪魔は、舞台上の役者のように優雅に一礼し、片手を広げてみせた。