プロローグ「孤独の少女は一人悔恨す」(挿絵あり)
薄暗く電気を落とした部屋の中で、何かのファンが回る耳障りな音が絶え間なく聞こえていた。その間を埋めるようにカチ……カチ……という断続的にマウスをクリックする音が響いている。
――その部屋は、『人が住む』という点において、異彩を放っていた。
まず、その室内の壁際の四分の三を占めているのは、大型の書棚だ。部屋の主の好みを反映するかのように、漫画やライトノベル――いわゆる、『オタク向け』と言われるコンテンツが縦に横に、とにかく隙間を空けないように山のように押し込まれている。
……しかし、その涙ぐましい努力を嘲笑うかのように、結局書棚に入りきらなかったらしい技術書らしい書籍達が、書棚の前を侵食するように床の上で乱雑に平積みされていた。
そして、残りの四分の一を占領しているのは、大きな黒い長机と――決して一般家庭で見ることが無いだろう、壁に直付けされた鈍重な造りのスチール製のサーバラックだ。
……どこかから拾ってでも来たのだろうか? あちこちに細かな傷の入ったラックは妙に年季が入っているように見える。
長机の上で、複数のモニターがネオン照明のように室内にぼんやりとした灯りを提供している隣で、EIA規格に準拠していないにも関わらず無理矢理詰め込まれたらしい無数の得体が知れない雑多な機器が、まばらにポツポツとグリーンやオレンジの光をつや消しのブラックの隙間で明滅させている。
――それら嗜好品らしき物品に追いやられるような形で、まるで後から思い出して放り込んだかのように、部屋の真ん中にベッドがひとつ。埋もれるように置かれていた。
……だが、残念なことに、唯一の生活圏とでも言うべきベッドの上も、何かの作業に使われているらしい。無造作に敷かれた帯電防止用シートの上で無残にばらされた機械と、何故か車両用のナンバープレートが複数枚、放り出され散乱している。
そんな異質な部屋の片隅で、薄い桃色の眼鏡を掛けた、手入れがまったくされていない灰色がかったボサボサ髪の少女が気怠げな様子でパソコンに向かいマウスを動かしていた。いつも通りの眠そうな視線を目の前に並ぶディスプレイに向けながら、何をする訳でも無くネットの海を探索している。
果たしてディスプレイに表示されている中身を読んでいるのか――いないのか。ただただ作業のように右手を動かしていた彼女だったが、半ば閉じられたように力の入っていない視線が、ディスプレイの右下に表示された今日の日付に止まった。
「……金曜日……」
ぽつりと呟くと、少女――横貫加奈子の表情に落胆が浮かぶ。
「――はぁ……」
大きく息を吐き出しながらマウスの上に載せていた手を離すと、加奈子はハイバックのPCチェアの背もたれに大きくもたれかかった。『高校生』というには横にも縦にも……前後にも。成長が見られない身体は、ギィという不景気な音を立てるチェアにすっぽりと収まった。
「……やはり、所詮は私のようなアウトカースト系女子はお呼びで無いということなのでしょうね……これがいわゆる社交辞令という奴ですか。……っまったく、とんだぬか喜びです」
そのまま、デスクの下に置いていた踏み台に乗せていた足を引っ込め、椅子の上で体育座りをしながら淡く発光するディスプレイを見つめた。
「……大体……『名前を呼べば、友達になれる』という考えがそもそも浅はかだったのです……」
顎先に右手を当てながら、物思いに耽っていた様子の加奈子だったが――どうやら考えがまとまったらしい。まるで、そこに仇でもいるかのように恨みがましい視線を部屋の一画に向けた。……そこには乱雑に積み上げられたライトノベルの束がある。
「そうです。……そもそも、これでは神宮――いえ、咲夜さんに『メリット』がありません……お陰で……また、駄目でした……これは、高校でもまたひとりぼっちですか」
冷房から放たれる冷気から逃れるように、部屋着にしているカーディガンの袖を引っ張り、手のひらをすっぽりと袖の中に仕舞い込みながら、落ち込んだ様子で加奈子は膝を深く抱え込んだ。
立てた膝ごしに、白けた光を放つディスプレイに視線が向かう。そこには黒地の背景が多用されたアングラ系のサイトが映し出され、『本当にあった怪奇スポット』という文字がおどろおどろしいフォントで飾り立てられていた。
――と、次の瞬間、眠たげな表情のまま落ち込んでいた加奈子の瞳が、ぴくりと僅かに動いた。
慌てて体育座りのまま右手をマウスに伸ばした加奈子は、少し体勢を前かがみに変えながらディスプレイを食い入るように見つめた。
【怪奇 存在しないはずの神社】
そんな見出しがそこには表示されている。よくある、心霊系の都市伝説をまとめたWebページのようだ。普段なら気にする必要も無く読み飛ばして、後々思い出すかも怪しい情報だ。だが、加奈子は今そのページに熱心に読み込んでいた。
「……あの山に、そんな話があったのですね……」
呟きながらすでに手元はネット上のマップサイトに住所を入力していた。
――『踏み入ったOLが行方不明になった』などと、都市伝説と共にあげられていた場所は、加奈子の住む町からさほどの距離が離れていない場所だったのだ。その気になれば、電車に乗って、バスに乗って。後は歩きで山を登ればいける距離だった。
「――どうせ、今週末の予定は開けていたのです……」
どうやら、加奈子はこの週末に、『なにか』予定が入るかも知れないと開けていたいたらしい。自嘲気味に笑いながら、足下に転がっている愛用のリュックサックを手に取った。
「……荷物は、軽くしておかないと……倒れますね……無理そうならすぐに帰ってきましょう……どうせ『一人』なのですから……」
そうして加奈子は、自分自身に言い聞かせるように、やたら『一人』という言葉を強調しながらますます自嘲の笑みを深めると――明日の外出の準備を始めるのだった。
明けましておめでとうございます!
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