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咲夜修行中!~火傷娘と先輩の。退魔師修行、ことはじめ~  作者: 弓弦
第二章「神守の少女と少女の刃」
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第三十一話「先輩、なんて答えたんですか?」


 途中、人生初の駅弁を食べたりしながら、先輩と一緒に住み慣れた家に辿り着いたのは、真夜中の零時近くだった。玄関先で先輩にお休みを言って、家の中に入っていくと、いつも暮らしている家の香りがする。 昨日、家を出たばかりのはずなのに、何故かとても懐かしい気がして、ほっと息を吐き出した。


 ――同時に。ずっと一緒に居た人が居なくなって、ここの所ずっと一人で過ごしていたはずの家の中が……妙に静かに感じた。


 そのまま、静かな家の中で、旅に使った荷物を持ってのろのろと階段を上って、洗濯しないといけないものをまとめて一階の脱衣所の籠に放り込んだ。


 そして、そのまま今着ている服も後で洗濯するために一緒に放り込んでシャワーを浴びるために風呂場に入っていく。シャワーを手にとって――


「――っ、冷たっ!」


 頭から妙に水量の少ない冷水を被って飛び上がることになった。慌てて水を止めると、疲れと寂しさでぼうっとしていた頭が、一気に覚醒する。


「……ガスと水の元栓……開け忘れてた……」


 自分のうっかり具合に呆れながら、タオルで軽く水気を取ると、脱衣所に置いていた服を簡単に羽織って――念のため影喰を手に持ち元栓を開けにむかった。


 家の扉を開けると、冷たい春風が濡れた体を冷やして、長居すると風邪を引きそうだった。

 急ぎ足で元栓を開いて、家の中に戻ろうとして――周りが少し明るくなるのに釣られて空を見上げた。


 満月だった昨日から、僅かに欠けた美しい月が、空高くに昇っている。

 雲が薄く流れ、月にかかってぼんやりと(おぼろ)に照らされている。


 一瞬、その光景に目を奪われた。


 ……ほんの(かす)かに欠けた月は、確かに『今日』が『昨日』より進んでいると感じさせてくれた。



「――よし。明日も頑張ろう」


 ――呟いて、私は家の中へと戻っていった。



***

 

 お風呂から上がり、ベッドの上に座り込んで。

 ベッドサイドに眼鏡と一緒に置いた腕時計とパスケースを手に取った。


(――楽しかったな……)


 ……怖くて、痛くて、大変だったけど。

 今、思い出すのは何故か楽しい事ばかりだった。


 パスケースに入れた写真の私は、顔も真っ赤だし、人様に見せられるような状況では無いけど。

 ――とても楽しそうに見えた。


 そして、きっと――


(今の私も、同じような顔をしてるんだろうな……)


 思いながら、腕時計を自分の左腕に通してみた。

 ――やっぱり、その腕時計はぶかぶかで。


 すぐに文字盤が手首側に回り込んでしまう状況だけど。

 他の腕時計を着ける気にはならなかった。


(明日……床井(とこい)の眼鏡屋さんで調整して貰おう……)


 私が眼鏡を買ったご近所の眼鏡屋さんは、確か時計の調整もしてくれていたはずだ。

 バンドの大きさを調整して貰って、それからはずっと、ずっと大切に使おう。


(男物だから、床井(とこい)のおじさん、びっくりするかもしれないな……)


 おばあちゃんが良く利用していたお店で、私が行くことはあまりなかったけど、おばあちゃんと私の二人暮らしだというのは知っている。


 ――そういえば。


(……先輩も一緒に行くことになるのか……?)


 明日から、しばらくの間先輩と一緒に行動する事になっている。

 ということは、明日眼鏡屋さんに行くときも先輩が一緒に行くと言うことで……

 ……何故か、無性に恥ずかしくなって、抱えた膝に顔を埋めた。


(先輩、何してるんだろう……もう、眠ってるのかな……先輩も、私との旅行、思い出してくれてたりしたら、嬉しいな……写真、ほんとにパスケースに入れてくれたし……)


 帰りの電車の中で、先輩が膝の上で広げていた写真を思い出した。

 ――落ち込んでいる私を見て、何故か先輩までパスケースに入れて持ち歩こうっていいだして。

 正直、二人ともテンパっていたのだと思う。


(……あれ? そういえば、先輩パスケースに『三枚』写真入れて無かったっけ……前に見たときは、一枚だけだったよね……?)


 寝ぼけていた頭では記憶違いかもしれないが、あの時確か先輩のパスケースには写真が全部で三枚入っていた気がしたのだ。


 一枚は家族の写真。

 もう一枚は、私が渡した写真。


 ――あと、一枚は?

 ……寝る前に、妙な事を考えてしまった。


(まあ、多分、ほんとに私の見間違いだと思うけど……思うんだけど……)


 なんとなく、妙に気になってしまった。

 ――今度、機会があったら、この間みたいな失礼な事しないよう気をつけて聞いてみよう。


 そう考え、私は時計を抱きしめベッドの上に大きく倒れ込んだのだった。



***



 翌朝、学校に行く準備を整えて家を出た。


 今朝、目を覚ますときは、一瞬また妖魔が目の前に居たらどうしようかという恐怖があったが、恐る恐る眼鏡を掛けてもなにか異常なものが見える事は無かった。


 家の前に出ると、そこにはもう、制服姿の先輩が背筋を伸ばして立っていた。ぴしっとした姿に、朝の眠気は一切感じられない。


「おはよう。咲夜」


 明るく声を掛けてくれた先輩に何故か違和感を覚えた。


(……なんだろう。別に落ち込んでいる訳でも無さそうだし、見た目……? ……やっぱり、二日間私服姿を見てたからかな……なんだか、懐かしい気分がする……)


「――おはようございます。先輩。――待ちましたか?」

「いいや。ちょうど良い時間だったな」


 あまりにも落ち着いた様子で待っていた先輩に、ひょっとしてだいぶと待たせてしまったかと心配になったが、先輩の返事にほっと胸をなで下ろした。


「そうですか……良かったです。もし待つようなら、声を掛けて下さいね。時間がかかりそうだったら、家の中で待って貰いますから」

「分かった。その時は、お言葉に甘えよう。――行くか」


 先輩が頷いてゆっくりと歩き出した。

 私も、先輩の隣を歩く速度を合わせながらゆっくりと歩いて行く。


 今日は、昨日こっちにかえってくるのが遅かったこともあって、先日と違ってわりと普通の登校時間だ。通勤通学の人通りがかなりある。


 同じ制服に身を包んだ生徒もちらほらと姿が見えた。


「――先輩、明日からはこの間の時間で私大丈夫ですよ」

「そうか。分かった。では、朝練が終わったらすぐに迎えに来るようにしよう」


 なんとなく、先輩が私に合わせてくれている予感がした私が伝えると、先輩は一つ頷いて返した。


「……そういえば、朝で思い出したのだが、今朝――というか、昨夜というか……凜君から手紙が来てな……」

「え? お凜ちゃんからですか?」


 先輩が、若干首を傾げながら世間話のようにそんな事を切り出した。

 また、何か事件があったのかと心配するが、どうも先輩の態度はそういう風には見えない。


「ああ。例の薬と手紙が来ていたんだが……」

「……ああ、あの凄い匂いの……手紙は、どんな内容だったんですか?」


(……先輩、よっぽどあの匂いが苦手なんだ……)


 『例の薬』と言った瞬間、先輩の眉根がきゅっと寄ったのを見て、ついつい笑いそうになるのを堪えながら聞くと、先輩は深く頷いて首を傾げた。


「それが……なんというか、妙な質問でな……」

「……質問?」

「ああ。なんでも『ウチが着るなら、セーラー服と、ブレザーどっちが似合うと思うか』という質問だった……」

「……それは確かに『妙な質問』ですね……中学に行けないから気になるのかな……? ……それで、なんて答えたんです?」


(一体、お凜ちゃんは何を考えてそんな質問を先輩にしたんだろう……)


 先輩がひどく戸惑っているのも納得がいく質問だ。


「ああ、私もそう思ってな……一応、中学校ならセーラー服の方が多いのではないかと答えたのだが……果たして、あの回答で良かったのか……」

「どうでしょう……」


 ただ、もし本当にお凜ちゃんが中学校に行けないことを気にしていて、せめて想像だけでもと思って、中学校の制服に身を包んでいる自分を想像しているのだとしたら、なんともいえないやるせない気持ちになる。


(……そんな子に頼るしか出来ない訳だけど……)


 いくら、お凜ちゃんの事を不憫に思っても。私達がお凜ちゃんにしてあげられることは限られていた。むしろ、私達はお凜ちゃんが普通の生活を送る邪魔をしてしまっている位だ。

 ……その事が一層やるせなさに拍車を掛けていた。


「――ああ。それから、その質問には続きがあってな」


 私が悩んでいると、先輩がさも思い出したかのようにそう続けた。


 ――なぜか、また意地悪な笑みを浮かべている。


「……なんですか?」

「――『咲夜ちゃんに着せるならどっち?』と、質問が続いていた」

「……な、なんて答えたんです?」


 ――思わず、制服のブレザーの襟に手を滑らして整えた。

 ……ついこの間までセーラ服を着ていた身としては、気になる質問だ。


 多分、お凜ちゃんは深い意味もなく、その質問を先輩にしたのだろう。ひょっとすると、自分の事だけ聞くのは気恥ずかしかったのかのかもしれない。


 ――勿論、別にその質問に、私にとっても深い意味なんてない質問だから。

 さっきと同じ聞き返し方で返した。


 先輩は、そんな私の事をまじまじと見つめ直して、ふっと笑った。


「――いや、さてな? 君はどっちを着ても『可愛らしい後輩』に違いないからな」

「……どっちでもあんまり興味ないって事ですね」


(……また、茶化された……多分、適当に返事したんだろうな……)


 先輩の答えに、不満を覚えたながらも。なぜかは、ふっと笑いを浮かべてこちらを見つめる先輩に落ち着かなくなった私は、ブレザーの(すそ)を引っ張って、さっき整えた襟元に着けている学年章の位置を少しだけ直した。


「――いやいや。本心だとも」


 そんな隣で、先輩はそう愉しそうに(うそぶ)いている。


 ……私は軽く溜めた息を吐き出し、一歩先輩との距離を詰めて、朝の通学路を歩いて行くのだった。 


 

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いつも応援・ご評価ありがとうございます。

おかげさまで、ジャンル別日間ランキングで19位を頂くこともできました。
これからも、お付き合い頂ければ幸いです。

*******↓ 『もうひとつ』の物語 ↓******

「ラリカ=ヴェニシエスは猫?とゆく。」
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