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咲夜修行中!~火傷娘と先輩の。退魔師修行、ことはじめ~  作者: 弓弦
第一章「見崎の宝珠と亡者の手」
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第五話「先輩、……このおまじないは、嫌いじゃないです」

 ……いつも、初対面の人に名前を名乗るときは、どこか緊張する。

 私は、先輩に向かって自分の名前を名乗りながら、気づけば肩に力をいれながら先輩の反応を伺っていた。

 小さな頃、『神宮(このみや)』なんて名字のせいで、『和尚(おしょう)』だとか『GOD(ごっど)』だとか、同級生にからかわれたからだろう。


(――『和尚』はお寺だし。『神』でも『宮』でもない。一文字だって合ってないし。『GOD』に至っては、私はどこのマフィアの首領だ!?)


 ――非道(ひど)い話である。

 

 ただ、女の子らしく無い口調のせいもあって、随分と口さがない事も言われた事は事実であって、一時は自分の家を恨めしく思ったこともあったのだ。

 流石にこの歳になれば、もう、そんな馬鹿げた事を言う人なんて居ない。

 精々言われたとして『珍しい名前だね』という程度だ。


 ――みんな他人にそんな興味津々に生きていない。


(――それに、今は、名前よりももっと触れて欲しくないところに触れる人の方が多いから……)


 左手の指先で前髪に触れながら、怪我を負ってから聞いた言葉。

 そして、『そういうこと』を言った相手が自分に向けてきた顔が、頭の中を流れた。


 ――そう、やっぱり今はこの傷跡の方がよっぽど厄介だ。

 ……そのことは十分に、分かってはいるのだけど、それでもやはり初めて名乗るときはどうしても身構えてしまう。


「――良い名前だ。……ふむ、失礼だが、関西の出身かな?」


 ……そんな緊張から手のひらにじっとりとした汗が浮かぶ私に、先輩がしてきたのは、今までの経験のどれにも当てはまらない、随分意外な質問だった。


(……どういう質問だろう?)


 両親をあの事故で亡くして、それから祖母に引き取られてからはずっとこの町で育ってきた。特に今まで関西に住んでいた経験はない。

 ――ただ、そういえば、昔何度か訪問したことのある母方の本家筋は関西にあったはずだ。



「――いえ……違います……ただ、母方の本家筋が関西らしいですけど……」


 先輩の質問の意図が分からず、内心首を傾げながら首を振った。


「なるほど。そうか。……なに、『かみ』と書いて『この』と読ませるのは珍しいと思ってな。関西の知り合いに同じように読ませる名字の人間がいたもので、ひょっとしたらと思ったのだが……残念だ」


 どうやら、特に深い意味があった訳ではなく、単に話の切っ掛けとして話題を振ってくれたのだろう。

 先輩は予想が外れたことに少しだけ残念そうに首を振ると、なぜそんな質問をしてきたのか説明をしてくれた。


(ああ……そういうことか……)


 その言葉を聞いて、ようやく質問の意図が分かり、ほっと息を吐き出した。

 ――そういえば、あそこも『かみ』と書いて『この』と読む家ではある。

 単なる偶然かも知れないが、なんとはなく身近な話題が出たような気がして、嬉しくなった。


「――あ、そうなんですかっ! その関西にある本家も姓は違っても『かみ』と書いて『この』って読みます!」

「ほう……そうなのか。たしか、あっちは元々どこぞの神社を祀った垣内(かいと)から派生した分家だったと聞く」

「はいっ、うちも……というか本家はそうですっ! ……姓は違うんですけど、本家が大きな神社で、うちはそこから分かれた分家筋で……って言っても、うちは色々あってもう全然付き合いがないんですけど……ひょっとしたら、大本は同じかも知れないですねっ!」


 先輩の語る内容は昔祖母から聞いたことのある実家の話と同じだった。

 いくら珍しい名字とは言え、まさか、名字一つからここまで話題が広がるとは思わなかった。

 しかし、地元ならともかく、こうも遠く離れた土地で出自を知る人間に巡り会ったことに、興奮が抑えきれずに、思わず声がうわずった。


「――なに……受け売りだ」


 褒める私に、先輩がまた少し照れたように笑って、ポットから手元のカップに紅茶を注ぎ始めた。


 いつの間にか、テーブルの上の砂時計は落ちきっている。

 慌てて、私も先輩に(なら)って紅茶を注いでいく。

 傾けたポットの先から、透き通った、少し赤みがかった琥珀色の液体がカップの中へと流れ込み、白い茶器を染め上げていく。


 恐る恐る温度を確かめながら口をつけると、(かす)かに柑橘系のさわやかな香りが頭をすっきりと掃除してくれた。


(今まで、紅茶の銘柄なんて気にしたことがなかったけど……こんなに落ち着く物だったんだ……)


 暖かさがじんわりとノドの奥を通り、食道、胃と広がっていくのを感じながら、そんな事を思った。


「……紅茶の香り付けにも使われるベルガモットは、かつては(まじな)いにも使われることがあったらしい」

「マジナイですか?」


 唐突に、先輩が不思議な事を言い出した。


(……マジナイ? ……ああ……おまじないか)


 耳慣れない響きに、一瞬頭の中で『マジナイ』の音が変換できなかった。

 『おまじない』なんて、まだ小学生のころ靴の中に黄色い布に包んだひまわりの種を入れるというのが流行ったが、それからめっきり聞く機会もなかった。


(そういえば、あのおまじないは結局なんのおまじないだったんだろう?)


 その頃からクラスメイトと親しくすることもなかった私は、みんなが入れているのを知ってはいたが、結局その効能までは知らないままだった。


「そうだ。良くは知らないが、なんでも、香りに落ち着く効果があるらしいな――なるほど。確かにこれは不思議と落ち着く気がする。――君も、少しは落ち着いたか?」


 カップを持ち上げ、私の方に軽く見せながら先輩が優しげな視線を向けてくる。

 突然、何を言い出したのかと思ったが、随分回りくどい言い回しでどうやら私を気遣ってくれたらしい。


「はい。――おかげさまで」

「そうか……」


 私が答えると、先輩は安心したように笑った。

 先輩の人の良さそうな笑みを見て、それに釣られてだろうか?

 自分の口角が自然にあがるのを感じた。


「……それで、宝玉が出てくる夢の話だったか」


 私の反応を見て、話しても大丈夫だと思ったのだろう。

 先輩が、先ほど私が吐き出すように話した夢に関して触れてきた。


「夢というのは、『記憶を整理する為の物』というのはよく言う話で、普通、様々な夢を一晩のうちに何度も夢にみているそうだ。では、『なぜ悪夢ばかり』となるのだが……まあ、よく悪夢を見るというのは、『悪夢だけを覚えているからだ』という事らしいな」

「……はい。聞いたことがあります」

「ただ、神宮さんの場合は、その詳細に語れるような悪夢が、少々長引いて反復継続しているようだ。それに、夢の後は明確な見当識と意識を持っている。それに――日常生活にも支障が出ている……と?」

「はい」


 病名を鑑別する医師のような口調で述べる先輩に、短く肯定を返す。

 すると、先輩は両手を組んだまま、親指で左右のこめかみをもみほぐすようにぐりぐりと押しながら口を開いた。


「――『悪夢障害』という病気があってな」

「『悪夢障害』ですか?」


 先輩が言いづらそうに眉根を寄せて言った聞き覚えのない言葉を繰り返す。


(『悪夢障害』だなんて、随分そのままな病名だな)


 思わず笑いそうになりながらも、自分に関する事に表情を引き締めて先輩の話に耳を傾けた。


「そうだ。――まあ、言ってしまえばひたすら悪夢を見続けるという障害がそう名付けられているだけなのだが……なにぶん、門外漢なものでな。詳しいことは専門家に委ねるところだが、PTSDなどから発症することもあるそうだ。とにかく、どうしても気になるようなら一度受診することをお勧めする」

「病院……精神科ですか?」

「そうだな。メンタルクリニックの類いか」


 精神科……そう言われると、正直尻込みしてしまう。

 どうも、私は昔から病院の類いが苦手な気があるのだ。

 ――昔、交通事故の時に運び込まれた病院の思い出があるからかも知れない。


「――考えておきます」


 だから、せっかくの先輩からの忠告だったが、今回は遠慮しておくことにした。

 実際、色々と日常生活に支障が出ているけど、出来ればそれは最後の手段にしておきたい。


「そうか。まあ、実際の所、行ってどうにかなるかは分からんからな。ストレスを発散してみれば、案外夢見も良くなるかも知れん」


 先輩も、そんな私の気持ちを何となく分かってくれたらしく、先ほどまでの辛そうな表情を、力になれない事を恥じるように、ただ単純に申し訳なさそうなものへと変えた。


「――大丈夫です。先輩がわざわざこんな『おまじない』を教えてくれましたから」


 そんな会ったばっかりの後輩の為に、申し訳なさそうにしている先輩の申し出を突っぱねてしまった罪悪感を込めて、紅茶のカップを持ち上げて見せると、先輩は一瞬目を見開き、ふっと笑った。


「――そうだな。……残念ながら、私が用意したものではないが……ああ、そうだ。一応、ここは茶葉の購入も出来るはずだ。気に入ったのなら、買って帰るといい」

「そうなんですね。だったら、後で買って帰ります」


 先輩の気遣いを無碍(むげ)にしないためにも、後で必ず買って帰ろうと思った。


(……紅茶なら、読書の時にも、映画を見るときにも楽しめるし)


 体力には自信のあるものの、スポーツやなにかに熱中するタイプではない私にとって、数少ない趣味の読書や映画の共に出来るというのは何よりだった。


(私……本当にひきこもりだな……もう諦めてるけど……)

「少々荷物になってしまうが」

「ああ、それなら、うちはここから近いんで大丈夫ですよ」


 先輩が、私の鞄と私の顔を見比べながら、茶葉を買って帰ることで荷物になるのでは無いかと心配そうにこちらを見つめていた。

 しかし、もうこの書店から家まではほど近い。

 今日は無事に睡眠がとれたお陰で体調もすこぶる良い。

 ……さすがに、今日は昨日のように倒れるようなことはないだろう。


「この近所なのか?」

「ここから少し南に行ったところです。商店街を抜けて、旧町の薬屋を超えた先です」

「なんだ、では随分とうちの近くではないか」

「そうなんだ……ッ――ですか?」

(――危ない。また、昔みたいな話し方をするところだった……)


 この先輩と居ると、なぜか使わないようにしている話し方をどうしても出てしまいそうになる。

 先輩の話し方が、随分変わった話し方だから、それにつられているのかもしれない。


「ああ、うちは新町だが旧町との境の辺りでな。寺の(はす)向かいだ」


 先ほどまでの重い空気は和らぎ、和やかな雰囲気のなか会話が弾んでいく。

 先輩の言う通りなら、通学路の途中……というかすぐ近くに先輩の家があることになる。

 どうやら、お互い住んでいる場所が思わぬ近場だったみたいだ。

 頭の中で、家の周りを歩いて行くと、ちょうど先輩の家らしき場所に行き当たった。


(あれ? でも……これは……)

「……旧園田邸?」

「なんだ。知っていたか。どうもうちの父が縁があったようでな」

「それは……凄いですね」


 知っているも何も、『先輩の家』というのは、旧園田邸――文化財にでも指定されそうなこの辺りでも有名な大豪邸だった。

 この辺りの地主の別邸で、園田の家がなくなってからは、何年か前までだれも住んでいなかったはずだ。

 どうやらそこに住むようになった家というのが先輩のお宅らしい。


「うちは庶民的な家なのだが、家ばかり大きくてな。掃除に困るくらいだ。――まあ、もし機会があれば立ち寄るといい。茶ぐらいはだそう」

「はは……ありがとうございます」


 冗談めかしていう先輩に笑ってお礼をいうと、カップ片手に満更ではなさそうだ。

 一旦、会話が途切れ、お互いにカップに口をつける静かな時間が流れた。


(――ちょうど一杯目が飲み終わった所かぁ)


 カップの隣に置かれたポットを持ち上げてみると、中には、後一杯くらい分くらいお茶がありそうだ。


(もう少し、この先輩とお話できそうだな……)


 ポットのお茶をカップに移しながら、何となく、そんな事を思った。

 どちらかというと、人と話すのが得意では無い方だけど、この先輩との会話は、なぜかリズムがあっているらしい。

 自分にしては珍しく随分と弾んでいるように思える。


 私の弾んだ心を乗せて、少し色を濃くした紅茶は、すべてカップの中へと注ぎ込まれていった。



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いつも応援・ご評価ありがとうございます。

おかげさまで、ジャンル別日間ランキングで19位を頂くこともできました。
これからも、お付き合い頂ければ幸いです。

*******↓ 『もうひとつ』の物語 ↓******

「ラリカ=ヴェニシエスは猫?とゆく。」
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