第十話「先輩、……勝手に肴にしないでください」
「あー、んんっ……それで何処まで説明したんやったか……咲夜ちゃんがえらい見せつけてくれるよって、何を言おうとしたんか忘れてもうたやないか……」
全員が自分の座布団に座り直し、ようやく落ち着きを取り戻した。
お凜ちゃんが、軽く咳払いをした後、理不尽な呆れた混じりの視線を向けてくる。
「――ちょっと待って! 今の私が悪いの!?」
「……咲夜、色々と大変なのは分かるが、あまり話をややこしくしない方が良いぞ?」
「ええ!? ちょっと……先輩っ!? 先輩が悪ノリしたんですよね!?」
「何をいう。私は本心を言ったまでだ」
「――っ!?」
しれっとそんな事をいう先輩は至って真面目な――『真面目すぎる』表情をしている。
『真面目すぎる』表情は、いかにも作ったみたいで……ちょっと嘘っぽい。
対して、お凜ちゃんは、そんな先輩の顔を見ると、にやっとした笑みを浮かべて、私の方に言い聞かせるように頷いた。
「咲夜ちゃん、あんまり細かい事は気にしたらあかへんねやで? その場のノリやの勢い言うんは殺してもたらあかんよ」
――そう。それは圧倒的な数的劣勢。
いつの間にやら、即席連合軍が結成されていたらしい。
もはや私の周りに味方は無く、四面楚歌な状況だった。
(あああああ――っ! もうっ! いつの間にか、なんだか私がボケを殺したみたいになってるしっ! うざった――くは別に無いか……大丈夫。うん……大丈夫)
一瞬、心の中で二人の事を悪し様に言いそうになったけど、すぐにそんなことはないと言い聞かせた。
――だが、それでも。
……自分が明らかに肴にされてしまっている現状は、ついつい不満を言いたくもなるのだ。
だから……
(――ああ……そうだ。でもっ、この二人、もう合わせて意地悪二人組だ! 絶対一緒にペア組ませちゃ駄目な人達だ!)
せめてとばかり、やりどころのない感情を、心の中だけでぶつけてやるのだった。
「――ええなぁ、咲夜ちゃん。和むわぁ」
「――くっく……愛らしいだろう? 本当に、咲夜には先日も随分助けられたよ」
口に出せない怒りを心の中で猛らせながら、私が一人悶えているとお凜ちゃんと先輩がそろってそんな事を言って、急に表情を真面目なものに改めた。
そして、悶える私を放置して、先輩とお凜ちゃんが真剣に話し始める。
「それで、隠世には深さがあるという事だったな? 実は、私と咲夜が一昨日戦った……その『妖魔』とやらは、途中から私には姿が見えて、咲夜には見えていなかったようなのだ」
「――その妖魔が潜る深さを変えはったんやろなぁ。ただ、話を聞いとる限りやとさほど強力な妖魔やあらへんみたいやよって、多分相当無理はしとってんやろなぁ」
「『強力では無い』……? そうなのか? 私からすると、かなり危険なもののように見えたのだが……まあ、現に私は死にかけた訳だからな」
「――『死にかけた』? そらまた偉い物騒やな?」
お凜ちゃんが、先輩の言葉に含まれる不穏な単語に、眉をぴくりと動かして反応した。
「それに関しては完全に咲夜のお陰だな。……情けない話、不覚をとって大怪我を負ったが、咲夜が『龍樹様の雫』とやらを使ってくれたから、こうして今も私は無事ここに居られるというわけだ」
「……雫、咲夜ちゃんも持っとったんか?」
お凜ちゃんが不思議そうに私の方を向き、聞いてくる。
流石に、この雰囲気の中いつまでもさっきのことを根に持っている訳にはいかない。
(――いつか、絶対二人とも恥ずかしい目に遭わせてやる)
そう思いながら、私も気持ちを切り替え、真剣に話を聞く体勢を作った。
「おばあちゃんの形見だったんだけど……」
「ああ……茜のばあちゃんのかぁ……それで……」
今でも、あの時『龍樹様の雫』を使って良かったとは思っている。
――あの時、もし先輩を置いて私一人で立ち去っていたら……
――私はとっくに『終わって』しまっていたと思う。
それだけは、なんど考え直してみても変わらない。
(でも、そのせいで、先輩の目がおかしくなって……)
そう……そのせいで、困っている私を助けてくれた先輩に。
おかしな後遺症を残してしまったのは事実なのだ。
だから、もし、先輩の瞳を元に戻す方法があるんだったら……なんとしてでも治したい。
(――もし……『治せない』となったら……その時は……)
……私に出来ることなら、どんな償いでもしよう。
――もうすでに、今有る恩だけで、返しきれるのか分からないほど貯まってしまっているけれど。
金色に輝くように変色してしまった先輩の目を見つめると、先輩が『どうした?』と聞くように見つめ返してきた。
その視線に、誤魔化すためになんとか笑って返す。
「――でも、それを使ってから、先輩の目の色がおかしくなっちゃって……それから、変なものも見えるようになったみたいなんだ……」
だから、先輩への申し訳ない気持ち。
それから、覚悟をのせて。
お凜ちゃんならなにか対策を知らないかと切り出した。
「その目の色やな……どう見ても日本人の目の色やあらへんもんなぁ……雫でそんな副作用ら聞いたことあらへんねやけど……ウチも何回も使こうとるけど、見ての通りやさかいなぁ……」
お凜ちゃんが、小さな指で自分の右目を指さしながら、首を傾げている。
(……何回も……使ってる?)
でも、お凜ちゃんの言葉に引っかかるところがあった。
(……何気ない様子で話してるけど……それって……)
熱くも無いのに、じわりと背中に汗を搔くのを感じた。
(何回も使うって事は――それだけ、大怪我をしてるって事だよね……?)
「――君は、何度も『龍樹様の雫』を服用した事があるのか?」
先輩も同じところが気になったらしい。
私が聞こうとしていた事を代弁するように、お凜ちゃんに向かって心配そうに質問した。
「――ん? ああ、せやね。薄めた軟膏は擦り傷によう使とるけど、普通に渡される濃さの雫も昔はよう使こと? 今は、そない大怪我することあらへんけど、まともに退魔術使えるようになるまでは、しょっちゅう大怪我しまくっとったからなぁ……」
あっけらかんとした様子でからからと笑いながら、ちょっとした失敗談を話すように少し恥ずかしそうにお凜ちゃんが語る。
(昔って……今、お凜ちゃん十二歳だよね……?)
「……お凜ちゃん……大怪我って……大丈夫なの? それに『昔』って……」
「ああ、ウチみたいなのが『昔』言うたら、確かにけったいやな。……せやね。昔言うても、桜花と契るまでやから……六歳くらいまでや。せやなぁ……やっぱり、一番きつかったんは、桜花に首から腹までかっさばかれたときや。――ほんまに……あの時は流石に死んだ思と。――まあ、それからは、お陰さんで当代最強やー言われるようになったさけ、いっぺん使こたかどうか言うところやなぁ……」
(――腹……? かっさばかれたっ!?)
目の前の女の子が、体を大きく切り裂かれて、趣味の悪い映画のように内臓が出ている姿をとっさに連想してしまって、喉の奥が詰まったような感覚を覚えた。
「――そ、それはなかなかに壮絶な人生を送ってきているな……」
流石の先輩も、幼い女の子が死にかけただとか、切られただとか、狂気にしか思えない事を言うのに、少し気圧されたように、冷や汗を掻きそうな顔をしながらお凜ちゃんのことを見つめている。
「――そんな心配せんでも大丈夫よー。それこそ、龍樹様の薬のお陰で見ての通り傷跡一つ有らへんよ?」
お凜ちゃんは、おばちゃんのように笑いながら片手を振ると、少しだけ首元をはだけさせてトントンとあたかもそこに傷口があったかのように指で指し示した。
――確かに、お凜ちゃんの言う通り、そこには傷跡一つ無い白く透き通った肌だけがあった。
「まあ、そんな訳やさかい。普通はそないな『目の色が変わる』やの、『能力が強化される』言うような効果はあらへんはずなんよ」
ちょっと、にわかには信じられないくらい過酷な環境でお凜ちゃんは育ってきたらしい。
だけど、それと同時に納得出来る所もあった。
(でも――時折、お凜ちゃんが大人びて見えるのは……そのせい、なのかな?)
女の私でもどきっとするような色気を放ちながら、はだけさせた襟元を正しているお凜ちゃんを見つめながら思った。
「――せやから、もし『龍樹様の雫』を使ってから、その目になった言うんやったら、龍樹様が原因やのうて――それが切っ掛けにそのけったいな霊力が目覚めた言うことちゃうんか?」
――そんな事を考えている間に、お凜ちゃんの言葉に聞き逃せない言葉があった。





