第八話「先輩、魔法って信じますか?」
「――それで、どうして先輩がここに居るんですか?」
『さっきの鎧武者はなに?』とか、『お凜ちゃんが二人居たのはなんで?』とか、色々聞きたいことはあった。
だけど、そんな事よりもさしあたって一番聞きたいのは……
――旅館に居るはずの先輩がなんでこんなところにいるのかと言うことだった。
その先輩は、隣でぴんと背筋を伸ばして正座している。
……こうして改めて姿勢を正しているのを見ると、スポーツ選手のように凄くがっしりとした身体をしているのがよく分かった。
「――咲夜が出て行った後、しばらくするとそこな着物娘がやって来てな。咲夜を呼んだ人間だが、話があると連れてこられたのだよ」
「……お凜ちゃんに?」
良いながら、その視線は僅かに細められ、鋭くお凜ちゃんの方を向いていた。
(……でも、お凜ちゃんはさっきまで私と一緒に話してたよね?)
お凜ちゃんは、さっきまで私と一緒にここで話し込んでいたはずだ。
私がここについてすぐにお凜ちゃんに会ったのだから、常識的に考えて、先輩を迎えに行けるはずが無い。
(……ってことは、やっぱり、さっきお凜ちゃんが二人居たのと関係ある……よね?)
「それで、咲夜になにかあったのかと思ってついてきてみれば……尋常では無い様子で咲夜の私を呼ぶ声と、争う物音がしたからな。――気づけば飛び込んでいたというわけだ……正直、肝が冷えたぞ……まったく……咲夜が無事で、ほっとしたぞ」
(『気づけば』……なんて……)
――まるで、それじゃあ、本当に……私の事が心配だったみたいじゃないか。
(ううん……違うか。先輩の事だから……本当に心配してくれたのかな……だったら――嬉しいな……)
さっきの事を思い返しながら、無意識なんだろうけど先輩が安心したように息を吐き出しているのを見て、不謹慎だと分かっていても、じんわりと胸の奥が熱くなるのを感じた。
「――そ、それで、どうしてお凜ちゃんは先輩の所に行ったんだい?」
気恥ずかしくなって、お凜ちゃんが二人居た理由とかは無視して、お凜ちゃんに話を向けた。
「――せやなぁ……どこから話したもんか……」
お凜ちゃんは、静かに私達の方を見つめ返している。
静かに、どこか憂いを帯びた瞳で、どう話したものかと悩むように幼い眉間にしわを寄せていた。
「うん……せやな……とりあえず、順番に説明してくさけ、正直に教えてや?」
そう、前置きをしてじっと私の方を見つめてくる。
(……正直に教えてって、なんでわざわざそんな事……? ……まあ、よっぽど関係なくって聞かれたくないことだったら誤魔化すかも知れないけど……)
教えてくれると言っているのだから、私から誤魔化すことなんてない。
よく分からない前置きに、首を傾げながらもこくりと頷いた。
「――咲夜ちゃん。ここんところ、なんや変な出来事に出くわさへんかったか?」
やがて、お凜ちゃんは考えを整理した様子で、私に向かってそんな質問をしてきた。
――『変な出来事』そんな事を言われて思い出すのは……もちろん、一昨日体験したばかりの、白い手の事件だ。
あの事件があったせいで、すごく怖い思いをしたし、先輩に至っては――危うくぬところだったのだ。
(でも……なんでお凜ちゃんがそんな事を知ってるんだ?)
手紙が贈られてきたタイミングと良い、どう考えてもなにか知っている……というより、龍樹様のことも含めて、神守の家自体が不思議な事に関わっているとしか思えない。
――そんな『漫画みたいな』と常識的な私が馬鹿にする。
だが、ここ数日で体験してきた奇妙な出来事はまさしくそんな『漫画みたいな』出来事だった。
『再び、たった一人になってしまうかも知れない』そんな恐怖や痛みと一緒に刻み込まれた体験が、馬鹿みたいな考えを――否定させてはくれなかった。
「うん……そうだね。一昨日……かな? ――怖い、体験をしたよ」
思わず背筋を這い上がった不快な感触に目を閉じて、もしも私の見当違いだった時の事も考えて、常識的な答え方でお凜ちゃんの質問に答えた。
「詳しく教えてくれへんか? 内容によったら……いや、もう、内容によらんでも、咲夜ちゃんには色々説明しやなあかんことがあるんよ……」
「……説明しないといけない事?」
「せや。神守を中心とした一族。その……お役目についてやな……」
そういうお凜ちゃんは、とても言い出しにくそうだ。
なにか、伝えたいことがあるのに――伝えたくない。
そんな葛藤が伝わってくるような、歯切れの悪い様子だ。
(あんな変なこと……話して良いのかな?)
普通なら『変人』とか『嘘つき』と罵られるだろう話をするのは躊躇われた。
でも、さっきの前置きと言い……。
――どうもお凜ちゃんはアレが何だったのか知っていそうな気がした。
(……それに、もともと、おばあちゃんもお凜ちゃんに相談するべきって言ってたし……)
最後に私の背中を押したのは、夢に出てきたおばあちゃんの言葉だった。
先輩の方に視線をやると、先輩も静かに私の考えに同意するように頷いてくれた。
「……分かった。凄く、変な話だけど、それでもいいかな?」
「もちろんや。――『常識』とは違う話や言うんは、ウチも端から分かっとるさけ」
「それじゃあ……」
そうして、私は恐る恐るこの数日間の出来事を語り始める。
お凜ちゃんは、話す私の方が気圧されそうなほど、真剣な表情で話を聞いてくれた。
こちらに向けるお凜ちゃんの眼差しは、ほんの一週間くらい前までは小学生だったとは思えない、『凄み』のようなものを放っている。
「――なるほどなぁ」
すべてのあらましを聞き終えて、お凜ちゃんはしみじみと呟いた。
そうして、ほうっ……と歳に似合わない妙に色っぽい仕草で息を吐くと、私の事を悲しそうに見つめた。
「そら……大変やったなぁ。『見崎の宝珠』か……そないなもん持っとるんやったら、茜のばあちゃんも一人で抱え込まんとウチに相談してくれたらよかってんけど……話を聞くに橘の至宝やろから、言うに言えへんかってんろなぁ……」
「――ごめん。お凜ちゃん、全然分からないよ……? ちゃんと……説明して貰っても良いかな?」
切なそうに、おばあちゃんの事を同情するように、どこか悔いた様子で一人納得しているお凜ちゃんに、少し不安な気持ちを抱きながら私は詳しい説明をお願いする。
お凜ちゃんは、そんな私に頷いて、背筋をぴんと伸ばし直してこちらを向いた。
「せやな。ほいたら……まず大前提として、この世界には常識的には存在しぃひん『人ならざる力』が存在しとる。――実際、そんな体験しとるんやったら、ちょっとは納得出来るんちゃうか?」
「人……ならざる力?」
「そうや。まあ、普段は退魔術やの霊力やのなんやの言うけど、ハイカラな言い方するんやったら、魔法やの超能力やのそういうもんや思てくれたらええわ」
(……なんとなく予想はしてたけど……本当に漫画や映画みたいだ)
荒唐無稽ことばの羅列に、うっかりすると現実感がどこかに行ってしまいそうだ。
だが、そんなお凜ちゃんの言葉を、一昨日経験した恐怖を思い返しながらなんとか受け止めていく。
「それでな? その『力』はそれぞれ自体色々やねんけど、時々突然変異みたいに持って生まれる子がぽっと出てくるんよ?」
お凜ちゃんが、そういって片手で花を咲かせるように開いて見せた。
「で、一番大事な事やねんけど、そうやって生まれた子の子孫には、その力を受け継いだ子が生まれる事が多いんよ」
お凜ちゃんは、なぜか悲しそうな表情を浮かべて、今度はちらりと先輩の方に視線を向けた後に頷く。
「それで、ウチら『神守』がそれとどう関係するんか言う話になるんやけど……せやなぁ、神守の家は、言い方は悪いねんけど、そういう力持っとる人間を遠い遠い昔から、代々取り込んで、掛け合わせてきてん……」
(掛け合わせって……そんな馬みたいな)
着物の胸の辺りをトントンと軽く叩いているお凜ちゃんの手元を見つめながら、どこか他人事なお凜ちゃんの言葉に複雑な気持ちになった。
お凜ちゃんの言い方ではサラブレッドを生み出すために、様々な優秀な遺伝子を持った者同士で子供を生ませているみたいに聞こえた。
「まあ、ウチら神守はそうやってきたおかげで、ほとんどの人間がうっすいうっすい血やの力やのしか、持っとらへん中で、世界でも有数の『そういう力』を持っとる人間の集まりになってん」
そこでお凜ちゃんは言葉を切り、大きく息を吐き出した。
「――せやけどな?」
お凜ちゃんが言葉を途切れさせて、私の方をまた申し訳なさそうに見つめた。
「いくら『神守や』言うても、全員が全員そういう力――それも、強力な霊力や術を持って生まれてくるわけやあらへんねや……せやから、力を持ってはらへん子……特に分家の子には、なるべくこの話はせんようにしとるんよ」
「……それはどうして?」
(……今の話の流れからして、今までそんな話を聞いていなかった私には、そういう力が無かったって事だなんだよね? ――でも、おばあちゃんは知ってたみたいだし……だったら、教えてくれたって良かったのに……)
……少しだけ、今までそんな大事な事を誰からも教えられずにいたことに、昨日、体育の後に教室で向けられる視線を思い出して、ずきんと胸が痛んだ。
それに、もし――少しでもそんな事を教えて貰っていれば、ここまで苦労する事だって無かったかも知れないのに。
――そんな風に、暗い気持ちが沸き上がってくる私を見つめる、お凜ちゃんが、切なそうに笑った。
「――その方が、普通の生活が送れるはずやっちゅう配慮や」
――その、短い言葉に。
そして、お凜ちゃんが浮かべる笑顔に。
ぎゅっと胸の辺りが締め付けられるような苦しさを覚えた。
(――仲間はずれにしてるわけじゃ無くて……話さないのが気遣いってこと?)
「もし、この話を知ってしもうたら、普通の生活、送れへんようになってまうかも知れへんやろ? それに、なんかあっても、力のあらへん子らは自分を守ることすら出来ひん。――それやったら。そないな事になるんやったら。初めから、辛いことやの、怖いことやの教えんで、関わらへんように力のあるウチらが矢面に立った方がええやんか?」
「……守る事って……なにから?」
(まるで、その言い方だと、なにかすっごい危険があるみたいな……)
お凜ちゃんの言葉では、つまりなにか『身を守らないと行けないこと』があるみたいだ。
そして、その矢面――危険な事を神守の人達が……お凜ちゃん達が、引き受けているという風に聞こえた。
「――そう、それがもう一つ大事な事や。……この世界で、人ならざる力を使うんは人間だけやあらへん。咲夜ちゃんは、もう異形の存在に会ってんねやろ……? ――それこそが、ウチらが討滅せなあかへん存在――妖魔や」
お凜ちゃんは、辛そうな表情を、どこか重々しいものに変え。
――大きく息を吸い込むと意を決したように口を開いた。
「――ウチら神守は……妖魔を滅してきた一族でもあるんよ」





