第三話「先輩、キジバトって可愛いですよね」
「――ホントに、本当に、良かったんですか!?」
「だから、何度も良いと言っているだろう……」
龍観町にたった一つだけある旅館に予約を入れてから、何度目になるか分からない念押しをすると、流石に辟易した様子の先輩が苦笑を浮かべている。
――しかし、どれだけ苦笑されても、心配なものは心配なのだ。
先輩の提案に、舞い上がりそうな気持ちになりながら。
それでも、次の瞬間にはなにか裏があるんじゃないだろうかとか、悪い事があるんじゃないだろうかと心配が沸き上がってくるのだ。
「……嫌ですよ!? 土曜日駅に行ったらいつまで経っても先輩が来なくて、電話してみたら『お前なんかと旅行なんて行くはず無いだろう? ――本気にするとは滑稽な』とか言われるの。――そんな事したら、絶対……絶対っ、恨みますよっ!?」
「――するわけ無いだろうか!? 一体君の中で私はどんな極悪人なのだ!?」
(だって……本当に、いくら何でも付き合いが良すぎるし……)
心外そうに叫ぶ先輩だったが、そんな姿にほんの少し安心してしまう位には、今の私は疑心暗鬼に駆られていた。
……別に私だって、本当は先輩がそんな事を言うような人ではないと分かってる。
それでも、あまりにも出来すぎている運びに、どうしていいのか分からなくなってしまうのだ。
(――それもこれも、多分、嬉しくて……楽しみで。もうどうしようも無いくらい期待してしまうのが悪いんだ)
もし、今まで周りに近づいてきた人みたいに、何かの折に急に態度が変わったらと思うと、期待が大きい分、不安で不安でたまらないのだ。
「……ごめんなさい。――その……っ、先輩がそういう人じゃないって分かってるんですけどっ、でも、だけど、やっぱり不安で……」
一瞬先輩の顔を見つめながら、縋るように身を乗り出しかけて、腰掛けているソファの『ギシッ』という音にはっとなって顔を伏せた。
そんな私の向かいから呆れたようなため息が聞こえた。
「……はぁ……それほど心配なら、土曜日の朝、うちに迎えに来れば良いだろう……」
「……ホントに行っていいですか?」
「ああ。それで多少なりとも安心できるのなら、好きにしたまえ。私は別に否やは無いよ」
固い言葉に、ひょっとして気分を害してしまったんじゃ無いかと不安になって顔をあげる。
――すると、そこには優しく妙にふにゃっとした笑みを浮かべた先輩がいた。
しかし、私が顔を上げたことに気がつくと、あっという間にどこか皮肉気ないつもの表情に戻ってしまう。そうしてそのまま先輩は、肩をすくめると面白そうに言葉を続けた。
「それにだな。別に私も決して下心が無いわけでは無いのだぞ?」
「――下心?」
「そうだな。色々とあるが――『龍樹様』の話があっただろう? 実際今回、そのおかげで私はこうして助かったわけだ。――なにか、私の調べ物の手がかりが眠っているかも知れないだろう?」
(……確かに、それは先輩からしたら私と一緒に行ってくれるメリットなのか……な? ――私も、龍樹様の事は気になるし)
――だけど、今の先輩の様子を見て、つい、『ひょっとして、『メリット』なんて建前なんじゃ無いか……?』なんて、随分思い上がった事を考えてしまった。
「――と、とりあえず、『土曜日に行く』って神守にこれから手紙出しますね」
慌ててそんな身の程知らずな考えを、わざと明るい声を出しながら、お凜ちゃんの手紙を振って見せることで振り払った。
レターセットを台所のテーブルから取ってきて、応接室の机の上で広げて書いていく。
(――内容は……そうだな……『土曜日の夕方に行くこと』『友人と一緒に行くので宿の準備はいらないこと』は少なくとも書いておかないと駄目だよね……)
普段することのない『手紙を書く』という行為に、真っ白な紙を前に緊張しながら考え込んだ。
(そういえば、いつも神守の屋敷に泊まりで行ってたのって、遠かったからだったんだ……)
今更ながら、昔から神守の家に行くとき、屋敷に一室を借りていた理由が分かった。
なにぶん神守の家に行っていたのは小さな頃だったから、遠かったと言う印象だけで、どれくらい遠かったのかまで覚えていなかったのだ。
(ううっ……でも、なんだか、人にじっと見られながら文字を書くのって緊張するな……)
なるべく意識しないようにしても、どうしても感じてしまう先輩の視線に急かされるように、せっせと手を動かして文字を書き連ねていく。
「――お待たせしました! 書けましたっ!」
きっちり手紙を封筒に入れて、封をしてから頭を上げた。
天風が運んでくれるから、宛名はお凜ちゃんの名前だけ書いておけば大丈夫だ。
「……ああ、別にそれは良いんだが……」
見れば、困ったような、焦っているような、なんとも言いがたい微妙な表情を浮べた先輩が、なぜか歯切れの悪い口調で口を開いた。
「――その……なんだ。――書き終えたところで言うのもどうかと思うのだが、手紙で……大丈夫なのか? もう日数も無いのだ。電話かメールの方が良いのでは無いか?」
先輩が、壁に掛けられたカレンダーを見ながら、心配そうにそういった。
(ああ。それでか……)
私は苦笑を浮かべて先輩に向かって説明する。
「私、神守の連絡先知らないんです。おばあちゃんがいた頃から、いつも手紙なので」
「――もう二十一世紀になって久しいと思ったのだが……未だに日本国内でそんな事があるのだな……」
(鳥に運ばせてるあたり、ホントに二十一世紀とは思えないよね……)
呆れた様子の先輩の反応に、先輩が考えて異常にアナクロな連絡手段の事を考えて、ますます私は引き攣った笑いを浮かべる羽目になるのだった。
「それが先輩。――びっくりな事に、送り方も凄くアナログなんです」
「……送り方がアナログ?」
私の言葉に、先輩が解せないといった表情で首を傾げている。
――その先輩の表情を見て、私はふと思い立った。
「あっ、そうだっ。先輩。今から送るので先輩も見ますか?」
「あ、ああ……こんな時間にか? 夜更けに夜道を歩かせるのも心配だからな。着いていくのは別に構わんが……一体何を見せるというのだ?」
「ええと……伝書鴟?」
「……すまない。咲夜が何を言っているのかさっぱり分からん」
天風のことをなんて説明したものか分からない私の言葉に、先輩は当然郵便局に手紙を投函しに行くと思っていたらしい先輩は、戸惑ったように眉根を寄せながら首を傾げている。
それでも律儀について来ようとしている先輩は……やっぱり本当に付き合いが良い。
「とりあえず――着いてきて下さい」
こうなれば、話すより実際見て貰った方が早いだろうと思った私は、先輩を連れて応接室を出て座敷に向かう。襖を開けて座敷に戻ると、天風は窓際に立ったまま、微動だにせずにいた。
「――天風、こっち」
天風が動き回らないのはいつものことだ。
いつもうちに来てからは、呼べば来るけど必要が無いときは置物のようになっている。
昔、餌とかあげた方が良いのかと思っておばあちゃんに聞いた時も、天風は私達の餌を食べないと言っていた。どうやら、不審なものを食べたりしないように、随分しっかりと調教されているらしい。
亡き祖母との懐かしい出来事を思いかえしながら私が呼ぶと、天風はとっとと跳ねるようにこちらに向かって近づいてきた。
――子供くらいの大きさがある鳥が近づいてくると、やはり少し圧迫感がある。
猛禽類だけあって鋭い瞳をしていて、これが見ず知らずの鳥だったなら相当に怖いに違いない。
近づいてきた天風に手紙を差し出すと、天風は心得たものと言った様子で手紙をくわえ込んだ。
「じゃあ、お凜ちゃんによろしくね」
廊下に面した近くの窓を開けると、天風はまるで頷くように一度頭を下げると、窓枠に捕まって羽を広げた。
――そのまま、ばさりばさりと羽ばたき夜の空へと消えていく。
軽く手を振りながら天風の後ろ姿を見送った後、振り返ると先輩が呆然と固まっている。
どうやら、やっぱりあまりのアナログな伝達手段に呆れているようだ。
「――いつもこんな感じでとてもアナログなんです」
自分の親戚筋の時代錯誤な連絡方法に、羞恥から少し顔が赤くなるのを感じた。
誤魔化すために少し笑いながら先輩に説明する。
「……いや、これはそんな軽く流せることじゃないだろう……」
……先輩は、頭痛を堪えるように両目の上辺りを右手で押さえながら、妙に疲れた声を出すのだった。
***
「――さて、咲夜。ちゃんと説明して貰おうか。今の鳥は何だ?」
応接室に戻ってきた私に、少しいつもの調子を取り戻した先輩が興味深そうに聞いてきた。
「え。ええと、伝書鴟?」
さっき自分の言った言葉をそのまま繰り返すと、先輩が再び頭を抱えた。
しばらく途方にくれたように頭を抱えて固まっていたが、やがて気を取り直したように顔を上げる。
「――まず、あれは鴟で間違いないのか?」
「た、多分……ちょっと大きいですけど……」
「ああ。大きいな。普通の鴟の二、三倍はあるように見えた。まったく……イヌワシかと思ったぞ……いつも、あれが……あんなものが手紙を運ぶのか?」
「はい。伝書鳩みたいなものだと思うんですけど、神守からの手紙はいつも天風――あの鴟が旅行先でもどこにでも運んできてくれますよ? だから、帰りにこっちの手紙を持って帰って貰うんです」
説明すると、先輩が両手をこめかみに当てて前髪を掻き上げながら凄い勢いで頭を抱え込んだ。
「――一体、どこから突っ込めば良いのだ……っ! そもそも、伝書鳩はそうやって使うものでは無い……」
「――え?」
「伝書鳩は、基本的に片道だけだ」
「――ええっ?」
「嘘だと思うなら、インターネットで調べてみたまえ……」
先輩の言葉に、携帯を取り出して調べてみる。
――それによると確かに、基本的に伝書鳩は一方通行らしい。
一応、教えた場所に行けるようにも出来るらしいけど、それにはかなりの訓練が必要になるらしい。
それに、仮に訓練していても、特定の誰かに届けるようなものでは無いということだ。
「……ほんとだ」
答えながら、昔から天風が手紙を届けに来てくれていた時を思い返していた。
(天風、確か昔おばあちゃんが百貨店にいたら普通に屋上に届けに来てたよね……? 今日だって、おばあちゃんがいないから私宛に届けに来たんだろうし)
あまりにも昔から当たり前のようにいつも届けてくるから、今まで考えた事も無かった。
『時代錯誤だなぁ』と思うことはあっても、それが異常だと思うことが無かったのだ。
「――龍樹様の件と良い、本当に『神守』の家というのはどうなっているのだ!? それこそ、魔法使いの家系とでも言われれば納得してしまいそうだぞ?」
「……ですね」
今更ながらに、神守の家の得体の知れなさをまざまざと実感する。
神守の家は、あくまで『親戚』という認識だった私は、先輩の言葉にはっと息を呑むことになった。
(でも、そんな神守の家に昨日の今日で呼ばれたって言うことはやっぱり……)
どうしても、今回の事件と関連づけて考えずにはいられなかった。
それは妄想に近いということは十分に分かっていたが、やはりどこか怪しさを感じさせる家に一人で行かないといけないということが妙に緊張して、冷や汗が出た。
「――まあ、どちらにせよ、今度の土曜日の楽しみが増えたな」
私が顔を青くするのを見てか、先輩が肩をすくめながら茶化すように笑った。
(――そっか、『一人』じゃ無いん……だよね……)
もちろん、神守の屋敷に行くのは一人で行くことになるけど、それでも屋敷の近くまで先輩も一緒に来てくれる。
……そう考えたら、なぜだか緊張していたのがふっと和らいだ気がした。
(大丈夫。土曜日は楽しい初めての旅行なんだ)
改めて、その事を考えてなんとも言えない焦燥感に襲われていた私は、気分が上向くのを感じた。
それに応えるように、先輩が妙に色っぽく、気障な様子で片目をつぶって見せた。
「――咲夜、土曜日の案内は任せるぞ?」
「――はい。任せて下さい」
先輩の楽しそうな声に――今度は私も楽しそうな声で大きく答えるのだった。





