エピローグ「遠く見守る者は、虚しき願いを胸に手を動かす」
「……鬼見が分家に目覚めの兆候があると……」
――それは、異様な光景だった。
古くからの日本家屋らしい、襖で区切られた畳張りの室内で、堅気の者とは思えない、五十代ほどのスーツ姿の男が緊張した面持ちで何事か報告している。
――冷や汗を垂らし、ごくりと生唾を飲み込みながら報告する男。
それだけでも、見る者があれば何事があったのかと思うだろう。
「ほんまか? 分家の誰よぉ? 目立って才能ありそうな子は、うちが視たときに鬼見にもつたえとったはずやねんけど……」
だが、何よりも異様だったのは、その男に対する人物が十二か十三歳ほどに見える少女だったことだ。
その少女は美しい日本人形のように容姿に、凜と髪を揺らし、愛らしい眉間にしわを寄せている。
「神宮の咲夜様が目覚められたようです」
「……咲夜ちゃん? トシちゃんがのうなってからは、茜のばあちゃんが、面倒見とったはずやんなぁ……? 確か、こないだばあちゃんの葬式の時に、念のために確認したけど、そんないな兆しはみられへんかってんけど……」
「恐らく、その後に『なにか』あったものかと……」
「……まぁ、せやろなぁ……」
なにか考え込むように、少女が紅を引いたように赤い、まだ幼さを感じる唇にそっと指を当てて考える姿は、どこか背徳的な色気を放っているように見えた。
「鬼見が、もうひとつ気になったことを申しておりまして……」
男が、まるで少女の怒りを買うことを畏れるように怯えながら、おずおずと口を開く。
「――なんや? 怖いわぁその言い方……」
少女は如何にも、嫌そうな表情を浮べながら男に続きを促す。
――男は、大きく息を吸うと、意を決した様子で吐き出すように声を出した。
「――神の気配が共にあったと」
その言葉を聞いた瞬間、少女は虚を突かれたように一瞬両目を見開き固まると、顔を苦々しげに歪めて、ほぅとため息をついた。
「……嫌やわぁ……静音がわざわざウチにそう言うゆうことは、そこらへんの適当な国つ神やあらへんにゃろ……?」
「詳細は不明ですが、未確認の神が関わっている可能性もございます」
「――さよか……まあ、しゃぁないわ。とりあえず咲夜ちゃん呼んで事情聞いてみよか」
少女は、再びため息をつくと、前髪をうっとうしげに払い、何事かを結論づけた。
……どうやら、問題となっている者を呼び出すことになったようだ。
「畏まりました」
男はそういって、どこからともなく文机の上に巻紙や筆といった、手紙を書くために必要な道具一式を乗せて取り出した。
少女は硯を前に、男から筆と墨を受け取り――
「――なぁ……前から思とってんけど……」
「――なんでしょうか?」
ぴたりと、その動きを止めて、男の方をじっと見やる。
受け取ったままの姿勢で、じっと見つめられた男は、そのごつごつとした顔を冷や汗で一杯にしながら、今にも殺されそうな様子で、唾を飲み込んだ。
「……ええ加減、連絡の度に手紙書いて送るのやめへん? ――メールやのなんやのあるねやろ?」
「――恐れながら……メールの類いでは見方が分からず、気がつかない者が多数出てしまうかと……手紙が確実かと思います」
少女の、端から聞いていてももっともな疑問に、男の方はだらだらと汗を垂らしながらも、自分の職分を果たして見せた。
「……はぁ。ほな、せめて、ウチも携帯電話言うんが欲しいねやけど……もう、中学生やで……」
「……御当主様にお伝えしますが……凜様であれば、式神を飛ばしたほうが早いとおっしゃるかと……」
「――せやろなぁ……」
沈黙の降りた室内で、少女は物憂げに、ほっそりとした指先を動かし……
――心なしか力を込めながら硯に墨を擦りつけていくのだった。
これにて『咲夜修行中!~火傷娘と先輩の。退魔師修行、ことはじめ~』第一章「見崎の宝珠と亡者の手」は終了です。
第2章については、二月の初めの再開の予定となります。
当初は毎日更新を今月内続けて、来月から1週間に1回の更新とする予定でしたが、表紙作成のスケジュールの関係上、二月の初めから15日まで毎日更新。その後、1週間に1回の更新となるかと思います。
(注意:ぴーすさんはかなり速い速度で描いてくださってますので、単純にスケジューリングの都合です。念のため、誤解の無いようにお伝えしておきます)
今回は、予想以上に皆様からの御反響を頂き、大変驚いております。
これからも、咲夜修行中!は続いていきますので、どうかおつきあい頂けますと幸いです。





