プロローグ「幸せな夢《カコ》は未だ遠く、手は届かず」
私の一番古い記憶は、父の運転する車に乗っていた記憶だ。
確かあの時は、母に『もう少し女の子らしい話し方をしなさい』と怒られて、後部座席でひとり拗ねていたはずだ。
助手席に座った母が、父と話す声を聞きながら、車の窓ガラスに行儀悪くもたれかかり、窓の外に生い茂る木々が、緑色の帯となって流れ消えるのをじっと眺めていた。
とても静かで、暖かな家族との記憶。
――しかし、いつもその記憶はすぐに思い出したくないものへと移り変わる。
それは、割れたペンダントを握りしめて横たわる、血まみれの母に泣きすがっている痛み……
――恐怖の記憶だ。
赤く、赫く、轟々と五月蠅く喚く炎に焼かれ、ギリギリと歯車が締め上がるような痛みを感じる世界の中で。
――私はただ、泣くことしか出来なかった……
――交通事故。
そう、後になって祖母から聞いた。
本家近くの山中を走行中、落石に遭ったらしい。
「――咲ちゃん、これから一緒に住もか? ……ちゃんと、ちゃんと……全部、ばあちゃんが、面倒見たるさけな……」
祖母は、私の顔に残ってしまった大きな火傷跡を、悲しそうに撫でながらそう言ってくれた。
――そんな祖母の姿を見て。
事故で涙をすべて流しきってしまったように、ただ呆然とするだけだった私は。
ようやく涙を流し、おばあちゃんの手を取ったのだった。
――そして、今。
私はまた泣きながら、血塗れの人を抱きしめている。
「――先輩ッ! 先輩ッ! 目を開けてくださいよッ! ――穂積先輩ッ!」
――高校一年、春。
夜桜舞い散る丘の上、私は――