そのクリスマス、奇跡の日につき
クリスマスに思いついたネタです。作中の季節に対するツッコミは無しでお願いします。
ダンジョンのプライベートエリアのテーブルの上に、豪華な料理が並んだ。
「そういえば、今夜はクリスマスだな」
俺は欠伸をしながらそんなことを言う。
「そうだね、クリスマスだね♪」
まっさきに反応したのは、やはりというかミミコだった。
こういうイベントが大好きだからな、ミミコは。つい昨日も混沌の町でクリスマスライブをやってきたばかりだ。ミミコがサンタの衣装を着て歌って踊り、幕の裏ではシエルたちスタッフが魔法で雪を降らせていた。ライブは大盛り上がりだった。
「ムラサメはクリスマスの思い出とかはないのか?」
「東国ではくりすますなるものはありませんでしたので――この時期は年明け前ということで皆、掃除をしたり買い物をしたりと大忙しだったのは覚えています」
「あぁ、年末だもんな……アドミラは?」
「ん? あたしかい? あたしは別に普通だったよ。みんなでテーブルを囲んでターキーを食べたりしていたんだけど、なぁ、タード。あれ、放っておいていいのかい?」
アドミラは部屋の隅でぶるぶる震えるシエルを見て尋ねた。
シエルはどこから持ち出したのか、毛布を頭から被って震えている。
「おおい、シエル。何、馬鹿なことしてるんだ? せっかくのクリスマスなんだ、お前にもターキーの軟骨の部分くらいは食わせてやるからこっちにこいよ」
「……来る、奴が来る」
心ここにあらずといった感じで、シエルがぶつぶつと意味不明なことを言う。
「よし、シエルは無視してターキーを食べよう」
普通の感性の持ち主ならば、本来はシエルを心配するなり、奴とはいったい何者なんだと聞いたりするだろうが、そんなことすれば面倒事に巻き込まれるのはわかりきっている。
なので俺は無視することにした。
俺の性格を理解しているみんなも、シエルのことを無視して食事の準備を進める。
「アドミラ、シャンパンは冷やしてきたんだよな?」
「あぁ、氷室でキンキンに冷えてるよ」
「よし、俺によこせ」
アドミラからシャンパンを奪うように受け取ると、触手を伸ばして引っ張った。
その時だ、コルクが勢いよく飛び、壁に跳ね返ってシエルの頭にぶつかった。
「キタァァァっ! 奴が、奴がキタァァァァっ!」
「うるせぇっ!」
俺はテーブルの上に置いてあったおしぼりを思いっきりシエルの口の中に突っ込んだ。
目を白黒させて沈黙した。
※※※
「で、奴って一体なんなんだ?」
目を覚ましたシエルに、俺は結局質問することにした。
「えっと、その前に、タード。私の分の料理は?」
「ほら、クリスマス記念に柊木の実を用意したぞ?」
俺はカゴ一杯に入った柊木の実をシエルに見せた。
クリスマスツリーに飾ってあった実だ。
ちなみに、料理は全部食べてしまった。シエルの分など当然残っていない。
「うっ、それ苦いのよね。でも貰うわ」
彼女はそう言うと、まるでピーナッツを食べるかのように柊木の実を食べはじめた。ちなみに、柊木の実はシエルの言うようにとても苦く、野生の魔物ですらよほど食べ物に困らないと食べないんだと言う。
にもかかわらず、シエルは本当に柊木の実を全部完食して、水をコップ一杯飲んだ。
「で、奴ってのは一体なんなんだ?」
「サタンよっ!」
「サタンっ!? あの悪魔、サタンかっ!?」
悪魔サタンというのは、悪魔の中でも最高位と言われる大悪魔じゃないか。
……ん?
「シエル、その話を誰から聞いた?」
「お母さんよ。サタンはクリスマスイブに返り血で染まった赤い服を着て現れては、悪い子の命を奪っていくから、子供はいい子だとアピールするために、早く寝ないといけないの。ミミコも昨日、サタンの恰好してたでしょ?」
ミミコが昨日着ていたのは、サンタの恰好だ。
「一部の大人はサタンの恰好をして笑顔で子供たちに注意するの。子供はお母さんに高い物を望んではいけない。それは悪いことだって。だから、私は友達が食べていたチョコレート菓子が欲しかったんだけど、我慢して、その日は草を食べて、手作りの魔除けの札を貼って寝てたわ」
「お前、それ騙されてるぞ」
「……え?」
「サタンじゃなくて、サンタだ。サンタはいい子にしている子供にプレゼントを渡す聖人だ」
きっと、シエルの家は貧乏で、クリスマスプレゼントを買うお金もなかったので母親は仕方なくそういう嘘をついたのだろう。
もっとも、そんなウソを今まで信じていたシエルはバカすぎると思うが。
「タード、騙されないわよっ! そうやってタードは私を人身御供にしようとしてるんでしょ。だって、この中でまっさきにサタンに襲われるのはタードだもん」
誰が悪い子だ!
「シエルちゃん、タードちゃんの言っていることは本当だよ☆ 来るのはサタンじゃなくて、サンタだよ。プレゼント貰うの♪」
「え? 本当にサタンじゃなくてサンタなの?」
俺の言葉は信じないくせに、ミミコの言葉なら信じるのかよ、まぁいいけど。
「ていうか、リッシュやシルエッタに聞かなかったのか?」
「ううん、何も。そういえば、必死に笑いをこらえていたような――まさか、私ふたりにも騙されていたのっ!? そうか、ふたりともプレゼントを独り占めしようと私に嘘をついたのね、道理で私にケーキを食べさせようとしていたわけだわっ! お金も払っていないのに食べ物を分けて貰うなんて悪いことしたらサタンに襲われると思って、一口も食べなかったけど」
こいつ、不憫なクリスマスを過ごしてたんだな。
「そうと決まったら、今年はサンタさんからクリスマスプレゼントをもらいましょっ! ねぇ、ミミコ、どうやったらプレゼントがもらえるの?」
「えっとね、靴下を枕元につるしておいたら、サンタさんがその中にプレゼントを入れてくれるの♪」
「靴下かぁ、私、今はいてる靴下しかないのよね。これでいいかしら?」
とシエルは親指の部分を繕っている靴下を脱いで言った。
「うん、大丈夫だよ。早く寝ないとサンタさん、プレゼント届けてくれないから寝よっ!」
「あ、待ってミミコっ! サンタさんでも侵入者だから、プライベートエリアに入って来られたらダンジョンが消滅するわ。今日はアドミラの屋敷の方で寝ましょっ!」
シエルはそう言って転移扉を開いた。
「タードはどうする?」
「俺はこっちで寝るよ」
「そうね、タードは悪い子だからサンタさんからプレゼント貰えないわね。アドミラたちはどうする?」
「あたしも料理の跡片付けをしますのでこっちに残るよ」
「私は今日はボス部屋の当番ですので」
「そう、頑張ってねっ! 二人の分は私が代わりにプレゼントをもらっておいてあげるからっ!」
シエルはそう言って、笑顔で転移扉の中に入っていった。
そして――
「どうするんだい、タード。クリスマスのサンタからのプレゼント、用意してないんだろ? ミミコはもちろん、シエルの奴、完全にサンタを信じてたぜ?」
アドミラが尋ねた。
「ん? ミミコの分は用意したぞ。あいつはライブで頑張ったからクレヨンセットだ。こっちに届いてたって明日教えてやるよ」
ミミコにはプレゼントがあって、自分にはプレゼントがないシエル、どう反応するか、明日が楽しみだ。
俺はそう言ってほくそ笑んだ。
※※※
翌朝。
「タードっ!」
大きな声をあげてシエルが部屋にやってきた。
ミミコも一緒にやってきたが、少し不満そうだ。
「どうした、プレゼント貰えなかったのか? 残念だな」
「そんなわけないでしょっ! もらえたわよ、何故か私の分だけだけど」
シエルはそう言って俺に見せたのは、チョコレート菓子だった。
「――そうか。実はミミコへのプレゼントはダンジョンの入り口に置いてあってな、どうも間違えたらしい」
と俺はクレヨンセットをミミコに渡すと、ミミコはパッと笑顔になり、天井を見上げて言った。
「やった、ありがと、サンタさん♪ わーい、クレヨンセットだっ!」
包装紙を破って中身を確認して笑っていた。
微笑ましい光景だが、俺はそれどころではない。
シエルにプレゼント?
まさか、本当に?
いったい誰が――シエルが自分で買うわけがない。そもそもシエルにはチョコレート菓子を買うようなお金がない。
だとすると、本当に!?
「起動」
俺はスクリーンを出して、昨日の侵入者一覧を出す。
すると、夜中に妙な記録が残っていた。侵入者としてのポイントはとても低く、警報が鳴るようなつわものではないが、谷のある方向から村へと侵入している。それこそ、空を飛んでいないと入って来れないような行動だ。
そして、その侵入者はシエルのいた場所に止まると、今度は別の方向へと飛んでいった。
サンタ、本当にいたのか。
「タード、チョコレート菓子、少しわけてあげようか?」
「いいや、それはお前へのプレゼントだ。お前が食べろ」
俺はそう言ってシエルに優しく言った。
クリスマスにはサンタがいい子にしている子供にプレゼントを贈る。
きっと、サンタはいい子にしていたシエルにもチョコレート菓子を渡そうとしたのだろう。しかし、魔除けの札のせいで家に入ることができなかった。それから何年経ったのかはわからないが、サンタの正体を知り、魔除けの札を貼らなくなったおかげでようやくサンタはシエルにチョコレート菓子を渡すことができた。
「にしても、流石はサンタのチョコだな。まさか、お前がお腹を壊すなんて」
「うぅ……まさか賞味期限が十年も過ぎてるなんて」
サンタが十年以上前に用意したチョコレート菓子は、こうして無事、シエルに不幸をもたらしたのだった。
メリークリスマス、聖なる夜の奇跡があなたにも起こりますように。
サタンとサンタはお約束ということで。
そのスライム、ボスモンスターにつき注意、発売まで残り3日となりました。
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