その理想、現実の方が大事につき
「タードって、人間に戻りたいとかそういうこと思ったことないの?」
スライムである自分の体について伸縮性や弾力性などの研究をし、それをどうやってセクハラに活かそうかと考えているとき、シエルはそんな質問を俺にしてきた。
「戻るも何も、人としての記憶はないからな。俺にとっては生まれた時からこの姿だし」
「あぁ、うん。まぁタードが人でなしなのはわかってるけど」
「意味が違うぞコラ」
「まぁ、それはいいとして。じゃあ人間になりたいって思わないの?」
「そりゃ、たまにならいいけど、選ぶとなったら今の体の方がいいな。もう馴染んでるし、触手プレイができなくなる」
と俺が二本の触手を伸ばすと、シエルは身をよじって警戒した。
「冗談だ。触手プレイをするにはもう少し触手が伸びたほうがいいよな。できれば十本くらい触手を生やしたい」
「そこまで来たらもう別の生き物になるわね」
「まぁ、真剣に答えたら、村の経営とかを考えると、人間の姿のほうがやりやすいと思うぞ? それにロリサメのカタナを使ってやるにしても今の体だとどうも扱い辛い」
「あぁ……確かにバランス的にムラサメの本体はタードには大きいわよね。ムラサメが言っていたけど、タードにはコダチってカタナのほうがいいみたい」
「コダチ? あぁ、東国のショートソードのことだな。でも俺は鞘を差すベルトもないからな」
「本当よね。タードがベルトをしたらそれってもう腹巻きよ」
「否定はしないよ。さっきの質問だが、逆にお前はスライムとか他の魔物になりたいって思わないか?」
「そうね。サキュバスとして生まれたかったかしら」
「サキュバス? へぇ、意外だな」
生真面目なこいつのことだ。サキュバスは嫌悪の対象かと思っていたが、そんな願望があったのか。
でも、ある意味納得だ。
「シエル、ちなみに学校では習わないかもしれないが、サキュバスに貧乳は生まれないっていうのは都市伝説だぞ? 貧乳のサキュバスもいる。ただ、サキュバスって胸の大きさに対する偏見が人間の比じゃないくらい強いらしくて表に出てこない、中には自殺するサキュバスもいるそうだ。それでもお前はサキュバスに生まれたかったのか?」
「……やっぱり牛に生まれたかったわ」
とシエルは地面に「の」の字を書くように座り込む。
でも、別の魔物に生まれ変わる……か。
「俺なら何に生まれ変わったらいいかな」
「タードならインキュバスとか?」
とあっという間に復活したシエルが俺に提案をしてきた。打たれ弱いが、立ち直りも早いな。
インキュバスはサキュバスの男版。サキュバス同様異性の夢に入るか、時には直接その精を吸う魔物だ。ちなみにサキュバスに美人が多いのと同様、インキュバスにはイケメンが多く、混沌の町にはインキュバスのホストクラブまであるそうだ。
「インキュバスに生まれ変わるのも悪くないが、俺はこのままでいいよ」
「え? どうして?」
「大切なのは、どういう種族に生まれるかってことじゃなくて、どういう生き方をするかってことだろ? そして、今決める自分の生き方は、きっと今の自分にしかできないことだからな。お前がこの迷宮を大きくしたいって気持ちは、ダンジョンフェアリーであるシエルにしかできないことだろ?」
「……そう言われたらそうよね。うん、タードにしてはいいこと言うじゃない」
「当然だ。俺も触手を使った最強のセクハラを目指すにはスライムの体が必要だからな」
「ちょっと感動したのに、タードのバカスライムっ!」
タードの人化アンケート終了記念の短編に人知れず書いていました。