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他人との境界線 3


 轟音とともにカーブを曲がる。

 Gが僕の体を傾けた。

 倒れ伏せる男をそのままに、僕らは隣同士の席につく。

 数センチ先に女の子の肩があるかと思うと、年甲斐もなく緊張した。

「あのまま膠着状態が続いていれば、折れていたのはソイツのほうだった」

 少女はシャーペンを僕に返しながら呟いた。白い手のひらの上の青いシャーペンを受け取り鞄に戻す。

「あなたは私を助けるために余計なことをしてしまったの」

 最後の方は掠れてよく聞こえなかった。

「助けたわけじゃない」

「分かるのよ」

 ため息をつく。

「これで巻き込まれてしまった」

 電車の速度が段々と緩やかになる。

「関係ないよ。僕は自分の命を守るためにやっただけだ」

「違うわ。あなたは冷たい人じゃなかった、ただそれだけのこと」

 実際のところ、よくわからないけど、僕の体は考えるより先に動いていた。

 ただそれだけのこと。

「結果的にそうなっただけかもしれないけど、君がこれ以上の干渉を望まないのなら、ここできっかり別れればいいだろ? 僕は二つ先の駅で降りる、君はずっと乗ってればいい。それで終わりだ」

「それは無理ね」

「無理?」

「あなたに私を見捨てることはできない。誤解しないで、自意識過剰というわじゃないわ」

「なにを言ってるのか理解できないんだけど」

「私には未来が視えるのよ」

 宣言は確かな響きを持ち、切り取るように響いた遮断機の音が、一瞬だけ近くなって遠くなった。


 次の駅に到着した。

 発着音が流れている。誰も乗ってこない。 生暖かな夏の風が一瞬だけ車内に流れ込む。

「未来が視える?」

 吸い込まれそうなほど深い瞳だった。

「……」

 スーツの男の仲間とかはいっさい現れず、ドアがまた閉まった。

「……まだ辛うじて、あなたの正体は知られていない。逃げるべきだわ」

 僕の質問は連結機の軋む音にかき消されたみたいだ。

「正体って……なにを言ってるのさ。僕は実は合気道の達人だったんだよ」

 手から出たのは静電気の強化版みたいなもので、端からみれば、手刀に見えたはずだ。

「ライトノベル風に言えば、超能力者よ」

「……別に普通だよ。生まれつき帯電体質なんだ」

「下手なごまかしはいらないわ」

「誤魔化しじゃなくて……」

「先祖返りね」

 無機質な言葉のナイフ。

 先祖返り。

 幾度となく聞かされた言葉だ。

 ああ、なんとなく察しはついていた。

 この女はトラブルの権化だ。

「……」

「あなたの祖先はなにと交わったの?」

「黙れよ」

 四年ほど前から、世界中に異常能力を持つものが現れ始めた。

 あるものは魚のように泳ぎ、あるものは空を飛んだ。

 政府はそれを、天から与えられた贈り物、ギフテッドと呼び、超能力者たちを持て囃した。

「なにも知らないくせに知識だけで話しかけるな」

 類い稀なる帯電体質の僕もそれに含まれる。能力が発現したとき、僕は一躍有名人になることを夢見た。日本での超能力者は稀だったからだ。

 だが、親はそれに反対した。

 自己顕示欲だけが高ぶっていた当時の僕には不満だったが、なんだかんだで今では感謝している。

 研究が進んでいく内にそれほど素晴らしい力でないことが判ってきたのだ。

「あなたの気持ちはよくわかる。私も同じだもの」

「……」

 感づいてはいた。

 奇矯な振る舞いに神秘的な容姿、……十中八九、彼女も……、

「私の祖先はくだんを血に取り入れた」

「くだん……」

「西日本に伝わる人面半獣の妖怪よ。的中率百パーセントの予言をして、すぐに死ぬ」

 クダンのことは知っていた。沈んでいた記憶が水面に投げ込んだ石のように波紋をおこす。

 牛などの家畜が人面の子供を産み、その子供は干ばつや火事などの予言をして、すぐに死んでしまう。

 最近では日本は戦争に負けると予言をしたクダンがいたとか。

「なんで、そんなことを僕に言うんだ?」

「さぁ。巻き込んでしまった懺悔というか。後悔してほしくないの」

「それなら僕も君に忠告をしておくけど、あんまり自分の血筋をばらさないほうがいいよ」

 超能力者なんて素敵なものじゃない。

 新人類だなんて持て囃していた世間は能力の出所が怪異と知った瞬間、汚れた血、と手のひら返しをした。

 まあ、ごもっともだ。

 だって、人のカタチをした化け物だもの。

「遅いわよ。もう知られてしまったもの」

 少女の青い瞳が悲しみに沈んだ。まぶたを閉じて彼女はなにも言わずに下唇を噛んでいる。

「御愁傷様。別の土地に引っ越すことをおすすめするよ」

「なにもしても手遅れなのよ」

「そう悲観するなよ。闇に隠れて生きるのもそう悪いもんじゃないさ」

「ムダ」

 目が合う。

 先程までの弱々しさなんて微塵もない、力強い瞳だった。

「私はもうすぐ死ぬわ」

 平然と彼女は言うので、僕の方が面食らってしまった。

「死……?」

 死ぬ?

 去年の暮れの叔母の葬式を思い出す。

 焼香のクラクラする臭いが鼻腔に錯覚として甦る。

 死。

 たしかにあの時、僕は喪失感を味わった。僕の頭を撫でてくれたシワクチャな手はもうないのかと。

 だけど、四十九日過ぎれば、過去の記憶に変わってしまった。

 実感は沸かない。

「なにを、ばかな」

 辛うじて口をついた言葉は酷く滑稽だった。

「覚醒したら、最期まで走るだけ」

「予言をした後、すぐに、死ぬ……ってのか? そこまで血を再現しなくても……」

「違うのは猶予があるということだけ。一ヶ月間……あと一週間しかないけど」

「どうにかできないのか?」

「確定項は揺らがない。代償よ。それが未来だから」

「そんなこと、そんなこと僕に言われても困る……病院、いや、研究所へ……」

「そうね。だからここからはお願い」

 青い瞳が電車の光を反射して綺麗だった。

「私を助けて」


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