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他人との境界線 2

 僕がぼんやりと自身の記憶に埋没している間、少女は背中を見せて、隣の車両に移るため歩き続けた。

 白い髪が一歩を踏み出す度にフワフワと波立つ。車内は不思議な時間感覚に包まれた。

 くだん

「……」

 いや、やめておこう。

 声をかけようとして思いとどまる。

 無視してと言われたのだから、従う方が得策だ。

 なにを考えているのかわからないけど、僕はただ平穏無事に暮らしたいだけだもの。

「そこで止まれ、溝呂木みそろぎ鈴音りんね

 第三者の低く歪んだ声。

 濃紺のダークスーツを着た男が車両と車両を繋ぐ連結部のドアを開けながら叫んだ。

 誰だ、一体何なんだ。

 混乱する僕を落ち着かせるような緩慢な動きで、リンネと呼ばれた、真っ白な少女は足を止め振り向いた。

「思ったより、早かったのね」

「動くな」

「電車を動かして。私はただ帰りたいだけよ」

「素直に言うことを聞けば電車は動くさ」

 どういうことだ。

 今の話から推測するに電車を止めているのはこいつらということか?

 電車を一本停めるといくらかかかるか知らないのだろうか。賠償請求について調べてみるべきだ。

 場面展開についていけない僕は二人の間の空気を壊さないよう自分が座っていた場所に戻った。

「わかったわ。抵抗はしない。あなたたちには逆らわない。だから早く電車を動かして。……一般客も乗ってるのよ」

「両手でつり革を掴め」

 命令され、静静と少女は万歳するようにつり革を掴んだ。僕が陣取る端っこより、二つぶん先だ。

 一体どういう連中なのだろう、とゲスな好奇心が沸き起こる。

 スーツの男は内ポケットから二つ折りの携帯を取りだし、命令口調で通話しはじめた。

 優先席の近くだ。

 いや、そうじゃなくても車内での通話はやめようよ。

「次の駅で降りるぞ」

 携帯をパチンと畳み、鋭い目付きで少女を睨み付ける。

 青い瞳が悲しそうに細くなる。

『安全確認が取れましたので発車いたします。手すりやつり革にお掴まりください』

 ほどなくして電車が動き出す。

 ガタン。ゴトン。とまるで足を引きずるようにゆっくりと前へ進んでいく。

「こっちにこい」

「……」

 恋人同士にしては随分と歳が離れているな、とぼんやり考えている僕の視線の先で、少女はピアニストのファーストタッチのような丁寧な動作で手を下ろした。

「早くしろ」

「今行くわ。いちいち命令しないで」

 一歩二歩と歩みを進ませる。

 電車のスピードがぐんぐん上がる。

 丁度僕の前に来たとき、彼女はピタリと足を止めた。時間も止まったみたいだった。

「……? なにをしている。立ち止まるな。早く来い」

「……」

「埒があかんな」

 男が痺れを切らして踏み出した時だった。

 少女は懐から一瞬でペンを取りだすと、アピールするように自分の喉元に突きつけた。

 それは確かに僕の青色のシャープペンシルだった。

 転んだときに盗られたらしい。高校のときから使っている思い出の品物だった。

「近づけば、私は死ぬ」

「ふざけてるんじゃない。バカな真似はよせ」

 辺りを見渡す。カメラは無さそうだ。どっきりじゃないなら、劇団員の人たちだろうか。

「どうせ死ぬなら死に場所くらい選ばせて」

「どうやらまだ理解できてないようだな」

 底から発せられた低い声に、少女はピクリと肩を震わせた、その一瞬で、

「怒らせるな」

 男の手が燃えていた。

 比喩でも例えでもない。

 現実に男の突きだした右手は炎に包まれているのだ。

 熱くないのだろうか。

「死ぬのは役に立ってからにしろ」

 なんで自殺志願者を殺そうとしてるんだろう、この人。バカなのかな。

「無傷で連れてこいと言われている」

「……」

 あれ?

 男の燃え盛る右手は僕に向けられていた。

「ちょ、ちょっとどういうことだよ」

 冷や汗が吹き出る。唇が渇く。胸の下あたりにモヤモヤが詰まる。理解しがたい事が起こりはじめている。

「その女は命を慈しむ。他者の死は自身が死ぬこと以上に苦痛だ。そうだろ?」

 電車は走り続ける。トンネルを抜け、太陽の光が車内を走り抜けた。

 車輪の音ともに空気が炎に焼かれる音が響く。

「その人は関係ないじゃない!」

「この車両にいた時点で無関係ではない。さぁ、ペンを降ろせ。血を見たくないのならな」

 なんなんだ、こいつ。


 昔から僕は無鉄砲だと親にしかられた。


 もう少し将来を見据えろと頭を叩かれた。

 向こう見ずで考えなし。

 だけど、他人の忠告なんて、本当にやりたいことの前では無意味だ。

 男の指先が動くよりも早く、手に持った鞄を強面にぶつけ、一気に駆け出した。

 快調だ。僅か一歩の助走でゼロ距離に近づく。

「なっ!?」

 突然のことに目を見開いて驚く男。

 そりゃ、観客が舞台に飛び出たら、演者はパニックだろう。

 だけと道化の僕にも、今の状況で悪人ははっきり分かる。

 前屈みになった僕の頭頂部に熱を盛った右手が掠めたが、顔をそらしてそれをかわす。

「なんだっ、おまえっは!?」

「赤の他人だ」

 頭の中のスイッチを入れ換える。重心のズレた男の背中に右手をドンとつけ、最大の電撃を浴びせる。

「ぐこごごごごごごご!??」

 当たり前だけど、何が起こった理解できていないらしい。

 死なない程度の攻撃を食らい、男は口から泡を吹いて、床に崩れ落ちた。

「ああ……」

 リンネと呼ばれていた少女が嘆息するように呟いた。

「バカな人……」

 僕とスーツの男、どっちを指しての発言だろうか。




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