他人との境界線 1
終わるまではやりたいですが、モチベーションを保てるか不安です。
途中で書けなくならないよう頑張ります。
リンネが生まれた1999年は、俗に言う世紀末で、本来であれば、七月に地球は滅亡しているはずだった。
それでも僕らは産まれ堕ち、今日までずっと生き長らえている。
21年後。
今年は日本でオリンピックが開かれる記念年だ。
もっとも、都心の熱気は地方都市には届かない。
連日連夜、金メダルだ銀メダルだ、と騒ぎ立てるニュースに冷ややかな視線を送りつつ、僕はといえば、大学三年生の夏休みをバイト先と自宅とを往復する味気ないにしていた。
八月十四日、金曜日。シフトに従い家を出る。家賃七万は奨学金だけで賄えるものではない。
改札を抜け、エスカレーターでホーム階まで上がると、ちょうど電車到着を知らせるチャイムが響き渡った。
太陽がアスファルトをじりじりと焼いている。黄色の線よりだいぶ後ろに下がって、暑さをごまかすように、日陰を全身に享受した。
立ち込める熱気を切り裂き、轟音とともに電車が滑り込んでくる。突風にシャツが横になびいた。
ドアがスライドして開く。冷気が熱気を打ち負かす。
冷房がきいた車内は涼しかった。
昼過ぎの時間帯は空いていて、座席も選びたい放題だ。というか僕の選んだ車両は誰もいなかった。
当然、端っこの手すり側に陣を取る。ここじゃないと落ち着かないのだ。こう、脇がスカスカな感じがして。
短いベルが鳴り、ドアが閉まった。
外界の音が遮断され、すぐに世界が揺れ始める。
「ん?」
視線を感じた。
顔をあげるとはす向かいの座席に若い女が座っていた。さっきまで誰もいなかったはずなのに、僕と一緒に乗車したのだろうか。
肌も白いが、髪の毛も雪のようにまっ白だ。
およそ日本人には見えない。
地毛なのだろう。睫毛の先までまっ白で、染めているわけでは無さそうだ。
長い髪を垂らし、青い瞳をしていた。
「一つ、忠告をしておくわ」
作り物のような無表情で彼女は唇を開いた。
辺りを見渡してみる。僕しかいなかった。
「これから何があろうと騒ぎ立ててはいけない」
「僕に話しかけてるのか?」
高校生くらいだろうか。
女の子は僕の質問を無視して伏し目がちに続けた。
「あなたの選択は大間違い。触らぬ神に祟りなしというでしょ?」
揺れる車内に澄んだ声が響く。
「理解したなら放っておいて」
なんなんだ、こいつ。
日本人離れした異様な容姿。夏なのに長袖のスウェットを着ている。
色々と台無しすぎる服装のセンスだ。
「日本語お上手ですね」
「私は生粋の日本人よ」
どうやら会話する意思はあるらしい。
「……あんた誰だよ」
「赤の他人」
トンネルに入り、空気の壁がドンと音をたてた。
光が線になって、窓に写った僕の頭部を撃ち抜いていく。
理解できなかった。
意味がわからなかった。
なにがしたいのか、意味不明だ。
自分から話しかけといてなんでそんなに素っ気ないんだ?
「ひょっとして逆ナンってやつ?」
「ふう…… 」
呆れたように息をつかれた。
「いい? 私は忠告をしているの。関わらないで、近づかないで、無視をしてってね。それがお互いのためでもあるの」
「絡んできてるのはそっちだろ」
思春期のフラストレーションの相手に疲れて、車両を移るために立ち上がった。
人形のような整った顔立ちをしているだけに、不気味としか形容しようがない。
「立たないほうがいいよ」
地面が揺れた。
「は?」
脳内の警鐘と切り裂くような金属音がリンクする。乾いたブレーキ音が激しく車内に響いた。
電車が急停車する。同時に大きく傾く身体。
無様にもよろけて膝をつく。手持ち鞄を落としてしまった。
「くっ」
突然のことで頭が一瞬真っ白になる。
傾いていた床がガタンという音とともに水平になった。
トンネルの真ん中で電車は停止したらしい。
ぶしゅう、と空気の抜ける音がした
「はい」
少女は僕に鞄を差し出すと耳元で囁いた。
「あなたが道踏み外さないことを祈っておくわ」
つり革も振り子のように左右に揺れている、のにも関わらす、彼女は焦ることなく、僕と逆方向に歩き始める。
「なんなんだ、あんたは」
「死に損ないの件よ」
電車は完全に静止している。
『た、ただいま前の駅より緊急信号が発砲されましたので、あ、安全確認を行っております』
電車のアナウンスだけが、空虚に響いている。
くだん。
くだん?
くだん……聞いたことがある。