声
――物心ついた時から、水精や人間に囲まれていた。両親のことは分からない。捨てられたのかすら分からないでいた。歌癒屋で育てられた僕は、歌を歌うみんなの姿が、とても眩しく見えた。
「僕も歌いたい……」
――そう思っても、声は出ないでいた。
水精の成長は、人間と同じ。しかし、昔はある一定の年を迎えると、成長が止まるとも言われていた。人間の血が混ざっていないものは、ゆっくり成長するものもいた。
六歳になる蒼は、いまだに声が出せないでいた。しかし、それは水精にとっては珍しいことではなかった。
「創くんはいつから声、出せた?」
店の庭で、蒼と創が座り込んで池の中を覗き込んでいる。
「私は、八歳の時だった」
「そうなんだ……」
「だから、焦ることない」
「ん~でも~」
まだ、声の出ない蒼は口をパクパクさせながら、創の心に話しかける。創は口を開けずに話し続ける。
優雅に泳いでいる鯉のことを、静かに見ている。しかし静かに見ていると言っても、はた目から見ればの話である。
「そうだ、創くんって今、何歳?」
「十九だ」
「大人だ~、でもなんかまだ小さいよね~」
「お前と違って、成長はゆっくりだからな」
「???」
「分からなくていい」
首を傾げている蒼に、頭を撫でてやる。蒼はうれしいそうに、撫でられる。
「蒼~、創くん。なにしてるの?」
洗濯前の衣類を持った、結が縁側に出てきた。
「鯉、見てる!」
「鯉、見てる」
蒼の言ったことを、創が声に出して伝えてあげる。その姿を見て、ふくれっ面になる蒼。
「ん?」
「いいな~」
「焦るな。声が出たら嫌でも出すことになる」
創は、立ち上がり結に近づく。
「お前と話したいそうだ」
「そっか」
「手伝うか?」
「ううん、大丈夫だよ。ありがとう」
「そうか、こけるなよ」
「うん! あとでちゃんと手を洗いなよ、蒼」
鯉を触ろうとしたのか、池の中に手を入れている蒼。それを見て、結が声を掛ける。蒼は、元気よく頷く。結は山盛りになっている洗濯物を、落とさないように歩み始めた。
「僕もおしゃべりしたいな~」
「焦るな」
「は~い」
納得していないような返事をする。創は笑みを浮べながら、蒼の横に再び座り頭を撫でてやる。
十歳になる年、結が裏方として働きだした。
結は、客に出すお茶や菓子、ご飯を出す仕事をしていた。若い者が接客する方がいいと、言うことで人の若い者はこういう仕事をしている。
結は両親とともに働いているが、両親の方は料理番をしていた。
そして十一歳の秋。
未だに声が出ないでいた蒼。
「暇だな……」
結がいない間、蒼は一階の部屋で一人で歌癒屋の営業が終わるまで、暇をしていた。
「歌えれば、一人でいなくて済むのに……」
寂しがり屋で一人は嫌いな蒼だが、部屋でゴロゴロしているしかなかった。口をパクパクとしながら話す練習をしている。
「創くんは、八歳で声が出たって言ってたのに……僕は全然だよ~」
足をバタつかせる。しかし、そんなことをしても声は出ないことは分かっている。
「歌いたい、な……」
部屋に月明かりが、入り込んできた。庭に出て、空を見上げる。夜の空には、月が浮かんでいる。
「蒼」
「結」
結が蒼の横に腰を下ろし、池を覗く。
「お仕事、ちょっと休憩」
結が笑うのを見て、蒼も一緒に笑う。
――澄み渡る色は、いつまでも褪せることのなく、続いていく――
物心ついた時から、知っている歌がある。
とても暖かい女の人の声……。耳に残っているこの歌と声に懐かしく感じていた。
「澄み渡る色は……いつまでも褪せることなく、続いていく……」
小さく呟くように蒼の口から声が出た。
「蒼……」
「結。い、ま……」
掠れながらだが、蒼は声を出せている。
「澄み渡る色は、いつまでも……声が出た」
「やったー!!」
目を輝かせながら、二人は飛び跳ね走り回る。
そこに休憩をしに来た創が、部屋の前を歩いてきた。庭ではしゃいでいる蒼の姿を見つけ、部屋を通り抜け、縁側に出る。
「蒼」
「そ、う、くん」
「創くん、蒼の声が!」
「……声が出たのか、よかったな」
「うん」
創に近寄ってきた蒼はとても嬉しそうに笑っている。蒼のそんな笑顔を見て、創も嬉しそうに頭を撫でてやる。
「声の出始めは、大声出すなよ」
「???」
首を傾げる蒼。
「声が枯れて、また声出せなくなるかもしれないからだ」
「へぇ~」
「無理して、声出すな。あと、庭で遊んでるな」
蒼の頭を軽く叩くと、創は別の部屋へと消えていく。その後も蒼と結は嬉しくて庭を跳ね回っていた。
続く
第七話
声が出ないことは、とても歯がゆいこと。