水喰
「騒がしい」
「そうか?」
シキと寿が対面に座り話している。
酒を口に含みながら、外へと目だけを向ける。
「あぁ」
「お前は半分、鬼だったな」
「おう。少し嫌な感じがするな」
立ち上がり、庭の方の障子を開ける。目をつむり、音に集中する。
遠くの方で、羅刹である鬼たちは複数の水喰と交戦をしていた。
「くそ、一匹逃した!」
「どっち行った!?」
「西の方だ!!」
「シキ様!!」
シキは、外での会話を聞き取る。羅刹の一人がシキの名を叫ぶ。
「寿、一階にいる水精を1部屋に集めろ」
「分かった。二階は?」
「そのままで良い。どうせ、聞こえないから」
「分かった」
障子を閉めようとした瞬間、「助けて!!」と心の中に叫び声が響いた。
「蒼の部屋は?」
「3つ隣だ」
「俺がいいって言うまで、部屋から出るなよ」
「分かった」
シキが部屋から飛び出る。
二階の部屋では、客を取ったムラサキが、外の方をじっと見つめている。
「どうしたの、ムラサキちゃん」
「ん? なんでもないよ」
「そう?」
「うん」
噂を聞きつけた客たちが、いつの間にかムラサキのいる部屋に集まりだしていた。他の水精もムラサキの部屋に来ており、共に音を奏でていた。
「ちょっと、出るわ」
「待って」
「え?」
「今はダメ」
外へ出ようとした水精、八重のことを止める。三味線の弦の調子が悪いというのは、先ほどから呟いていたのは知っているが、ムラサキは止める。
「なんで?」
「ダメなの」
そういうと、ムラサキは自分の横に座れと言わんばかりに、畳を小さく叩く。
溜息を吐きながら、ムラサキの横に座り三味線を見る。
「大丈夫。全部、シキがやってくれる」
ムラサキは小さく息を吸うと、歌を奏で始める。
寿はシキの後から出ると奥の部屋へ、シキは三つ隣の部屋に急ぐ。
部屋の障子を開けた瞬間、一匹の黒い犬のようなものが目に入った。庭側の障子が蹴破られており、部屋の中が荒れている。
蒼が床に這いつくばるように、倒れていた。
「シキさん!!」
動かない体をなんとか動かし、シキの足にしがみつく。
シキは、蒼の体を抱えると、自分の後ろに隠すように下ろす。
そして水喰のことを睨みつける。
「水喰風情が……消えろ」
右手で小太刀を抜き、水喰に向ける。
「グルゥゥゥ……」
水喰は足を一気に踏み出し、シキに噛みついてくる。
左腕に噛みつかれたシキだが、表情をピクリとも動かさない。腕を大きく振りかぶり、水喰を振り落す。そして小太刀を突き刺す。
「消えろ」
低くドスの利いた声で呟くと、水喰が小太刀に吸い込まれるように消えた。
畳に刺さった小太刀を抜くと、鞘に納める。
「蒼」
部屋の隅で怯えている蒼に、声を掛ける。
「もう大丈夫だ」
「……」
頭を抱え、うずくまる蒼の肩に手を掛ける。
「蒼、顔を上げろ」
「……」
ゆっくりと顔を上げると、青ざめている。そして倒れてしまった。
「あ……お、あお、蒼……」
「ん……」
蒼が目を覚ますと、目の前に涙を浮かべた結がいた。
「蒼! 良かった……大丈夫? 気分はどう?」
「……」
口パクで「大丈夫」と答える。それを読み取ると、結が笑顔になった。
「そう、お水飲む?」
コクリと頷くと、ゆっくりと体を起こす。水を一杯飲むと、辺りを見渡す。
「シキさんたち?」
コクリと頷く。
「もう帰ったよ。水喰もいない……羅刹の人たちが店の周りで見張ってくれてるの」
「……」
「無事でよかった……」
結が蒼のことを抱きしめる。蒼は結の肩に顔を埋める。
「怖かったよ……」
「もう大丈夫だよ」
「うん……」
小刻みに震えている蒼の体を優しく強く抱きしめる。
「もう大丈夫」
何度も何度も「大丈夫」と言い聞かせる結の言葉を聞いて、蒼の震えが止まる。
「結、温かい……」
蒼はゆっくりと目を閉じると、そのまま眠りについてしまった。
とても穏やかな表情のため、結も安心して蒼を布団に寝かせる。
「本当に無事でよかった」
結は着物の裾を握りしめ、涙を流し始める。しかし、涙を拭い1人で笑い始める。
掛け布団をしっかりと掛けてやると、そのまま蒼の顔を眺める。
すると部屋の障子が開いた。
「結」
「創くん、どうしたの? まだ寝てなかったの?」
「あぁ、結は寝ないのか?」
「もう少し、起きてる」
歌癒屋―福屋―の一番人気の水精。寝間着姿の創は、結の隣に座る。
「せめて着替えてきたらどうだ?」
「寝るときに着替えるよ」
「……最近、あんまり寝てないだろう。少しは自分のことも気にかけろ」
立ち上がると、創は結の頭をなで部屋を出ていく。
結は、蒼の寝顔を眺め微笑む。
――生まれた時から、福屋にいた。
両親も福屋に住み込みで働いていたので、私も住んでいた。年の違うものが何人もいたけれど、たった一人だけ同じ年の子がいた。
その子は水精で赤ん坊のころ、ここに預けられた。そして私と彼は、姉弟のように育てられてきた。――
「蒼! ちゃんと着物を着なさい!」
「着付け方、知らな~い」
「こら、逃げるな!」
十三歳になる年、蒼は客を取るようになった。
客を取ると言っても、歌癒屋では客に歌を聞かせ、心を癒してもらうだけの店である。
水精の歌には、人の心を癒す力があると言われているため、水精を集めた店が複数存在する。
「蒼、お客さんが待ってるよ」
「ん~……行かなきゃダメ?」
「ダメです」
普段では着ない派手な着物を着つけられた蒼は、一階の控えの部屋で暇を持て余していた。
「創くんと同じ部屋だから、早く行っておいで」
「創くんいるの!? 行ってくる!」
「はぁ……」
十三歳とはまだ子どもである。
やりたいこととやりたくないことを、はっきり言ってしまう蒼の性格上、どう気分を乗せるか結はなんとか頑張っていた。
結は同じ年だが、十歳になった時から裏方の仕事を始めたので、働くことの大切さは分かっているつもりだった。
続く
第五話。
水精を喰らう、水喰。妖怪的な存在。
見た目は、黒い大きな犬と思ってくれていいです。