『羅刹』と水精
夕暮れ時。
町の中心部に黒い着物を纏った者が集まってきていた。男女合わせて20人ほどの集団が形成されている。
黒い羽織には、白い刺繍が施されている。鬼のような家紋が小さく施されており、すべての者が刀を所持している。
集団の中心には、シキとムラサキがいた。
「よし、いつものように散れ。俺は歌癒屋の福にいる」
「御意」
シキの掛け声とともに、鬼たちは散らばる。
「いつ見ても、黒いね。羅刹のみんな」
「そうだな」
シキとムラサキは、町の西の方へ向かって歩いていく。
『羅刹』
人や水精に危害を加える妖を、退治する鬼たちのことをそう呼んでいた。
この水蓮の国での鬼の集団を羅刹と呼び、羅刹は水精を喰らう妖『水喰』を退治することが本職である。
国に雇われた羅刹たちは人ではない。生まれながらの鬼である。
水蓮の国から離れたところに鬼の国があった。
周りの国とは、交流をしていなかった鬼だったが、現在はさまざまな国に散り、妖を退治する仕事を生業にしている。
鬼である者たちは必ず、刀を所持している。刀には特殊な力が込められているのか、人や水精は斬れない。しかし水喰や他の妖のみを斬ることが出来る、そして刀に妖を吸収することが出来る。
シキもその羅刹の一人であり、羅刹たちのことを仕切っている。
しかし、シキは鬼だけの血ではないため、水精の心を聞くことが出来る。
「シキ、どうしたの?」
「え、あぁ……蒼のことが気になってな」
「蒼、歌いたいって言ってたね」
「聞こえてたか」
「うん」
「……どうにかしたいな」
「死ぬ前に……」という言葉は、出さずに飲み込んだ。
日も暮れると、夜から開ける店に光が灯りはじめている。水精たちが客を取る店、歌癒屋も日が暮れてから開かれる。
「こんばんは~創くんいますか?」
「こんばんは、今日もありがとうございます。創さんですね、お部屋にお連れします」
歌癒屋―福―の近くに着くと、結が店先に出て接客をしていた。福屋には続々と客が入っていく。他の店も客は入っていくが、福屋ほどではない。
「知、お客様をご案内して」
「は~い」
知と呼ばれた裏方の女の子は、新規の客を店の中へと案内していく。
「結」
「シキさん、ムラサキちゃん。こんばんは」
「あれから蒼はどうしてる?」
「部屋で寝てます」
「入っていいか?」
「ちょっと待ってください。寿さんに聞いてきますね」
店の奥に結が駆けていく。
ムラサキが、店の中を覗いている。
すると「あ、ムラサキちゃんじゃん!」と、店の前を歩いていた女性が叫んだ。
「え、本当!? ムラサキさん?」
隣で一緒に歩いていた男性も、福屋の方を見る。そして、二人は早歩きで店の方へ向かってくる。
「ムラサキちゃん!」
「ん? こんばんは」
女性と男性の客が、ムラサキのことを囲む。
「ねぇねぇ、ムラサキちゃん歌ってよ! ムラサキちゃんの歌聞きたい!」
「あ、俺も! ダメ?」
「ん~ムラサキは別にいいけど……」
ムラサキは笑ったまま、シキの方を見つめる。当のシキは苦笑いをしていた。
すると、店の奥から男が歩いてきた。
「うちの飯を食べながらでよろしければ、部屋の方を案内させます」
「本当ですか!? お願いします!」
「結、案内しろ」
「はい」
男の後ろを歩いてきた結が、ムラサキと客を二階へ案内していく。
この歌癒屋―福―の若旦那、寿。シキは寿とともに一階の奥に向かっていく。一階は主に水精たちの休憩室であり、自室である。そして二階が客間である。
寿とシキは、店を開けている時に寿が控えている部屋へと向かう。
「シキ」
「ん? なんだ?」
「昼間に、塀から忍び込んだって聞いたぞ」
「あぁ、裏口まで行くの面倒で」
「次やったら、ぶん殴る」
「お~、こわっ」
廊下を歩いていると、裏方の者とすれ違っていく。二人のことを見るたび、頭を下げていく。
シキは、小さく手を挙げ答えていく。
「寿」
「なんだ」
「寿から見て、今の蒼はどう思う」
シキの言葉を聞いて、歩みを止める寿。
「どう、とは?」
「蒼の病は、治らない。か、だ」
「……俺がまだ幼い頃、声が出なくなり、水晶が濁り、最後には死んでいった水精がいたな」
「……ほとんど同じ症状だな……今、どのくらいだと思う」
「……あと1週間くらいか。水晶が濁ってから、死ぬまでの期間が短すぎた記憶がある」
普段から無表情でいる寿が、ほんの少し顔を曇らせた。
廊下を歩き出し、部屋へと入っていく。
「そうか……治す方法を探してる。なんとか治したい」
「……お前は、水喰だけを気にしてろ。今の蒼は狙われやすいんだろ」
「あぁ……」
水喰。
それは音も立てずに忍び寄る……
続く
第四話。
どんどん人や妖怪が増えていきます。