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水精【蒼ノ章】  作者: 山芋娘
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蒼い涙の欠片


 月明かりが福屋の庭の池を照らす。洗い場では、結たちが皿を洗っていた。

「ん~こびりついてる~」

「力入れてね」

 そんな中、知が走ってきた。

「結ちゃん! 蒼くんが倒れた!」

「え……」

 結は思わず、手を滑らせ皿を落としてしまった。慌てて拾おうとするが、欠片で指を切ってしまう。指からは血が流れている。

「嘘……。だって、元気になったって」

「早く、行ってあげて!」

「そうだよ、結ちゃん! 早く行って」

「う、うん」

 周りの者に促され結は、指から流れる血などは気にせず蒼のもとへ走り出す。水精たちとすれ違っていくが、ぶつかることも気にせず走り続ける。どれだけ息が切れていても。



 いつも蒼がいた部屋には、創と蒼がいる。しかし、蒼は布団に寝込んでいる。意識はあるが、目は開けているので精いっぱい。うつろな瞳には心配そうな表情の創が映る。

「創、くん……」

「喋るな」

「いいの、大丈夫。聞いて、僕の願い」

「分かった。聞こう」

「結のこと、お願い……。結、一人じゃ可哀想だから」

「あぁ。分かった」

 するとそこにシキが部屋に入ってきた。後ろにはムラサキの姿もある。悲しそうな表情は一切見せていない。むしろ笑みを浮べている。

「ムラサキ、傘持ってきて」

「うん」

 ムラサキは頷くと、その場から立ち去る。

 傘。これから雨が降るからか。創は空を見上げるが、雲一つない空からは、雨が降る気配などなかった。

「創、ちょっと来い」

「あぁ」

 蒼のことを気にかけながら、シキのもとへと歩み出す。月明かりがシキを照らす。

「これから少しの間、席外してくれ。他の奴にも言ってある」

「なにをする気だ?」

「歌わせるんだよ」

「あの状態でか?」

 床に臥せ、とても辛そうにしている蒼のことを見て、創が顔をゆがめる。あまり感情的にならない創が声を荒げた。

「シキさん、創くん!」

 息を切らした結が走ってきた。創が、落ち着かせるために腕を掴みなだめる。

「蒼は、蒼は?」

「中にいる」

 結は、二人の間を抜け部屋の中に入っていく。辛そうな蒼を見て悲鳴交じりに蒼の名前を叫んだ。今にも泣きそうな表情で、蒼の頬に手を置く。

「苦しいの? どうして……」

「結」

「ちょっと待ってね。薬持ってくるから」

「待って」

 部屋から出ていこうとする結の腕を掴み、止める。ゆっくりと起き上がろうとする蒼に、手を貸す。抱きしめるように蒼のことを支える。

「ありがとう、大丈夫だよ」

「……大丈夫じゃないよ」

 今にも泣きそうな結に、笑いかける。涙が一粒流れた。蒼は結の涙を拭くと、もう一度笑う。

「大丈夫だから、泣かないで」

 蒼は、シキと創の方を見る。シキは、頷くと創をその場から立ち去らせる。

 心配なのはそうだけではない。シキも表情に出さないだけで、本当は辛い思いをしていると。そう分かったのは、シキが隠すように手を、ギュッと握っていたからだ。

 蒼のことを気にしながら、創は渋々その場から立ち去って行った。

 すると、傘を一つ手にしたムラサキが部屋に入ってきた。傘を二人の近くに置くと、シキとともに去っていく。

 雨は降っていない。



 しばらく二人は部屋の中で、黙ったまま。結は蒼の手をギュッと握りしめている。泣かないように堪えているが、涙は溢れてくる。指から流れる血を見た蒼は、懐に入れていた布を出し、傷を塞ぐ。

 どこからか、ムラサキの歌声が聞こえてきた。空には雲が広がり、そしてゆっくりと雨が降ってきた。

「綺麗だな……」

 蒼は結の手を握り返す。

 雲は月を隠さず、光り輝いている。その月明かりに照らされて雨がキラキラと輝いている。

「結」

「なに?」

「来て」

 結の手を握りしめ、空いている手で傘を持つ。用意してあった草履をはくと、傘を差し庭へと出る二人。辺りは静まり返っていて、誰の気配も感じない。

「結、僕ね。ずっと歌いたかった」

「……蒼」

「結のためだけに、結のための詩を」

 一つの傘に二人の影。

 周りの世界から遮断されるかのように雨は降り続ける。誰にも聞かれない。二人だけの世界。

「僕たち水精は、大切な人のために、その人のためだけの詩を歌う」

「うん」

「だから、僕も結のためだけに歌いたかった」

「ちゃんと聞いてるよ。私だけしか聞いてないよ」

 二人は、顔を見合う。笑みを見せる二人だけの空間が流れる。月明かりに照らされた雨が、二人のいる傘に落ちてくる。光り輝くその雨は、まるで水精の石のように。

 蒼はゆっくりと息を吸う……。



――あぁ 笑顔は枯れた花を咲かせる

笑顔こそ 太陽で水で命だ


水を与えよう 永遠に咲かせる水を

いつまでも 共に咲くために 水を与えよう

たとえ枯れてしまっても この花は共にある

すべてを捧げて咲かせよう 


あぁ 笑顔は枯れた花を咲かせる

笑顔こそ 太陽で水で命だ

いつまでも 永遠に咲くために 

笑顔を失くすことなく いつまでもここにあれ――



 蒼の歌だけが傘の中の空間に流れる。いつまでも続くかのようにも思える心地良い詩が。ゆっくりと息を吐き出すと、蒼の目から一粒に涙が掌に零れ落ちた。

「これ、結が持ってて」

「……涙」

「結のことしか思ってない僕の心だよ」

「……大切にするね」

 蒼く輝く涙の欠片をギュッと握りしめる。その手に、結の涙が零れ落ちた。水精には流せない無数の涙が。けれど、笑っている結を見ると、蒼はゆっくりと膝から崩れ落ちた。

「蒼、蒼……」

 結は、蒼のことを抱きしめる。

 ムラサキの歌は止み、そして雨は止んだ。傘は地面に落ちている。月の明かりが、二人を優しく包んでくれている。雨はもう止んだ。けれど蒼の顔には無数の雨が降り続いた。



 数週間後。

 蒼の体は、水の中へと埋葬された。母からもらったかんざしと、結の使っていた髪結いの紐と共に。

 結は、数日寝込むと思われていたが、元気に仕事をしていた。蒼からもらった涙の欠片を肌身離さず。

「あ、雨だ」

 あれから、雨が降るため結は傘を手に庭に出ていた。池の前に腰を下ろすと、誰かとともに傘に入っているかのように傘を差して。

「寂しくない。ずっと一緒だから」

 結は傘を差し、耳を澄ませると今でも蒼の歌が聞こえてきていた。そして、その歌とともに幼い頃、共に池の前に腰をおろし池で泳ぐ鯉を見て、はしゃいでいたことを思い出しながら、結は笑う。





                 蒼ノ章 完結




第二十六話

水精―蒼ノ章―完結しました。

見てくださった皆様、ありがとうございました。

この水精、まだまだ続きます。


夢のため、水精すべてを完結できるように頑張りますので、もしよろしければ今後ともお付き合いいただければと思います。

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