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水精【蒼ノ章】  作者: 山芋娘
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輝き



 外では、シキたち羅刹に属する鬼たちが水喰を倒していることを知らずに、蒼たちは歌っている。そして時折、客と話す時間が設けられており、蒼は久々に会う客たちと会話を弾ませていた。

「久しぶりだね~、大丈夫なの?」

「うん、大丈夫だよ」

「無理して倒れないでね」

「分かってるよ~。あ、じゃあ次の人のところにいくね」

「うん、無理しちゃだめだよ!」

「は~い」

 一人で来ていた女の客に手を振りながら、離れ別の客のところへ挨拶に行く。一人、残された客の前に結が料理を出し行く。

「お客様、こちら本日のお料理になります」

「ありがとうございます。あの、」

「はい」

「蒼くん、大丈夫ですか? なんか痩せたから」

「起きて、歌えるほど回復したので大丈夫ですよ。床に臥せててあまりものを食べていなかったので、痩せてしまったんです。でも、大丈夫ですよ」

「そう、ですか……蒼くんの歌が私の支えだったので……」

「もし、また倒れたとしても、私たち福屋はお客様をいつもお待ちしております。お客様の心を癒せるように」

「……ありがとうございます」

「では、ごゆっくり」

 結は、別の客へも料理を出しながら、談笑をする。他の水精も退屈する客が出ないように、話を掛けに行く。結は食べ終った皿などを盆に乗せ、階段を下りていた。すると目の前に、お茶を盆に乗せ、階段を上がろうとしている水精の姿が見えた。

「元基! 危ないから、手伝わなくていいって言ったのに」

 ブンブンと顔を横に振る。彼はまだ声が出ない水精で、客を取るということをしていなかったのだが、手伝いをしたがるので目が離せないでいた。

「もう、じゃあお茶は私が持っていくから、元基はこのお盆を洗い場に持って行って」

 コクリと、首を縦に振ると笑顔で、結と自分の盆を交換する。

「まったく……」

 結は、溜息を吐きながらも笑っていた。



 店じまいまで残り一時間という時に、蒼に着物を贈ったヒトエとイツムが姿を現した。蒼は、二人に近寄り部屋の中へ案内する。

「遅かったね」

「店じまいする少し前に行けば、独占できると思ったんだよ」

「ご飯は食べてきたから、あとは蒼の歌を聞くだけ」

「そっか。今から創くんとムラサキが歌ってくれるんだ。そのあとになるから少し聞いてて」

「じゃあ、一緒に聞こう」

「いいよ」

 蒼は二人に挟まれる形で座る。

 創とムラサキが並び、目を合わせる。その少しに後ろに八重たち演奏する水精も控えていた。

「では、今宵の特別な参加者と共に歌わせていただきます」

 そう言うと、ムラサキが高い声で奏で始める。それに釣られるかのように、創は詩を綴る。すべての声、詩、音が合わさって聞いているものすべての心に、溶け込んでくるかのようだった。心が洗われていくような、そんな詩が流れつづける。

「水蓮の国で、一番綺麗と言われるムラサキさんと、福屋で一番人気の創さん」

「二人の声と詩が合わさったら、そりゃいいものになるよね」

「僕の憧れ」

 二人の歌は、蒼に元気を与えていた。長丁場となっている今日の営業。普段なら、休む時間があるのだが、蒼はずっと客の前にいた。疲れが出てもおかしくないはずなのに、蒼はまだ元気でいる。

「僕は、あの人たちと歌えて、幸せだった」

「何言ってるの? これからも歌うんでしょ」

「……そうだね」

 笑顔の裏にある悲しみを見せぬようにする蒼。今日はヒトエもイツムも気づいていないようだった。創とムラサキの歌が、響き渡る。



 それから時が流れ、蒼の歌も終わり店じまいをするために、客の見送りをしていた。裏方の者は、後片付けに勤しんでいたため、見送りは蒼、創、八重、ムラサキと主要の水精と寿のみであった。他の者は、すでに離れに戻って着替えを始めている。

「またのお越しをお待ちしております」

「また来ます!」

「蒼ちゃん、体調崩さないようにね」

「また、歌聞かせてね」

「じゃあ、また」

 最後まで残ってくれていた客が、蒼に声を掛けていく。蒼は、その言葉には応じず笑顔で手を振り続けた。客たちも蒼の姿が見えなくなるまで手を振り続けた。

「よし、今日はもう休め」

「はい」

「蒼も、ゆっくり休め」

「……」

 寿の言葉に離れに向かっていく水精たち。だが、蒼だけはその場に立ち尽くしている。 創が手を伸ばそうとした瞬間、蒼がその場に倒れてしまった。周りの者たちが駆け寄り、蒼の顔を覗き込む。寿が蒼の体を起こす。

「蒼!!」

「おい、蒼。しっかりしろ」

「部屋に運ぼう」

「あぁ」

 冷静に対応している寿が、蒼を抱え店へと連れていく。そのあとに創たちも続く。しかし、ムラサキだけはその場に立ち尽くしている。目を瞑り呟く。

「シキ……蒼が倒れた」

「すぐに行く」

 シキの声がすると、ムラサキは目を開け、空を見上げる。月が輝いている。月のように輝いた蒼は、まだ輝きを失くしていない。まだ、まだ歌える。ムラサキは店の方を見ると、足音が聞こえてきた。

「ムラサキ!」

「シキ」

「蒼は?」

「部屋に運ばれた」

「そうか。ミツカはここにいろ」

「分かりました」

 ミツカは、店の前に立ち周りを見渡す。ムラサキとシキは店の中へ入り部屋へと向かう。

 まだ歌える。シキも信じていた。



続く


第二十五話

まだ歌える。まだ蒼は結のための言葉を贈っていないのだから。

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