開店
次々と、客間に案内されていく。
普段、襖で各部屋を区切っているのだが、その襖をすべて取り外し、二十部屋ぶち抜きで部屋を繋げていた。すべてが開けた状態で、大広間へと姿を変えた。 そして、部屋の奥には、すでに水精たちが客を迎える準備を整えて待っていた。しかし、そこにいるのはまだ客をあまり取ったことのない新人たちのみであった。先ほど、外で待っていた客をすべて客間に入れたのを確認すると、中央にいる水精に合図を送る。
「皆様、大変お待たせいたしました。これより水精、蒼のための特別な夜を開かせていただきます」
深々と頭を下げると、周りにいた水精たちが、部屋にあるすべての蝋燭の火を消した。
「幻想的な水精による歌を、ご堪能ください」
そう言うと、階段から足音が複数聞こえてきた。福屋の中でも人気のある水精たちが、火の灯った蝋燭を手に階段を上がってきた。
「綺麗……」
誰かの言葉を聞いて、他の客も溜息をついてしまう。それほど、蝋燭の火が水精たちのことを幻想的に灯していた。
「ムラサキちゃんもいる」
「本当だ……」
普段見せないムラサキの表情を見て息を飲む。フッと見せた笑みが、魅力的で、誰もが見とれるほどだった。
水精たちがすべて部屋に入ると、消された部屋のろうそくに火を移す。この炎は、誰も傷つけないため客に近いところにあっても平気。それが炎精の火である。
「お久しぶりでございます」
静寂の中で、第一声を発したのは今回の主役である蒼であった。普段見せる無邪気な笑顔ではなく、艶っぽく人を惑わせるのではないかというほど色っぽいものだった。
「綺麗」
結は階段から上がってすぐのところで蒼の様子を伺っていた。嬉しそうに笑うが、すぐに仕事をする表情に戻った。
「今回は私、蒼のためにお集りいただき誠にありがとうございます。短い時間ではございますが、どうか心休まるひと時をお過ごしください」
一度、頭を下げると周りの水精も頭を下げる。ゆっくりと顔を上げると、遠くで見守ってくれている結の方を見る。結は頷くと口パクで「頑張れ」と言った。
蒼は創、八重、ムラサキなどの水精たちのことも見る。皆、笑顔で小さく頷く。一度深呼吸をし、蒼は前にいる客へ笑みを見せる。
「大丈夫……」と、心の中で呟くと、歌を奏で始める。
――囁いて 僕にしか聞こえない声で
大丈夫 受け止めてあげるから
僕はいつまでもここにいるよ――
普段、蒼は個人的にも客を取るが、創などほかの水精と共に歌うことを好んでいた。蒼の高い声は誰かと歌うと、引き立つと自分で分かっていたから。しかし、今日は蒼の歌に他の水精が合わせていた。
「楽しい、楽しいよ。みんな」と、心の中で呟くと、「そうだね」という声が返ってくる。蒼が目配せをすると、水精たちが笑っていた。。
「さぁ、この歌が終わったら、私たちの仕事が始まるよ」
「はい」
一階には結を中心とした裏方の者たちが、客に出す料理などを盆に乗せていた。
「蒼、楽しんで」
そう呟くと、結も本格的に仕事に取り掛かり始めた。
一方その頃、シキは町と外を繋ぐ門へ来ていた。そこには、五人ほど羅刹に属する鬼たちもいる。
「夜も更けた……もう始まってるだろう」
「そうみたいですね。早速お出ましになりましたよ」
男鬼がそういうと、十数匹の水喰がこちらに走ってくるのが見えた。鬼たちはそれぞれ目を光らせ、刀を抜く。鬼にしか持つことを許されない刀を。
「さて、と……長い夜になりそうだな」
シキも小太刀を抜刀すると、襲い掛かってきた水喰を斬り捨てる。その瞳は、黒く鋭く光っていた。
数匹の水喰を斬り捨てると、足を掴み思い切り投げる。別の水喰にぶつかり体勢を崩したところを、追い打ちをかけるように斬りかかる。その姿は正しく鬼。
「正当なる黒菊家に勝てると思うな」
誰かがそう呟くと、周りの鬼も不敵な笑みを浮べる。
「グルルルゥゥ……」
数歩下がる水喰たちだが、奥からさらに多くの水喰が現れる。斬り捨てた水喰よりも多く、数では勝てない。そう思った瞬間、一斉に襲い掛かってきた。隙間を見つけ、何匹もの水喰たちがシキたちを振り払い、町の中に侵入していく。
「くそ、入れたか」
「ここはお任せを。シキ様は行ってください」
「分かった」
「私もお供します」
「あぁ、来い」
ミツカはシキの後を追い、走り出す。
門のところからではなく、別のところから入り込んでいた水喰たちも多くいる。それらを斬り捨てていく。
「悪いが、蒼の邪魔はするなよ」
「鬼風情が、我らに指図するな……」
「おう? まさか、話せるほど妖力が強い水喰がいるとはな」
「お前からは混ざった匂いがする……鬼以外が入っているな」
「だったら、なんだ?」
「喰ってやる!!」
水喰が思い切り飛び、シキを襲う。しかし、表情ひとつ変えることなく、水喰のことを真っ二つに切り裂く。
「混ざっていようが、俺に勝てると思うな」
瞳の奥には、怒りを抱えたような光もある。その表情を近くで見ていたミツカは、背筋に冷や汗をかきながら、見ていた。
続く
第二十四話
水精の歌は、心の中に澄み渡り流れてくるようなもの。人は自然と涙を流すもの。




