お守り
歌癒屋―福―、離れ屋敷。
水精たちが仕事時に着る派手な着物を着付けていた。各々、自分の気に入っている着物を出してもらう。その着物でないとダメという、こだわりを持っている水精もいるくらい着物選びは大切なものなのだ。そんな中、蒼は結に髪の毛を整えてもらっていた。
「髪、伸びたね」
「全然、切ってなかったからね」
「ちょっと上げる?」
「うん」
「良いかんざしないかな? ちょっと探してみるね」
結がかんざしを探していると、まだ着替えていないムラサキが蒼のもとへ。手には蒼く輝いているかんざしが。
「綺麗……」と呟く蒼に、ムラサキがかんざしを差し出す。
「藍の」
「あい?」
「うん」
ムラサキからかんざしを受け取る。そのかんざしには、藍色の涙の欠片が付いていた。涙の欠片を見つけると、蒼は大事そうに抱きしめた。
「綺麗でしょ」
「うん」
ムラサキはとても嬉しそうに笑う。蒼も同じように笑っている。
「藍、アンタに頼みがあるんだ」
三日前、城の水精の住む屋敷。
シキとムラサキの前には藍と呼ばれた女水精がいる。
「なんでしょう……」
「アンタの涙の欠片がほしい」
「私の涙の欠片? 何に使うんですか?」
「薬に」
「薬?」
「あぁ、薬だ」
「……薬とは?」
「水精にだけにかかる病を少しでもよくするために」
「それに必要になんですか?」
「あぁ」
藍は混乱しているのか、どこか話を掴めずにいた。
ムラサキは抱きしめている猫の腹を撫でまわして遊んでいる。
「どうして、私の涙の欠片なんですか?」
「アンタのだから、いいんだ」
「……どうして?」
「蒼のためだよ」
「え」
「おい、ムラサキ」
「ん? なに?」
「蒼って、どういうことですか!!」
藍がシキに掴みかかる。シキは表情を変えずに藍の腕を掴む。
「蒼が病気なんですか? いつから、いつからですか?」
「落ち着け、一旦落ち着け」
「落ち着いていられませんよ! 息子が、病気って……しかも、水精だけがかかる病気ってことは、治らないあの病気ですよね……」
「あぁ……」
藍をもとの所に座らせ、なんとか落ち着かせようとする。しかし、藍はシキから離れようとしない。
ムラサキは驚いて、猫を抱えて二人を見ながら、「言っちゃダメだったかな?」と、猫に話しかけている。
「蒼の病気は、三か月ほど前からだ」
「三か月……よく、今も生きていますね」
「あぁ、いい薬を作るやつがいてな」
「そうですか……」
「それでな、藍。ここまで長く生きられた薬に涙の欠片を調合させる」
「それで、どうなるんですか?」
「水精の歌を聞かせて、薬に込められた欠片と共鳴させて、無理矢理にでも体をよくさせる」
「治るんですか?」
「いや、一時的なものだ。歌を聞いての共鳴も一時的なものだったから。でも、最後に歌いたいって言う蒼の願いを叶えさせてやりたい」
藍は、無言で立ち上がり、部屋から出て行った。
ムラサキは藍の後ろ姿を見つめながら、シキに近寄る。猫をシキに差し出すが、拒否されてしまった。
「びっくりした」
「蒼の名前を出すなよ」
「なんで?」
「あぁなるって分かってたからだよ」
「でも、誰に渡すとか着になるじゃん。なら言ってあげるのがいいと思うけど」
「でも、息子が死ぬって知りたくないだろ……」
「死んだ後に知るよりいいって、ムラサキは思うよ?」
「ん~……」
とことん直球で言ってくるムラサキにシキが黙り込んでしまった。
「本当にコイツには敵わない」なんて思っていると、ムラサキがさらに言葉を紡ぐ。
「隠し事するより、言っちゃった方がいいよ。ちゃんと受け止めてくれるから」
「……そう、だな」
これ以上言い合っても勝てないと思い、ムラサキの抱えている猫を撫でる。しばらく待っていると、藍が戻ってきた。
「すいません。無言で立ってしまって」
「いや」
「これを、使ってください」
白い布から蒼い涙の欠片を出す。光り輝くその涙の欠片は、雫のような形をしている。一粒、涙の欠片を持ち眺めはじめるムラサキ。
「藍のも蒼いんだね」
「藍という名前は、母の名前をそのままもらったので、私自身は蒼い色の方だから」
「そうなんだ」
「ありがたくもらうな」
「はい」
白い布ごと藍から受け取り、ムラサキが持っている一粒を奪うと、布に包み懐にしまう。「もう」と、頬を膨らますとシキの脇腹を一発お見舞いする。シキは苦しそうな表情を見せる。
「一時的にでも良くなって、歌えるんですよね?」
「分からない。調合次第だ」
「そうですか……あの子は、誰か想い人がいるんですか?」
「あぁ」
シキの優しげな笑みで答えると、藍は嬉しそうに笑う。
「そう。だから最後に歌いたい」
「あぁ」
「どうか、蒼に最高の詩を歌わせてあげてください」
藍はシキに頭を下げる。涙は流さない。代わりに水晶が光り輝いている。
「歌うのは蒼だよ」
「……」
「最高の詩かは、蒼次第。藍は信じてあげて」
「……うん」
ムラサキの笑みを見て、藍も笑う。信じること、それが今の藍に出来ること。藍はもう一度ムラサキを見ると、笑みを零した。
「私は、あの子のことを忘れたことありません。だから、欠片にはあの子への思いが詰まってると思います」
「じゃあ、なにかしら共鳴するかもな」
シキは懐に入れた水晶を、着物の上から触り笑みを零す。ムラサキも嬉しそうに笑っている。
「それじゃあ、早めに薬屋に行くか」
「そうだね」
「じゃあ、俺たちはこれで」
「はい」
「ばいばい、藍」
「また、来てね」
「う~ん、気分が乗ったら」
手を振りながら、大広間を出ていくシキムラサキ。藍は、少しその場に座っていたが、「かんざし……」と、呟くと急いで部屋を出ていく。
「ムラサキちゃん、待って!」
「ん? どうしたの?」
「……これを」
藍は、自分の付けていたかんざしを取り、ムラサキに渡す。
「蒼に……これ、私が母からもらったお守りなんです。だから、蒼にもお守りとして、持っててほしいなって」
「分かった。ちゃんと渡すね」
「お願い」
手を振りながら、藍は二人を見送る。
続く
第二十二話
母からの贈り物はすべてが大切な物だと、思っています。




